第10話 寝落ち

 2日間、山口さんと過ごして分かったことがある。


 どうやら課長は、22時を過ぎると急に電池切れを起こすらしい。


「課長、大丈夫ですか?」

「うん……」


 お風呂上がり。今日は俺が先に入ってソファでぼーっとテレビを見ていると、湯気を立てた山口さんが隣にやってきた。


 隣、だ。


「課長、眠いならもう……」

「いえでそのよびかたしないで」

「や、山口さん……?」

「なんかだめ」


 なんかだめってなにがだめなんだ。

 あがとしひこ、13ちゃい。わかりません。


 ちなみに推定される課長の年齢は5歳。


「眠いならもうそろそろ寝たらどうです?」

「もうちょっとここいる」


 ソファに乗っていたワニ型のクッションを抱いて、うとうとし出す課長。

 なるほど、課長にワニは似合わないと思っていたけど、ここで使うのか。


 って感心してる場合じゃない。

 課長がもたれかかってくるので、俺は動くことさえできなかった。


「あがくん」

「なんですか?」

「ほしざきさんと、つきあってるの?」

「ぶふっ」


 なんだいきなり。


「付き合ってないですよ。どう見たら付き合ってるように見えるんですか」

「しらない」


 知らないじゃないよ。何この課長、自分の上司じゃなかったら普通にぶん殴ってるよ?

 自分の子供だったらかわいがってるんだけどな。


「むしろ今日は星崎のせいで付き合う機会を逃したというか……」

「ほしざきさん、てき?」

「敵じゃないですよ」


 社内に敵がいたら大変だ。いや、敵を作った覚えは結構あるが、星崎を敵に回した記憶だけはない。

 やつは社長以上に敵に回したら面倒な人間なのだ。


 というかどこから敵っていう単語が出てくるんだ。


「課長、お疲れでしょうから早く寝た方がいいんじゃないですか?」

「……もうちょっとここにいる」


 遠回しにどいてくださいと言ったつもりだったが、全く通じていないらしい。


 そういえば妹がまだ幼かった頃、なかなか思うようにいかなかったなぁ。もちろんただのお兄ちゃん嫌いだったってだけなんですけど、なんかデジャブ。


 と、そんなことを思っていると、課長のこっくりさんはかなり深くなってきた。


「課長? あれ、もう寝ちゃいました?」

「すぴー、すぴーっ」

「漫画かい」


 仕方がないのでテンプレートみたいな寝息を立てている課長を持ち上げる。すげえ、立派なものをお持ちの割に、めちゃくちゃ軽い。本当にご飯食べてるのか心配になるレベルだ。


「ごめんなさいごめんなさい」と言いながら、課長の部屋に突撃する。


「……なんじゃこりゃ」


 そこにあったのは、本、本、本。


 書架に収まらないものは床に平積みになっている。それもかなりの高さになるので、いつ崩れ落ちてもおかしくない。


「『考える力』、『自分の思考を整理する方法』、『部下のマネジメント』、たくさんあるなぁ……」


 課長をベッドに置いた後、悪いとは思いながら少しばかり本のタイトルを追ってみた。

 どれもこれもビジネス本ばかりだ。「効率よく」とか「簡単に」とかそういうワードがよく目に入る。こうして見てみると、たしかにどれも読みたくなるようなタイトルではあった。


 だがこれだけの量を読めと言われたら、無理だろう。

 たぶん俺はそこまで仕事に熱意がないし、根気もない。課長から残業を言い渡された時は「めんどくせえ」とか「またかよ」とかそんなことばかり思っていた気がする。


 でも課長は課長なりに努力してたんだなと気づくと、逆に申し訳なくなってくる。

 いつも課長は俺だけじゃなく、他の人の仕事も率先してやっていた。なぜか俺は残業になるけど、普通にやってたら他の人間も残業だ。


「……明日も仕事頑張るか」


 すぐに能力は変わらない。だけど、ちょっとくらいは真面目になろうと、そう思った。



———————————————




 阿賀くんが部屋を出て行ったことを確認して、私は毛布を乱暴に巻きつけた。


「〜〜〜〜〜〜〜〜っ‼︎」


 なんかちょっとうとうとしてしまった、なんて思ったら目が覚めると阿賀くんの腕の中だった。

 パニックで眠気が吹っ飛んだけど、寝てるふりをなんとか決め込んだ。


 私が起きてたってこと、き、気づかれてないよね……? 


 というかなんで寝顔を晒しちゃうんだ私……絶対バカな顔してた……。

 あと部屋を観られるなら、もうちょっと女の子っぽくしとけば……。


 色々な後悔が残る。こういう時のために普段から準備をしておけばよかった。

 そんなことはどうしても思ってしまうが、それはそれとして今は嫌な気持ちにはならなかった。


「ゴツゴツしてるんだ……男の人の腕って」


 妙な安心感、どこからか湧き出るぬくもり。

 そんなものが、阿賀くんの腕の中には感じられた。


 昔っから少女漫画でいつもヒロインがお姫様抱っこをされるのはなんでだろうって思ってたけど、ちょっと分かった気がする。


「阿賀くん……っ」


 ただそれはそれとしてやっぱり恥ずかしいので、私は布団にくるまってそのまま夢の中へ向かった。

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