蛇と化した現地妻vs本妻(巻一「女執心蛇になる事 おんなしゅうしんへびになること」)
伊奈何某は能役者である。
九州のナントカ
殿より暇を賜ったので、伊奈は都に上ろうとしたのだが、女は自分も一緒に上京すると云い出した。
そうはいかぬと様々に云い宥めたのだが、頑として聞き入れないので、伊奈は持て余した末に、密かに船出することにして、湊の方に忍んで行った。
気づいた女も後からついて来て、
「私を捨てていこうとするとは、なんとつれないお方でしょうか。恨めしや」
そう云って
血涙を流しながら地団駄踏んで倒れ臥すと、女は人目も憚らず、声のかぎり泣きわめいた。
強情な伊奈は、追い風に任せて進む船中にて、袖の中がずしっと重くなるのを感じた。
探ってみれば、袖の中には蛇がいた。
「いつの間に入り込んだのか」
驚いて打ち捨てたのだが、その後も気が付けばまた袖の中に蛇が入っている。
何度取り捨てても、やはりいつの間にか袖の中に入っているのだった。
これがために、都に着いても気が重く、物思いに沈む日々が続いた。
その様子を見た妻にも訝しく思われる始末なので、
「今は何を隠し立てしよう。実はかの国にてこれこれの事があり、そのせいかあの女が蛇となって現れるのだ。これを見よ」
そう云って伊奈は袖の中から蛇を取り出して見せた。
すると妻は蛇に向かって、
「おのれは道理を違えている。かの国では何かあったのだろうが、自らここまでついてくるとは何事か」
云うや熱した鉄の火箸でもって蛇の頭を刺し貫き、そのまま捨てやった。
その後、蛇が再び現れることはなかった。
次の秋の頃、伊奈何某は再びかの国へと下ることがあったので、あの女のことを人に尋ねれば、
「去年の何月何日何時に頓死した」
そう教えられた。
思案すれば、その時分は、まさしく妻が火箸でもって蛇を殺した時であった。
まことに恐ろしいことではないだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます