5 佐野洋平 8月1日 17時00分

「先生、さようなら~!」


「おう、気をつけて帰れよ」


 ガキどものあいさつを適当に流して俺も校門を出る。

 神田川に架かる万世橋を渡りそのまま電気街へと向かう。

 俺の名前は佐野洋平。この近くの女子高校で教師をしている。

 俺ほどの人間が、なぜ教師などというクソみたいな職業についているのか……自らの不運と不幸に時々死にたくなる。


 だが数年前、この街で起き日本中に衝撃を与えた通り魔『K』の事件は、俺にも大きな衝撃を与えた。俺は正直に言えば未だに時々あの事件のことを考えている。

 当時のこと、事件のこと、事件と俺とのことなんかをぼんやりを考えつつ歩いていると当の現場に着いた。

 もうほとんど跡形もない。牛乳ビンに入れて供えられた花が、わずかに事件を忍ばせる程度だ。 歩行者天国も復活しているという。 そういえば『K』の弟が自殺したという話も聞いた。


 痕跡がほとんど無いことに対して、世間はどう考えているのだろうか?日本人は忘れてゆくのも早い民族だというが……まさか忘れてしまってはいまい。

 そして俺自身はどう感じているのだろうか? なぜ未だにこの場所に来てしまうのだろう? 分からない。




「あ~っ、先生だ!」


 不意に後ろから大きな声をかけられ、心臓が止まりそうになった。



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