第3話 計画の裏の裏

白皙の整った顔立ち。手足の長さ。高身長。



見た目が良く、伯爵家の長男という立場もありそれは女性から見たら、とても魅力的な相手。



ただ爵位を受け継いだ当主ではないために、貴族の令嬢は満足いかない者もいる。



私の場合は彼が伯爵家当主であっても、断っていた。



私にはまだ、今の女学校で学びたい事があったし、大きい夢がある。



結婚が決まれば、女学校を卒業する前に婚約し嫁ぐ事が多く、私も両親からそう言われていた。



夢を諦めかけたが、雪都様は違った。手紙で私の夢を応援してくれた。



「あの…先月の見学ですが、その節は大変助かりました。貴重な体験をさせて頂きました」




雪都様が知り合いに頼み、私の夢となるある場所に連れて行ってもらったのだ。



「ああ、あれ…ね。いや、僕は何もしてないよ。ちょうどツテがあったから、そっちに頼んだまでさ。でも、手紙でも書いてあった通り、ちょっとは驚いたよ。女子がまさか、写真師になりたいなんて」



社会人として働くのは男性が多いのだが、最近は女性も雇っている所がある。


記者や医師、教育学や、電話交換手、タイピング…やりたい事が増えた時代に入ろうとしている。



私は中でも、写真に憧れている。



武家の祖父と幼き頃に行った撮影館で、外の国のある風景を見て、ただ、ただ、感動した。



こんな場所があるなんて…。



それから興味をそそられて、写真師の人が集めたモノを見せてもらい、今まで知らなかった一つ一つの美しい風景に魅了された。それからはもう日に日にはまり込み、女学校の帰りに寄り付いては写真師の人に写真がどんなふうに移り、どうやって一つの絵になっているか、弟子入りのように押しかけていた。



「手紙に一枚、君は僕に送ってきたね。…広大な川にある大きな橋だ」



現物の写真ではないが、それを別に写して送った。



「そうです。私の夢を、どうしてもお伝えしなければと、頼み込んであなたに送りました」



感動する光景を写す人に、ただ憧れているだけじゃない事を理解してもらうため。



「素晴らしいと、久々に味わった感覚だった」



フッと、どこか遠くを見つめて笑った。



その切なそうな表情に、一瞬心臓がドキりとした。



「…そう、ですか…。あの、それで私をここに呼んだのは、私とあなたが考えた、あの作戦のことでしょうか?」



この話よりも本題に入ると、彼はふと笑みを消して、真剣な表情を向けた。



「それなんだけれど…ちょっと、厄介なことが起きてね。僕が今もこうして会うのも危ないのだが、一度ちゃんと話をしておきたくて…」



妙に歯切れの悪い言い方だ。



「厄介なこと…ですか?何か、問題でも?」



二人でこの結婚を破断させようとしているのが暴露されてしまったのか?



「実は、僕の想像以上に弟がこの結婚に力を入れていてね。僕が先に知り合いに、この結婚は破談するのだと、記者に口外させ、その徹底的証拠となるこの場所に集まってもらうように裏で糸を引いたんだ。さっき、君も見たと思うが、ここまで順調に計画通りにいっていたんだが…。うーん、そうだなぁ。君も、今からよーく見てくれないか?ここから、外にいるその集めた記者達を」



突然、話を変えられて、ハッと驚いた。



「えっ?どういうことですか?手紙に書かれていた計画通り、記者は雪都様が集めた方達ですよね?」



急に外にいる彼らを見ろと言われても訳がわからない。


雪都様は戸惑う私を見て、そこからこちらに近づいて来る。


「あ、あの?」


急に詰め寄った彼に、異性に慣れていない私は驚きながらも少し気恥ずかしさを感じた。



「いいからこっち。窓辺に来てよ」



すると彼は私の許可なく腕を掴み、突然窓辺へと引っ張った。



「あっ、あの!ちょっと…!」



ギョッとした。


想像よりも力があり、掴まれた手が振り解けない。


こんなふうに男の人に掴まれた事がないため、急に怖くなり、体が震えた。


「ゆ、雪都様っ!」


なんともいえない迫力に怯えて声を張り上げると、雪都様がハッとしたように立ち止まり、パッと手を離した。



「あ…ご、ごめん。でも、ほら…実際に見た方がわかるから。よく外を見てごらん?」



私の声や顔色から、雪都様はちょっと申し訳なさそうな顔で、強引に引っ張った事に対する謝罪をすると、窓辺に移動した私に、今度は少し優しい口調で外を見るように再度促した。



