第8話 和解
「はぁ、はぁ、先輩……」
「げっ、やっぱり追いつかれちまったか」
ちょうどチンピラたちとのケリがついたところで、星崎が姿を現した。
「あの、すみません……助けていただいて、本当にありがとうございました……!」
とそこで、先ほどチンピラたちに絡まれていた女性からも声をかけられる。
「ああ、いえいえ、これくらいなんでもないですよ」
「本当にお強かったんですね……すごく失礼ですが、そこまで腕っぷしのある方には見えなかったです」
「ははは、よく言われるので別にいいですよ」
絡まれていた女性は意外と気さくな方だった。
丸メガネをかけていたり帽子をかぶっていたりとよく素顔は見えないが、それでも美人だとわかる立ち振る舞いだ。
チンピラたちが声をかけた理由も分かったような気がする。
「それで、あの、これ、連絡先なんですが……」
「ん? あ、えっと……」
「先輩、帰りましょうか」
彼女は俺に恩返しをしようと思ったのか、名刺のようなものを渡そうとしてきた。
だが星崎の介入により、それは果たされなかった。
「あ、もしかして……彼女さんですか?」
「いや、会社の後輩だけど」
「こちらもちょっと立て込んでまして。すみませんが、失礼いたします」
恋の予感が1ミリだけしたのに、その1ミリを根こそぎ奪い取ってくる星崎。
こいつ……しかもすごく真顔で嘘ついてやがる。何も立て込んでないんだがむしろお前が状況をややこしくしてるんだが!
ったく、しょうがないな。
「すみません、まだ仕事中なものですから、また今度お会いできたらその時にご飯でも行きましょう」
これ以上ここで話しているとトラブルになりかねないので、話をここで終わらせる。
畜生、人生初の彼女ができたかもしれないのに……。いや、さすがにそれは自意識過剰すぎですごめんなさい。
「そうですか……じゃあまた、会えたら、ですねつ♪」
彼女が駅の方へと消えていくのを見届ける。
まあ何はともあれ無事でよかった。
「はあ、先輩らしいですね」
彼女がいなくなったのを確認してから、星崎はため息をついた。
「ああすまんすまん、逃げるつもりはなかったんだ」
「いやそれはさすがに無理でしょう……。というか、そっちではなく」
「あれ? 逃げたことを責めてるんじゃないのか?」
「相変わらずお節介な人ですね、って意味です」
星崎は苦笑いをしながら言う。
「彼女を助けなければ私から逃げ切れたでしょうに。それにあの男たちの中に突っ込んでいくのは、相当にリスクがあると思いますが?」
「んー、まあ久しぶりに喧嘩したくなったってだけかな」
「……はぁ、もうそれでいいですよ」
別に褒められる筋合いもない。助けられるから助ける。そんなに難しいことなんてしてない。
いや、褒められてはないか。お節介だって言われたしな。
そういえば星崎との話も終わってないんだよな、って思ったところで星崎の方から話があった。
「先輩、課長の家に泊まっているんでしょう?」
「——っ!」
ものすごく唐突に核心を突かれる。
「な、なぜそれを……」
「朝一緒に通勤、会社ではコソコソやりとりをしてるし……その上、帰る場所まで誤魔化すってなったら誰だってわかりますよ」
「いや、だ、だがな……」
そんな突飛な発想、思いつくものだろうかと言おうとしたが、相手は星崎だった。
どれだけ想像しにくい案でも、論理的に導けるものだったら彼女にとって動作もないことだった。
改めて後輩のことを尊敬し直すと共に、これから何を言われるのかが気になった。
しかし、彼女の口から出た言葉はあっけないものだった。
「まあいいですよ、別に」
「え?」
「だから、許しますってことです」
いつの間にか許される側の立場になっていたらしいが、まあそこはツッコむとめんどうなことになるのでスルーする。
「まあ隠していたことは腹が立ちますけど。でも先輩のことですから理由もあるんでしょうし、そういった諸々を含めて許すってことです」
「星崎……」
俺がキラキラとした目で彼女を見ると、照れ臭そうに付け足してきた。
「もちろん他人に言いふらしたりとかもしません。課長もご厚意があってやったことだとは思いますから」
「どうした、お前本当に星崎か?」
「殴りますよ?」
冗談を言ってやると、星崎は本気で怒ったような顔をした。
コワイ。
「今日はもう帰りますね」
「駅まで送ってくよ」
まあでもこれで不安の種は取り除けた気がする。
星崎に隠したままというのも気がひけるところだったからだ。
「先輩、本当に家燃えちゃったんですね」
「しっかり燃えたよ。死んだ人がいないからいうけど、ちょっと綺麗だった」
「不謹慎ですね捕まってください」
歩きながらたわいのない話をした。
「あ、そうだ」
「ん?」
「今度うちにも泊まりにきてください。課長の家と比べると貧相だとは思いますが、おもてなしくらいはできますよ」
「ははは、また困ったら相談するよ」
最後、一瞬だけムッとしたように見えたのは、夕日のせいだと思う。
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