第2話『魑魅魍魎の巣食う鬼ヶ島』

 また旅を重ねる桃太郎は、黒装束の話を考えながら道を行く。そこで平坦な道に差し掛かると、幾匹かの犬を引き連れたそれはそれは大きな犬に出会った。


「我は犬王なり。貴様、我の領域へ踏み込んだこと許さぬ」


 桃太郎は先ほどの男に聞いた犬の王を思い出し、丸薬を差し出して言った。


「犬王よ、これをそなたにやろう、共に来てくれ」


 犬王は丸薬を見てとても驚く。吉備の紋が刻まれた丸薬からは、おそらく人間が持ってはいけない程の莫大な力を感じる。


 研鑽を積み、妖術などを身につけた犬王でさえ驚くほどのものだ。それをこの人間は惜しげも無く差し出して来ただと?


 犬王は丸薬を受け取って、鬼退治へ行く桃太郎の配下となった。


 また暫く行くと、岩山が正面にあり、数多の猿の群れを率いてそれは大きな猿が降りて来た。


「俺の住処を荒らしに来たのか?それなら容赦はしないぞ。3つ数える前に立ち去れば、命を助けてやらなくもない」


 ぐるると唸って犬王が一歩前に出るが、それを遮り桃太郎が言う。


「ここに特別な丸薬がある。そなたにこれをやろう。共に鬼退治に行ってくれ」


 猿王はその丸薬を嗅ぐなりとても驚く。ここまでの力の丸薬を持っている男なのか、この桃太郎は。それならば付いて行ってみるのも面白いかも知れん。


 猿王は子分たちに山を任せて桃太郎の配下となった。


 また暫く行くと、天より大きな雉が舞い降りて宙より行く手を阻む。


「この先私の一族の住処です。今すぐにここから消えなさい。差もなければあなた達が今日の食事です」


 猿王が威嚇すると、桃太郎が前に出て叫ぶ。


「この特別な丸薬をやろう。その代わり我らの仲間になってくれ!」


 雉王は丸薬を見て、驚いた。莫大な力が練り上げられたその丸薬は、辺りの空気を震わせる程だ。これが手に入るなら。


 雉王も桃太郎一行に加わった。


 その調子で旅を進めて海へと着いた。桃太郎が町を出てからおよそ一年と三月が経っていた。


 獣の王たちは並々ならぬ剣の腕前と、惜しげも無く至宝を差し出す桃太郎に心酔し始めていた。人間の到達できる限度を超越した桃太郎ならば、鬼を倒すことも出来るのではないかと。


 海辺の村の村長は、鬼ヶ島へ向かうという一行を心配して、食料や船などを貸し与えてくれた。


「ワシらは桃太郎様がお戻りになられることを祈っておりまする。かつての源平の亡霊が海をうろつき人を襲うという話も聞きまする。どうかお気をつけて」


 村長に送られながら船を出し、鬼ヶ島を目指す。ゆらりと波に揺られながら、戦いの準備を整えた。


 果たしてどれ程揺られたであろうか、突如かかる霧に、桃太郎たちが浮き足立つところへ、声が響いてくる。その声はいかにも哀愁を誘うような声を発して、様々な事を語っていた。


『天皇様がーー』

『我らはここで最期をーー』

『ーーお供しろ』

『命に代えても』

『夜襲だったーー』

『いいか、儂等はお館様の為に』


『果たして可能なのかーー』


『否、不可能だ』


『それでも、それでもーー』







『『『お前たちは、自分を捨てて、救えるか?』』』







 桃太郎は不思議な声を可哀想に思った。助けられるのならば助けたいと思った。


「私たちは助ける! その為に来たのだ!」


 すると霧は晴れて行き、奥からぬっと島が現れた。いつの間にか昼時である。


(私たちは必ず助ける!町の娘や人間を……)


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 桃太郎たちは丸薬を口に含んだ。桃太郎は全身に迸る力を感じて武者震いをする。腕や脚に力が漲ってくる。


