第18話 他意はないです
翌日の朝、いつも通り課長は俺よりも少し遅くに目を覚ましてリビングに現れた。
「おはよう。その……昨日はごめんなさい」
そして開口一番に頭を下げてきた。
「昨日は色々と落ち込んでて、阿賀くんに当たってしまいました。ごめんなさい」
「そ、そんな、頭を上げてくださいよ」
敬語で謝罪を口にしたことからも分かる通り、かなり反省をしているようだ。
ぺこりと深く頭を下げる課長。
でも俺としても昨日は初めて面倒臭い課長が見られたことだし、そもそも次の日まで引きずるような性格をしていない。
昨日のことも謝られる前まで忘れていたくらいだ。
「そんなことより早く朝ごはんを食べましょう。お腹も空きましたし」
「……ありがとう、阿賀くん」
山口さんはふふっと微笑みをこぼすと、食卓についた。
何がおかしかったのかはわからないが、とりあえずそれ以上謝られなくて済むのはこちらとしてもいいことだ。
「阿賀くんって本当に気が回るタイプよね。どうして今まで彼女ができたことがないのかしら」
「いきなりどうしたんすか」
相手が課長じゃなかったら、余計なお世話だと言っていた。というかブチギレて暴れていた。
そもそも社会人になる前はともかく、社会人になってからは山口さんが残業をさせてきたせいですけど。合コンに誘われても一回も行けなくて、出会いがなかったからなんですけど。なんですけど。
抗議したい気持ちはあったが、課長は本気で疑問に思っているらしくパンを片手に持ったまま考え込んでしまった。
……単純に彼女ができてない理由は顔のせいなんです言わせないでください。
「それなら課長はどうなんです? 内面はともかく、見た目はすごく美人だと思いますけど」
「内面はともかくってどういう意味かしら?」
「いえいえ、別に他意はないです」
「それって、他意もなく性格が悪いって言ってることになるんだけど」
山口さんは頬を膨らませている。
こうして軽口が叩ける仲になるなんて、同居する前の俺に言っても信じないだろう。
「でもそうね……中学高校は勉強が恋人みたいな感じだったし、大学ではサークルや部活にも入っていなかったから……」
「へーそうなんですね。まあでも、そんなに驚きじゃないか……」
「阿賀くん、最近ちょっと失礼になってない?」
口を尖らせている課長は、いつもの大人な様子と違い子供っぽくてかわいかった。
朝、いつもより少し早めにオフィスにやってくると、同じチームの男二人が話している声が聞こえた。
「星崎ってマジでちょーしのってるよな。若いのに偉そうでさ〜」
「俺も昔あいつと同じ課にいたんだけど、すっげえ上から目線でアドバイスされたよ。うざかったわぁ」
内容に耳をそばだてる。ふむふむ。俺も80パーセントくらいは同意だな。
あいつ、俺のこと本当に先輩だと思ってるか怪しいところあるからな。昔から失礼極まりない。
ただ盛り上がっているところに俺も俺も〜と参加しにいく度胸はないので、二人の会話を聞きながら仕事にとりかかる。
「なんであいつあんな偉そうなんだろうな。優秀なのはわかるけど、あいつのもとで働くのしんどすぎるわ」
「シワが増えそうだよな」
はっはと笑い合う二人。
共感するところが多すぎて、ちょっと笑えてきた。
「性格がカスすぎて、あれは終わってるよな。人として終わってる」
「年下のくせに先に出世だもんな。俺たちにはああだけど、上司にはいい顔してんじゃねーの。それか、体の関係、とかな」
はっはっはという笑い声が聞こえてきた。
はっはっは。うーん、まあ、あれだな。
星崎が来る前にちょっと注意しとくか。
「終わってんのはお前らじゃねーの?」
まだ10人くらいしかいないオフィスの静かな空気に、ピシリとヒビが入った音が聞こえた。
さっきまで笑いながら話していた二人は、俺のことを見上げてポカンとしている。
「年下の子に嫉妬して、自分のことを嘆くでもなく悪口言い合ってるとか。性格が気持ち悪すぎるだろ」
「はぁ?」
俺が強い言葉をチョイスして使うと、相手はわかりやすく
一人は面倒臭いのがきたという顔をしているが、もう一人は突っかかってきた。
いや、突っかかったのは俺の方なんだけどな。
「何お前? あいつのシンパ?」
「言葉遣いまでおっさんだもんなぁ。単純に脳のアップデートが10年くらい前からできてないんだろうな」
「……どういう意味だ」
「別に他意はないが」
ちなみに俺の脳もたぶん1年くらいアップデートをほったらかしてるな。
だからこんなにも、感情が抑えきれないのだろう。
俺は苛立ちを隠さないまま続けた。
「上司にいい顔してるのに出世できてないのがお前らだろ。……んで俺みたいな先輩にずけずけ言ってくるくせに出世すんのが星崎って人間」
「何が言いたいんだ?」
「別に出世すりゃ偉いって思ってるわけじゃないんだけどな。でもお前らみたいなカスは、少なくとも偉くないってことはわかるよ」
「だからごちゃごちゃうるせえんだよ。言いたいことがあんならはっきり言え!」
立ち上がった方の男が唾を吐きながら声を荒げる。
だから俺はそれに応えた。
「てめえみたいなクソ野郎が、頑張ってる星崎の足を引っ張んじゃねえって言ってんだ」
「てめえ——っ!」
それからのことはあまり覚えていない。
数分間もみくちゃになったあと、後から会社にやってきた山口さんと星崎に停められたことだけは覚えていた。
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