第11話 家の問題

 翌日は土曜日だったが、俺はぐうたらせずあれこれと手を動かしていた。


 火災保険に関する問い合わせ、会社の経理への報告、元々の家に焼けず残ったものの処理、などなど。


「くそ〜やっぱりすぐにはいいとこ見つかんないな」


 そして今行っていたのが、次の物件探しだった。

 火災保険である程度はまとまったお金が入ってくるが、だからといって家賃を上げるわけにもいかない。


 会社の近くでそこそこのマンションとなると、すぐには見つからなかった。


「阿賀くん、あまりこん詰めすぎちゃだめよ。家が見つからないうちは私の家に泊めてあげるから、ゆっくり探すといいわ」

「ありがとうございます。でもなるべく早く見つけようと思います」


 山口さんがダイニングのテーブルでコーヒーを飲みながら、そう言ってくれる。

 ありがたい話ではあるが、そうは言っても早く出て行きたいと思うのが居候をしている側の心情というものだ。


 俺はそういう意味も込めて返事をしたが、課長は表情を変えず右手に持っている文庫本に集中していた。休みのしかもまだ午前なのに、何か本を読んでいるようだ。


 うーん、課長が優し過ぎるのが逆に胸を痛めるんだよな。これ以上山口さんに迷惑をかけると、俺は鬱になってしまう。ウツ。


「実際に不動産屋に行ってみるか」


 そうだ、そうしよう。もしかしたらネットに出ていない物件が見つかるかもしれない。


 思い立ったが吉日。仕事用のバッグ以外は燃えてしまったのでそれを持って、ソファから立ち上がった。


「どこかへ出かけるの?」

「次の物件探しのために不動産屋を見に行こうかと」


 立ち上がったところで、課長が尋ねてくる。時間も時間だから、お昼ご飯の準備と勘違いしたのかもしれない。


 しかし課長は思いのほか長い間考えると、すっと自分の部屋に消えていった。


 なんだろう、と思いその場に立ち尽くしていると、間も無くして山口さんが出てきた。


「私も行くわ。準備をしましょう」

「え、ええ……?」


 そこには化粧を終えた山口さんがいたのだった。





 わざわざついてこなくても、的なことを繰り返し言って遠慮したのだが、山口さんには一切効かなかった。

 逆に「すでに化粧をしてしまったのだけど、そこまでした上司を追い返すのかしら?」と言わんばかりの圧があり、俺はある時を境に諦めた。


 まあ課長なりに考えがあるのだろう。それか俺が一人で物件探しをするのが、あまりにも信用がないのかのどっちかだ。言ってて辛い。


「課長は今まで何回引っ越したことあります?」

「そうね、大学生になるときに1回、社会人になってから2回かしら」

「そうなんですね」


 たしかにそれだけ経験豊富ならとても心強い限りだ。


「あ、とりあえずあそこに入りましょう」


 しばらく歩いて目についた不動産屋へ入る。大手のところだから変な心配もなさそうだ。


「いらっしゃいませ〜。ご用件はどちらになりますか?」

「あ、手頃な価格で住めるマンションを……」

「家族用のマンションを探しにきました」


 ——ん?


 え、今なんて? 家族用?

 なぜ俺が一人で住むのに家族用のマンション? 聞き間違い?


 あーそれともあれか。一人で住むときはついつい安いところと言って探してしまいがちだけど、実はファミリー用の方がいい物件が多いってことだな。うん、たぶんそうださすが課長。さすかちょ。


「具体的には何人でお住みになるご予定ですか?」

「四人かしら」


 絶対チガウッ。俺に家族ができて子供が二人生まれるのは、計算によると10年後くらいだ。

 今はピッチピチの独身だ!


「ちょ、ちょっと山口さん。どういうことですか?」


 俺は不動産屋へ聞こえないように小声で課長に聞く。


「何って、阿賀くんこそ驚いてどうしたの?」

「いや、だってさっきファミリー向けって」

「あら? そろそろ自分の部屋が欲しくなって物件を探しているわけじゃなかったの?」


 なんだその強欲な生き物は。ただでさえ住まわせてもらっている身なのに、部屋が足りないなどと文句を言って勝手に物件探しにくるやつがあるか!


「そろそろベッドが恋しくなったのかと思ったわ」

「ソファで十分ですって……」


 というか俺をそこまで強欲な生き物だと思っていた事実の方が悲しい。

 そこまで強欲だったら、残業するときに「残業代は体で払ってもらおうかヒーハーッ」って言ってるわ。いや言わないけど。


 というかさすがにこんなこと、課長だって本気で思っていないはずだ。

 俺が居候を卒業するために物件探しをしていることくらい、誰にだってわかる。


 じゃあ目的はなんだ……?

 深く考えていると、課長がそれを見計らったように言った。


「実は私もそろそろ引っ越ししようと思ってたのよ。だから気にする必要はないわ。むしろ引っ越しのときに人手が確保できて助かるくらいよ」

「課長……」


 嘘か本当かと言われたら嘘な気がするが、それだけ気遣ってくれていることは間違いなかった。


 それからしばらく、俺たちは物件を探すのに夢中になっていた。

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