第9話 幼少時代の記憶
カサカサでゴツゴツの手に引かれて、小さな私は歩く。
白髪混じりの髪。厳つい肩。
記憶にある祖父の生前、犬に追いかけられて迷子になった事がある。そのとき、泣きじゃくる私を連れ帰ってくれた祖父。
『いつまで泣いているつもりだ』
足を止めて振り返った祖父が、見下ろしながら言った。
『…ふ、ぅ…!』
厳しい言葉にビクッと怯える。
祖父は子供のあやし方など知らない。
私はより一層泣きたくなって、涙が止まらなかった。
『はぁ〜…もう知らん。こんな軟弱者に育つとは…』
呆れたように祖父はため息をついて私の手を離し、一人で帰り道を歩き出した。
このまま、祖父は私を置いていくつもりだ。
『うっ、う…お、おじい様っ!』
彼は振り返らず、非情にも離れていく。
泣いている子供を放って帰るなんて、私なら考えられない事だが、それを平然とするのが祖父だ。
このまま見捨てられるの…?
いやだ!こんな所に一人、置いて行かれるなんて!
私は悲しみと寂しさに耐えられず、泣きながら祖父の後を追いかけた。
すると、前を歩く祖父の足が、ピタリと止まった。
祖父は、私を見捨てたりはしなかった。
それにホッとして、同時に嬉しくなった。
『お、おじい様っ!』
立ち止まった祖父へと飛びつくように両手を伸ばすと、スッと、祖父が軽く体を動かしてそれを避けた。
えっ!と虚しく、両手を広げて飛びつこうとしていた私は転びそうになり、慌てて体勢を立て直そうとしたが、ガツン!と地面に転んでしまった。
今度は痛みと恥ずかしさに泣きたくなってしまったが、祖父の事だ。ここで泣いて愛想を尽かされて置いて行かれたら…。
ぐっと唇を噛んで泣きたいのを堪え、ゆっくりと起き上がると、不意に目の前に影が差して、祖父が起こすのを手伝ってくれるのかと思い、ハッと顔を上げた。
だが、そこに居たのは、私と同じ歳ほどの男の子。
誰だかわからないが、彼は私を助ける様子もなく、ただ無表情に私を見下ろしていた。
『…あの…?』
困惑しながら私が口を開くと、男の子は何も言わず
フッと私に背を向け、横にある建物に入って行った。
『何をしている!さっさと立たんか!』
そこに建物の入り口に立っていた祖父が、私の姿に一喝。
ビクッ!と反射的に立ち上がって、祖父の方…その建物の方に顔を向けた。
その建物こそが、私の夢…きっかけとなった写真館だった。
祖父は私が立ち上がるのを見て、中へと入って行く。建物の外のガラスの壁に、写真機と、美しい風景が映った写真がある。
初めて見るその珍しい風景に、痛みや恥ずかしいと感情が一気に吹き飛ぶ。
魅入られた、と言っていい。
私もフラフラと転んで汚れたまま、写真館に入る。
中は写真の展示物が壁に掛けられ、肖像画のように家族写真も飾らせている。
その展示物となる写真のある一点に、祖父が熱心に見つめていた。
『阿蘭陀…か』
阿蘭陀と、不意に祖父が口走る。
その言葉は、幕末からの歴史がある。この国とは違い文化、医学が特に進んだ国であった。
映っていたのは建物であり、洋風の造りとなる建物が並ぶ。
そのときの思い出は、忘れない。
祖父とのこの写真館は、特別だった。
……それから数年が過ぎて、祖父が他界した翌年。
淋しさと悲しさに、あの写真館に久しぶりに足を踏み入れた。
そこで、思い出あったあの写真の前に、一人の青年が立っていた。
あの時の祖父と同じように、あの写真に魅入られていたのが、雪都様だった。
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