第4話 後輩はいいやつ

 メールを送ってきたのは、会社の後輩である星崎だった。


 星崎は俺の一つ下で入社してきて、そのときに面倒を見てから話すようになった子だ。

 会社では同期の小林に続いて話すことが多いくらい、仲良くしている。


 彼女の特徴はといえば、とにかく優秀で膨大な仕事量を一瞬でこなしてしまうところだ。一部では『神』とさえ呼ばれるほどのハイスペック・ウーマンである。

 あ、自分も神にお世話になってます。結局残業してるけど。


「とりあえず連絡入れとくか」


 星崎を無駄に不安にさせても仕方がないので、すぐに連絡を入れる。


 すると。


「うおっ!」


 いきなり携帯に着信がかかってきた。


「もしもし?」

「——連絡遅いじゃないですか!」


 もちろん相手は、今さっきまでメールのやり取りをしていた星崎だった。


 透き通るような声が、若干の震えを見せながら耳朶じだを打つ。

 音の揺れがそのまま観測できるんじゃないかっていうくらいに彼女の声は鼓膜を揺らした。


「す、すまん……」

「何かあったら報告・連絡・相談が鉄則だって教えてくれたのは先輩じゃないですか!」

「一応上司にはそれをしたんだがな……」

「え、何か言いましたか?」

「いや……」


 ちゃんと火事があったタイミングで課長には伝えている。

 というかトラブルがあったときにすぐに後輩に相談する先輩、ダサいだろ。先輩の威厳がなくなっちゃう。もうないけど。いや、あるが?


 ただ心配させてしまったのは本当なので謝っておく。


「すまんかった星崎。これからは困ったとき星崎相談するようにするから」

「……にも?」


 それは口を滑らせたというにはあまりにも些細なミスだと思う。普通の人なら言葉のあやで済むところ。

 だが星崎はそれを見逃さなかった。


「にも、ということは小林さんには相談したんですか? それとも山口課長? というか何かお困りだったってことですか?」

「いや、その、別にそんなことは……」


 まくしたてるような星崎の剣幕に、俺は言葉に詰まる。

 うちの後輩、すごい怖いんですけど……。こんな後輩に育てた覚えはないんです。


 ——それに言葉に詰まったのは、理由がある。というのも、正直に話すべきかどうかで悩んだからだ。


 家が燃えてしまったなんて言ったらまた心配させてしまうかもしれない。星崎はおそらくそういったときに解像度高く想像できてしまうタイプだ。俺の立場を想像して余計な気遣いをさせてしまう。


 それに課長と一緒にいるというのは、課長にとって良くないかもしれない。

 誰でも部屋に男を上げるような女だと思われたら、山口さんの評判に傷がつく。


 そんなことを色々と考えて、言わない方がいいだろうと結論づけた。


「いや、二人にもあとから言う予定……」

「あがくーん、お風呂出たよー」

「——っ⁉︎」


 だがしかし、最悪のタイミングで山口さんがお風呂から出てきてしまった。


「先輩? 誰かと一緒にいるんですか? 声が聞こえましたけど」


 ただラッキーなことに、課長といるというとこまでは気付かれなかったらしい。


「今の女の声……彼女? それとも家族……? いや、それなら苗字で呼ばないしあと考えられるとすると……」


 ……ラッキーなんてなかった。聞き逃したと安心していたら、聞き取れた言葉から推論を始めやがった。

 そういえばこいつ、運とか偶然とかを実力でねじ伏せてくるようなやつだったわ。


 バレるのは時間の問題です。そして嘘ついてたってことがバレたら、拙者、死ぬでございます。


「すまん、また明日詳しいことは話すわ! じゃあな!」

「あ、先輩! 待ってください、逃げるなー!!」


 色々と考えた俺はプツッと強引に通話を止めて、そのまま流れるように携帯の電源を落とした。逃げたともいう。

 しかし逃げるなって……もう真相までたどり着いた人間のセリフじゃねえか。怖えよ普通に。


 あと、バレなくてよかった。なんか星崎のやつ、山口さんのこと嫌ってるところがあるんだよな。犬と猿の仲というより、うちの犬とよその犬の仲っていうか。常に一触即発みたいな感じなんだよな〜。


 まあひとまず山口さんがいるところでバレなくてよかった。

 明日までに何か言い訳を考えないとな。


「あがくん? お風呂上がったよ?」

「あ、はい、いまいきま……」


 と別のことに頭を使っていた俺は、そこで初めてお風呂上がりの山口さんを目撃した。


 ——し、下着姿の……。


「ちょっ、山口さんなんて格好してるんですか⁉︎」

「いや、まだコーヒーぎゅうにゅう飲んでない……」

「話繋がってないですからね⁉︎」


 俺の言葉に、全く脈絡のない返事が返ってくる。


 これはいよいよダメかもしれん。

 山口さんじゃなくて、俺が。


「さ、先に寝てください! また明日!」

「? おやすみ〜」

「そこは話が通じるんかい!」


 山口さんから逃げるように、俺は脱衣所に飛び込んだ。


「はぁ、はぁっ。この家には危険が多すぎる……!」


 もうすっかり火事があったことなんかも忘れて、俺はお風呂場に入った。

 火事があってしばらくは気分が落ち込んでいたが、しっかり元気になった。ダメなところまでやる気満タンだった。


 いや、それにしても……。


「黒、か……」


 今日見た光景はしっかりと脳裏に焼き付いていた。




 お風呂上がりに小林にラインでメッセージを送ってみた。


『家が燃えて大変だったわ』


 返ってきたメッセージは、『お疲れぃ』だった。普通に絶交します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る