蛇と化した現地妻vs本妻(巻一「女執心蛇になる事 おんなしゅうしんへびになること」)

 伊奈何某は能役者である。

 九州のナントカのかみとかいった殿の国に下って三年の間に、物縫いの女を側に置いて召し使い、男女の仲となっていた。


 殿より暇を賜ったので、伊奈は都に上ろうとしたのだが、女は自分も一緒に上京すると云い出した。

 そうはいかぬと様々に云い宥めたのだが、頑として聞き入れないので、伊奈は持て余した末に、密かに船出することにして、湊の方に忍んで行った。

 気づいた女も後からついて来て、

「私を捨てていこうとするとは、なんとつれないお方でしょうか。恨めしや」

 そう云ってともづなに取り付いてくるのを打ち払って、伊奈は船を出させた。

 血涙を流しながら地団駄踏んで倒れ臥すと、女は人目も憚らず、声のかぎり泣きわめいた。


 強情な伊奈は、追い風に任せて進む船中にて、袖の中がずしっと重くなるのを感じた。

 探ってみれば、袖の中には蛇がいた。

「いつの間に入り込んだのか」

 驚いて打ち捨てたのだが、その後も気が付けばまた袖の中に蛇が入っている。

 何度取り捨てても、やはりいつの間にか袖の中に入っているのだった。


 これがために、都に着いても気が重く、物思いに沈む日々が続いた。

 その様子を見た妻にも訝しく思われる始末なので、

「今は何を隠し立てしよう。実はかの国にてこれこれの事があり、そのせいかあの女が蛇となって現れるのだ。これを見よ」

 そう云って伊奈は袖の中から蛇を取り出して見せた。

 すると妻は蛇に向かって、

「おのれは道理を違えている。かの国では何かあったのだろうが、自らここまでついてくるとは何事か」

 云うや熱した鉄の火箸でもって蛇の頭を刺し貫き、そのまま捨てやった。

 その後、蛇が再び現れることはなかった。


 次の秋の頃、伊奈何某は再びかの国へと下ることがあったので、あの女のことを人に尋ねれば、

「去年の何月何日何時に頓死した」

 そう教えられた。

 思案すれば、その時分は、まさしく妻が火箸でもって蛇を殺した時であった。

 まことに恐ろしいことではないだろうか。

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