「…そ、外が、一体何か…?」


ビクビクしながら、言われた通り、その二階の窓から外を眺める。



ここから外はこの屋敷を囲む塀が見えて、その右の奥には正面の門が見える。だが、そこに先程集まっていた記者がいない。



記者は確かに外に集まっていた。それはさっき、その場所を見て、私達家族は逃げようとしていたから。



「…えっ?どうして?記者が…集まっていた人達がいない?」


戸惑いながら、よーく外の様子を眺めるが、記者らしきカメラや手帳、メモ用紙類を持っている人がいない。



「僕が君を呼んだのは、この状況を見てもらうためだ」



呟いた私の言葉に、窓から一緒に外の様子を見る雪都様が言った。そちらを見上げると、苦虫を噛み潰したような顔をしている。



「雪都様。私はてっきり、記者達は私か雪都様が外に出てくるまで待ち伏せをしていると思ったのですが…?これは一体、どういうことでしょうか?」



予定していた計画と違う。


記者がこんなに早く帰る訳がない。


雪都様は私の疑問に深いため息をつかれた。どこか苛立ったように髪をかき上げ、私に向き直る。



「きっとあいつだよ。苓だ。あいつが手回ししていたんだ。そうじゃなきゃ、こんなに早く記者が帰ると思えない」



ギクッとした。


苓様に会ったけれど、特に変わった様子はなく、いつものように優しく声をかけて下さった。



「ま、まさか…苓様は、私達がこの結婚を阻止しようとしていることに気づいている、と言うことですか?」



私が震える声で問いかけると、雪都様は微かに頷いた。



「勘づいているだろうね。僕と君が、どちらも結婚に反対なのは。ハッ…!ほーんと、どこまでも用意周到な野郎だよ」



呆れ半分微かな怒りを含みつつ、雪都様は弟を貶すように言った。



ブワッと冷や汗が流れ、急に不安になった。



雪都様は出来が悪い人なんかじゃない。いつも遊び呆けた女好きでもない。


実際彼と手紙のやり取りをして、すぐにわかった。



彼はなかなかの切れ者だ。用心深く、次の事を考えている。



この計画を立てたのも、殆どが先に彼が考えていた案であり、私はそれを実行していただけに過ぎない。



そして、あの苓様も。ただ結婚をさせようとしているわけではないのだろう。私達がしようとしている事に勘づかれてはいるものの、何も言ってこない。



雪都様は腕を組んで、もう一度外の方をじっと見つめた。



「…意図が読めない。あいつはなんとしてもこの結婚を進める気なのだろう。これで終わると思ったのだが…。奴がどんな目的でこの結婚に力を入れているのか、それがわかれば…」



鋭い視線を向けたまま難しい顔で考え込む。



苓様がこの結婚にどんな目的を持っているのか分かれば、私達の動きも変わってくる。



「雪都様。提案なのですが、苓様にこの結婚をする事にどんな意味があるのか、今一度、本人に確かめてみるのはどうでしょう?」



外を睨むように考える彼に、私から提案を持ちかける。



結婚を破棄するために動くよりも、まずは初手に返って、何故この結婚を進めるのか、苓様からその意図を探ってみるのだ。



それが少しでも分かれば、状況が変わってくるかもしれない。



雪都様は私の方を振り返り、こちらをまじまじと見つめた。



「それは…あまりに無謀な賭けじゃない?こっちは阻止するために動いているんだ。あいつが素直に話すとは考えられない」



「ええ、分かっています。ですが、また今日のような御披露目会を開かれては、今度は逃げられるかわかりません。余計に立場が悪くなり、身動きできない状況になるかもしれません。そうなれば私達に、自由はありません」


私は結婚破棄を考えた時から、自由を求めている。



写真師になりたい夢があるのに、伯爵家に嫁げば、私はその夢を諦めなければならない。



「……自由…。抵抗すればするほど、あいつはそれを邪魔する。そうだね。ここは一旦、計画を中止して、様子を見るのはどうかな?真正面から行っても多分、あいつはその意図を、この結婚を進める目的を言わないと思うんだ。だから、逆の心理戦でいこう。僕らはこの結婚に賛成で、仲睦まじい姿を見せて油断させる。あいつの警戒心が緩んだところで目的を探ればいい」



雪都様の顔に、悪戯を思いついた子供のような、愉しげな笑みが浮かんだ。

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