第14話 事故
「じゃあそろそろ帰りましょうか、阿賀くん」
「そ、そうですね」
山口さんが服を持って立ち上がるので、俺は慌ててそれに着いていく。
……長い時間だった。
ご飯を食べている間ずっとお互いに牽制をし合う山口さんとなぎっちゃん。
言葉の裏の裏を読むと壮絶な殴り合いになってそうな雰囲気の中で食べるカルボナーラはかなり胃に悪かった。かなり。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「それはよかったです。またお待ちしてますね〜!」
手際よく店を出る準備をする俺たち。
なぎっちゃんは課長に軽く挨拶をした後、課長には見えないように俺にだけウィンクをしてきた。
やべーリアルウィンク半端ねぇー攻撃力高えー。
俺がもうちょっと重度のオタクだったら、死んでいた可能性がある。
「さっさと行きましょう、阿賀くん」
「え、ええ……」
「あ、そうだ! 忘れてたっ」
会計をさっさと済ませようとする課長。
しかしお金を払い終わったところでなぎっちゃんがとてとてと入り口まで小走りしてきた。
「あの、これどうぞーっ!」
「これは……?」
「今度やるライブのチケット! ヒコくんに、アイドルの私も見てほしいから、さ」
「おお……」
大事そうに両手で渡されたチケット。
それを受け取った俺が顔を上げると、なぎっちゃんはふんすと鼻を鳴らして胸を張っていた。
「すごく練習してるから! 期待しててね!」
「もちろんです!」
最後に最高の笑顔を見ることができた。
なんだかんだこの笑顔に癒されてきたんだよな。
「じゃあまたねー!」
やっぱり推しの笑顔は最高だった。
「それにしても、阿賀くんにそんな趣味があったとは思わなかったわ」
「あんまり人に言うような趣味ではないですからね……」
あははと苦笑いして、課長の言葉を受け流す。
また店を出る間際に機嫌が悪くなった課長だったが、慣れないことをした疲れから家に帰るとソファに体を預けていた。
「それにしても阿賀くん、あのアイドルにはデレデレだったわね」
「そうでしたか?」
「……」
「な、なんですか?」
課長がこちらをじっと見ている。
何かを思案している顔だ。
「ねえ、阿賀くん」
嫌な予感がするが、呼びかけには応える。
「なんでしょうか」
「肩が
「……はい?」
なぜかいきなりこんなことを言ってきた。
ついでのように肩が凝っている仕草をしながら、である。
えーと……いきなりどうしちゃったんだ課長?
まあ別に減るもんじゃないから良いけど……。
「強めですか、弱めですか?」
「強めでお願いするわ」
「承知しました」
ちなみに肩のマッサージなどしたことがない。
昔、親の肩を叩いていたような気がするくらいの歴しかないが、とりあえずやってみよう。
「いきますよ〜ふんっ」
「〜〜〜〜っ!」
肩のてっぺんのところに人差し指と中指をかけて、親指でその下の筋肉を押してみる。
力強く押してみると、たしかに筋肉が張っていることがわかった。
「これは課長、凝ってますね〜。仕事のしすぎですよ〜」
「んっ、んっ、ちょ、ちょっと阿賀くん——っ」
おお、これ意外と楽しいかもしれない。
凝っている部分を強く押してみると、それだけ筋肉がほぐれていく。来世はマッサージ師にでもなろうかな。
課長も心なしか気持ちよさそうだぜ! 完璧だ!
「いやあこれ癖になりそうですね〜」
「い、痛い痛いっ——!」
「こっちの方もやりますね〜」
「き、聞いてない……? こうなったら……って、あっ!」
「〜〜〜〜〜!?」
と夢中で肩を揉んでいたら、いきなりふにゃっという感触が。
「…………ひゃんっ」
おおおおおおおおおおおおおおっぱ…………っ!
——それ以上は言わないでおこう。
「ええっと、手を、離してくれるかしら?」
「は、はいぃ……」
完全にやらかした。
どうやら課長が俺のマッサージから抜け出そうとしてあっちゃこっちゃなった結果、俺の手に例の果実がフィットしてしまったらしい。
よし、なるほど、わかったぞ。
————土下座だあっ。
「本当に申し訳ありませんでした」
同居をすると決まった以上、こういったことには余計に敏感にならないといけない。
なぜなら、同居する相手が「性欲マシマシマン」だったときは、常に怯えなければいけないからだ。
「本当にすみません。下心などはまったくありませんでした。単に手が滑ってしまっただけです」
まずは俺が「性欲マシマシマン」ではないことを先に言っておく。
もうすでに犯行に及んでしまったがために説得力はワカメより薄いが、言うしかない。
「二度とこのようなことは致しません」
それから反省。再びこのような過ちが起こらないために誓いの言葉を立てる。
無害アピール。これが一番大事。うん、もう手遅れな感じはあるけど。
「…………」
「……課長?」
しかし課長は責めるような雰囲気は感じられない。
そして俺の土下座を見守った後、組んでいた足を解いて、髪をなびかせて言った。
「ま、まあいいわ。私の方からマッサージをお願いしたのだから、阿賀くんだけの責任ではないわね」
どちらかといえば、その表情にあったのは不満だった。
何に対する不満なのかは分からなかったが、とにかくそんな印象を受けた。
ただ俺としては最悪のケースには至らなかったので、ほっと胸を撫で下ろす。
しかし課長は靴下を脱いでソファに寝転がると、こんなことを言ってきた。
「次は足のマッサージもお願いしようかしら」
「無理ですごめんなさい許してください」
胸の感触がまだ手に残ってるのに、そんなことできるかー!!!!!
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