鬼ヶ島 –桃太郎と輪廻の鬼–
勝燬 星桜-カツキ シオン-
第1話 『とある島の滅びのお話』
平安時代末期のとある島。その島は、周りの戦乱などと隔離され、島民たちは平穏な日々を過ごしていた。時は丁度大きな戦乱が終わったころ。とある一族が勝利し、これから新たな時代へ移りゆく頃合い。
平和だった村島に突如訪れた厄災は、あっという間に人々を飲み込み、心を蝕み村にこの世のものならざる存在を解き放った。初めのうちは、人が一人、二人と死んで行くだけだったが、次第に黒い襤褸に身を包んだ人の形をしたバケモノが現れる。決まってそれは人が死ぬと現れて、その数は日に日に増して行く。
村人たちは、自分たちの身を守るために、バケモノに生贄を差し出して手を引いてもらおうとした。島の若い娘は数多くが犠牲になり、生贄は決まって真夜中に殺された。
ところでこの島は、とある隻腕の刀工が流れ着いたことで、それはそれは名刀に溢れていたそうで。その男の名は斜陽と言った。その男の打つ刃は、銘こそつけなかったものの、振るえば他の刀には負けない強さで島を守り、また島を危険に晒した。
その男が死に際に残した最後の一振り、唯一銘を掲げた大太刀であり、名を<備前長船斜陽>と言う。その刃長は7尺以上、通常の人間には扱えないほどの長さである。
詳しい知識など持たない島民は、大層な名前を持つ名刀を村の至宝として、守っていた。この厄災の最中、村で1番の剛のものに、この刀を預け、バケモノを打つことに決めた島民は、娘と妻のいるその男を、無理やりに連れ出して刀を持たせバケモノを打てと。それが皆のためだと言って送り出す。
男は家族を置いていくまいと思ったが、島民の殆ど脅迫とも取れる言動にバケモノを斬ることに決めた。
<備前長船斜陽>を引っ提げバケモノの巣食う山へと入った男は驚く。
「お、お前はテンリ!? それにカクリなのかっ!?」
バケモノによって殺されたはずの息子は、バケモノになっていた。その息子だった二人以外にも、死んだはずの島民の顔をしたバケモノが集まっている。
その中より来たバケモノの頭領は、常軌を逸したように痙攣しながら向かってくる。振り上げられた手には一振りの刀、閃く閃光に閃光を持って相対し、お互いに一歩も引かず激闘を繰り広げた。
気が付けば日の出前だ。ここまでに、男は幾つもの傷を体に刻まれている。バケモノの力が弱まることを悟った男は、少しだけ、ほんの少しだけ気が緩んだ。剣に生じた迷いを的確に捉えるように、バケモノの振るった刃は過たず男の左腕を飛ばす。
激痛を感じる間も無く、絶対の好機と思った男は自らの血に染まる刀を危険を顧みず、体全てを以って相手に叩き込んだ。バケモノが咄嗟に突き出した腕諸共首を飛ばす。
バケモノの顔は、自分だった。
倒れ臥す男の耳に、囁きが聞こえてくる。それはとてもバケモノとは思えない、ただの悲しい人間達の声。
『『『嗚呼、人間の儚さよ。次はお前だ』』』
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
むかしむかし、室町時代の頃、お爺さんとお婆さんが住んでいました。
おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
おばあさんが川で洗濯をしていると、どんぶらこーどんぶらこと、大きな桃が流れてきました。
「おやおや、これはお土産になりますね」
おばあさんは大きな桃をひろいあげて、家に持ち帰りました。
そして、おじいさんとおばあさんが桃を食べようと桃を切ってみると、なんと中から元気の良い男の赤ちゃんが飛び出してきました。
「これはきっと、神さまがくださったにちがいない」
子どものいなかったおじいさんとおばあさんは、大喜びでした。
桃から生まれた男の子を、おじいさんとおばあさんは桃太郎と名付けました。桃太郎はすくすくと健康に育って、やがて強い男の子になりました。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
桃太郎の住む町では、ある噂が囁かれていた。吉備国、海を隔てた孤島には、鬼や魑魅魍魎が巣食っているという話である。どうやらそこから来たとされる鬼が村の娘や財産を奪って行く、と。鬼のせいで先週もまた屋敷が襲われ、人間と宝が奪われ連れて行かれた。その島は巷では鬼ヶ島と呼ばれているようだ。
ある日町を歩いていると、そんな噂が聞こえてきた。
曲がったことを良く思わない桃太郎の耳に入るのは必然だった。桃太郎は、話を聞いて激怒した。何もしていない町の人を何故襲うのか。町の財産を何故奪うのか。
桃太郎が歩き去った後も噂話は続く。
「でもさ、次郎さん、あの家も宝を奪われたんだとさ」
「ああ、いい気味だ、いっつもいばり散らして散々人ン家を馬鹿にして、ようやっとツケが回って来たんだよ」
「そうですねえ」
家に帰った桃太郎は決めた。
「私は魑魅魍魎の島、鬼ヶ島へ行って、悪鬼を退治して参ります。必ずしも鬼を打ち取り、勝利の報せを持ち帰りますので、お爺様お婆様、心配なさらないでください」
曲がったことが嫌いな上に、一度決めたことも決して変えない桃太郎に、二人はついに折れ、精一杯の応援のために、家宝として伝えてあった一振りの大太刀、備前長船を持たせ、宝を奪われた屋敷の主人などからの援助もあり、煌びやかな鎧兜を揃えて送り出す。
心配するお爺さんお婆さんに別れを告げて、噂の流れる方へと旅を重ねる。
時には村の飢饉を救い、時には山の賊を倒し、鬼ヶ島の噂を探して旅をする。
それから一年程が経ったある日、桃太郎は夕暮れ時のとある村で、黒装束に身を包み、頭も布で覆った顔の見えない怪しげな男と出会った。男は桃太郎を見つけると、すっと近寄って来て、
「あなた様が桃太郎様ですね?」
「そうです。失礼ですが、あなたは?」
これはこれは、と腰を折って礼をしてくる。
「あっしはしがない護符売りで御座います。あなた様が鬼を懲らしめに行くと聞き及んだので、お手伝いに参りました」
「そうですか。あなたは戦えるのですか?」
男はケタケタと笑い首を振る。
「あっしが戦えるように見えますかい?いいえ、あっしは別のお手伝いをさせて頂きやす。これを、あなた様に献上いたします」
男が差し出して来たのはいくつかの丸薬の様だった。少し平たくされて、片面には金箔で吉備国の紋が入っている。側から見てもやはり高価なものと感じるだろう。
「どうもありがとうございます。きっと良い薬なのでしょう」
桃太郎は礼を言って先を急ごうとする。通常であれば疑ったり訝しんだり、詳しく効果などを聞くはずだが、要するに桃太郎は少しだけ変なのである。字などは読めるのだが。腕だけに恵まれた桃太郎は先を急ごうとする。
すると慌てて男が呼び止めた。まだ何か話があるようだ。
「ちょっとお待ちくだせえ。あなた様はこの後三人の獣の王に出会うでしょう。人間の弱い心を持っていない彼らなら鬼を退治する手伝いとなるでしょう。出会ったらその丸薬をお渡しなさい。きっと役に立ちます」
礼を言って立ち去る桃太郎を後ろから見送る黒装束。腰の袋に丸薬をしまって、日も暮れようとするのにまだ先を急ぐ桃太郎に、男の呟きは届かなかった。
「これもまた因果、必然であり、決して逃れることのできない呪いでもある。抜かりなく全うせよ、再び繰り返す時まで」
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