母娘を狙った男(巻四「妻をむかへ面目失ふ事 つまをむかえめんぼくうしなうこと」)

 江戸は本庄のあたりにやもめの男がいた。

 妻がいないので、縫物や洗濯を近くに住む寡の女に頼んでいるうち、いつしか親しくなって、忍び忍び逢う仲になった。

 女には幼い娘が一人いて、男は娘を我が方に引き取って、近所にも中間の者にも、

「娘を養っているのだ」

 そう披露していた。


 程なくして、寡の女が身罷った。

 娘の方はというと、十六になり、旗本の宮仕えに出仕していた。

 大層美しく育ったので、男は親の身でありながら、恋慕の情を起こして、里帰りの折に嫁にすることに決めた。

 男は、自分の主人に暇をもらい、さる方に娘を預け置いて、周囲の人々には、

「妻を迎えるのだ」

 そう云って、娘と縁付いた。


 流石にこの振舞いには傍輩をはじめ、周囲の人々も、

「いくらなんでもそれはないだろう。あるまじきことではないか」

と云い、人口にも膾炙したので、男は逃亡し、行方知れずとなった。


 男の主人にもこのことは聞こえて、

「切腹か成敗か、侍の見せしめにしてやろう」

とか考えていたのだが、これほどの臆病者に何ほど及ぶまいということで、追放に処すということになったとか。

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