死して執着の鬼となった学僧(巻一「僧死霊不離女発心之事 そうのしりょうはなれずおんなほっしんのこと」)
源心という尼は、さる方の娘で、深窓のうちに育った。
顔は露を含んだ花よりも艶やかで、緑の髪は風になびく玉の小柳の装い。
唐土の貴妃、西施といえども、この娘にだけは恥じ入ってしまうだろう。
ひとたび垣間見れば、人は彼女に心奪われずにはいられなかった。
彼女を恋い忍ぶ人々が多い中に、常日頃から寺を訪れる学匠の僧もいた。
千束の玉梓を送り、錦木の色にも現れ、狭布の細布はひとえに侘しい恋であった。
※『後拾遺和歌集』「錦木は立てながらこそ朽ちにけれ 狭布の細布胸あはじとや」または能『錦木』になぞらえた表現。
学僧は強情にも恋慕し続けていたが、袖のみ露に朽ち果てて、弱りゆき、松虫の待つ年も、鳴く声に泣き沈み、終に朝霜となって消え失せてしまった。
それから、娘の住んでいる一室では、奇異なことが多く起こるので、神仏を頼んで祈祷したのだが、
詮方ないので、国の定めにより、国主に宮仕えすることとなった。
そんな中、かの学僧が屋敷の門前に現れた。
「これこれの女に逢いに参りました」
このことを奥に伝えれば、人々は驚き、
「そんな人はここにはいないと云え」
学僧にはそう答えるように指示したが、すると奥の間に学僧が忽然と現れた。
「怪しい奴め」
人々が捕えようとすると忽ち消えてしまった。
このような怪事が頻発するので、娘も、
「今は隠し立てするわけにもいかないでしょう」
これまであったことを家中の人々に説明し、方々への体面も恥ずかしいということで終に尼となった。
鎌倉雪下の上方の山に庵室を結び、引きこもって、毎日法華経を書写し、それを由比ヶ浜に流して、学僧を弔う日々を送った。
しかし、学僧の亡魂は相変わらずやって来ては源心尼を悩ませるのであった。
亡魂が来たと思しき折からは三十五日間は物狂いのようになってしまい、夜誰も訪う者もいないのに、尼の部屋からは誰かと物語りなどをする声が聞こえてくる。
浄国院(鶴岡二十五坊のひとつ)はこの件を耳にして哀れに思い、鶴岡八幡宮の若宮の御前にて祈祷し、御湯なども開けて、神託を受けたのだが、
「彼は執心の山高く、想いの海に沈んで、身罷ったので、今や魔道へ堕ちた。万劫を経たとしてもどうして離れるだろうか。これより後は、無益な祈祷をいくら修したとて、打ち克つことはできないだろう」
そう神託が下り、重ねて、彼奴はどこに棲んでいるのかと問えば、
「柄栖の天神の森に棲むなり」
という答を得た。
それからというもの、誰も彼もが学僧の亡魂を恐れ、弔う人もいなかったので、雨が降り、風が吹く時は、必ず源心尼の身に物狂いが起きたという。
柿本の木僧正が青鬼魂となった先例(柿本紀僧正真済が文徳天皇の染殿后に恋慕し、紺青鬼と化して悩ませた話)がないわけでもない。
僧俗男女、老いたるも若きも、深く慎むべきは、ただこれ、愛欲の惑いである。
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