磔にされても会いに来た女(巻四「をんなの幽霊男のもとへ通事 おんなのゆうれいおとこのもとへかようこと」)
那須のあたりに、とんた屋と云う酒屋があった。
その主人には、大層優美な娘がいた。
また、とんた屋の辺りには、勘左衛門という美男も住んでいた。
娘と勘左衛門はお互いを見たり、見られたり、互いに忍ぶ恋に空しく月日を過ごしていた。
そんな折、娘の親の盗罪が明らかとなり、質物を盗んだ罪は重いということで、家族全員残らず磔の刑となった。
せめて今生の名残にと、勘左衛門、娘の最期を見届けに刑場までついていけば、二人は目と目を交わし、娘は瞳を涙でいっぱいにした。
勘左衛門も忍ぶ涙をせき止めることができず、なんとか抑えようと
娘のためにしてやれることはもう他にないと、処刑の日から毎日、勘左衛門は近くの観音堂に参り、娘の後生菩提を祈っていた。
ある日の観音堂からの帰り道、茶屋に寄ると、かの娘に露も違わぬ相貌の女が表に腰かけていた。
「さてもさても、よく似た人もいたものだな」
勘左衛門は夢か現かといった心地になり、
「其方はどこから参られたのか」
つい話しかけてしまった。
「ここの近く、そこらに住んでいる者です。
女はしみじみと語った。
「秋の田の穂に出でそめし想い草、引かれるままになびきましょう」
勘左衛門が女に云い寄れば、
「誘う水あらば、ゆかんと思います。妾でよければ誘うがままにお任せいたします」
女も答えて、互いに約束してその日は別れた。
「本当に来るだろうか」
勘左衛門は訝しく思いながらも待ちわびていると、女は約束通り、勘左衛門の家までやって来た。
初めこそ訝っていたが、それからは夜ごとにやって来るので、二人は比翼の語らい浅からず、昼は日没の鐘を待ちわびて嘆き、夜は鶏鳴を恨んで語らい合った。
そんな折、勘左衛門宅の近在の山伏が、
「これは面妖な」
大層訝しく思い、後を追うと、勘左衛門宅へと入っていくではないか。
怪しく思い、しばらく壁に耳を当てて中の様子を探れば、娘の物云う声が聞こえる。
「何か理由があるのであろうが、只事ではない」
そう思った山伏は、翌日、勘左衛門を訪ねて、
「昨夜、このような女が訪ねて来なかったか」
そう問うた。
「これは思いもよらぬことを」
勘左衛門は顔を赤らめて、殊の外否定する。
「イヤイヤ、隠さず申してくだされ。この件については不審な点がござる。昨夜、刑場を通りかかった折、女が磔から降りていったので、怪しいことだと思い、後を追えば、まさしくこの家に入っていったのです。そして、貴方の声で、『どうして今夜は遅かったですね』と云うのを聞きました。本日参りましたのは、このことをお知らせするためでござる」
山伏が一部始終ありのままに語れば、勘左衛門は手を打って、
「さてはそういうことであったか」
ト、こちらも初めから事の次第をありのまま語った。
話を聞いた山伏は、札を書いて、
「これを寝床の下に敷いてくだされ。さすれば、また女が来たとしても泊まらずに帰るでしょう」
そう云って、去っていった。
その夜、女はいつものように勘左衛門宅を訪れたが、気分が悪そうに見える。
「今宵は泊まらずに帰ります」
云うや帰っていった。
翌日、山伏が再び訪ねてくると、祈祷を行い、家の四方に札を貼りつけた。
そして、勘左衛門を連れて、刑場に向かった。
磔にされた娘の死体は、処刑されてから少しも変わらない様子であった。
山伏が心静かに印を結び、呪文を唱えれば、娘の死体は忽ち変じ、朽ちてしまった。
その後、女は二度と勘左衛門に会いに来ることはなかった。
大層不思議な話である。
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