 獣王たちはその丸薬の力に恐れさえ感じる。かつてない程までの完全な妖力に、肉体も強化され、予想のつく限り負けることは万にひとつもないだろう。


 一行は島へと上陸し、中央を目指して足を進める。枯れ果てた木などを掻き分けて、視界が開けると、そこには荒廃した村があった。物音ひとつしない村の中央に荷物などを置き、夜まで待つ事にした。何故ならバケモノは昼には表へ出てこないからである。


「猿王よ、鬼について何か知っているか?」


 猿王は思い出すのも嫌そうに話す。


「桃太郎様、鬼は頭に一対の角を生やした姿で伝えられております。俺はかつて一度だけ鬼の頭領に出会ったことがありますが、あれは他の魑魅魍魎や鬼とは違いますぜ」


「我と一度牙を交えた鬼は、恐ろしい怪力と冴える頭脳を持っていた」


「それは犬王、あんたが弱いんじゃないかい?ククっ」


「猿王、貴様は戦いを前にやると言うのか?鬼は我が領地から追い出してやったわ」


 文字通り犬猿の仲の二人に呆れた目線を送る。こうであってもなかなかに強力な仲間なのだ。


「私はこの島について、少しばかりは知ってますよ。元は亡霊だった何かが変貌を遂げたそうです。何故死して尚恥を晒すのでしょうか」


 桃太郎一行は、日が暮れるまで語り合った。鬼の弱点、特徴、などについて語るうちに、辺りは夜の帳が降りていた。


「向かうぞ」


「はっ」

「承知」

「参ります」


 村を抜け、更に奥へと進んで行く。幾度か彷徨う亡霊を見た気がしたが、獣王たちの妖力の所為か、近寄ることができるに霧消した。


 島の中央に聳え立つ岩山の麓へと到着した一行は、洞窟を見つけた。山の中腹にある入り口に、雉王の力で一足飛びに入り口へと辿り着く。


「よし、鬼よ、待っていろ」


 腰に刺した刀を抜き払って、四人は奥へと進んで行く。すると数多の鬼、亡霊、妖魔が飛び出してきた。


『逃すな。敵を打て! この島をバケモノから守れっ!』


 桃太郎たちを何故かバケモノと呼びながら、一斉に躍り掛かってくる。一行は頭領に辿り着く前の小手調べと、鬼たちの相手をする。


 特殊な妖力も使わずに力技で来るので、力技で返して行く。余りにも数が多い魔物たちを切り抜け突破して、洞窟の奥へ奥へと進んだ。


 しばらくすると、襖が現れ、鬼が二人で守っている。桃太郎は鬼を斬り伏せ襖を蹴破った。


 なだれ込むように中へと入ると、鬼がいた。


 燃えるような赤髪の鬼が一人、手下を引き連れて中央に座していた。身の丈は一丈以上もあろうか、煌びやかな錦の衣に身を包み、弓矢や槍、刀などを後ろに控えている。


「お前が鬼の頭領かっ!! この桃太郎が成敗しに来たぞ!」


 獣王たちは鬼を一目見るや、たいそう驚いた。かつてとある霊山を根城にしていた悪名高い鬼の頭領に良く似ていたのだ。


「貴様、まさかーー」


「温羅童子なのか!?」


「朝廷によって処罰されたと聞きましたが?」


 温羅童子と呼ばれた鬼は、チラリとこちらを見て、つまらなそうにそっぽを向いた。それから一言、


『酒が不味くなる。人間、ここから立ち去れ』


「何を言うっ! 私たちは鬼を成敗しに来たのだ!」


 手下の中でも幾らか強そうな鬼が温羅に言った。


『頭領、俺たちが』


 少し悩んだ後、


『いいだろう、テンリ、カクリ、殺ってみろ。ここで死んだとて同じことよ』


 向かって来る二人の大柄な鬼を、桃太郎は打ち合うこと十数合で首を飛ばしてみせる。


「どうだ鬼! 次はお前の番だぞ!」


 重そうに腰を上げて、温羅は言った。


『お前たちは祠にいろ。そろそろだったのだ。代替わりだ』


 子分たちは涙を流し、頭領に別れを告げると走り去る。逃すまいと弓を取り、ひょうと射かけるとすかさず温羅が盃を投げて防いだ。この隙に子分たちはどこかへと走り去ってしまった。

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