第2話 初対面の相手

女性連れで現れた主役に、来賓客は噂通りだと呆れ、憤り、嘲笑う。


御披露目会は台無しだ。



雪都様はすぐに使用人達に引っ張られて、中庭を出て行った。その後ろから怒り狂った義母の姿がしっかりと見えた。



疲れ切った様子だった苓様は笑顔を振りまいて、兄のせいで台無しになったこの場を、さっさとお開きにした。



どう見ても、これ以上続けられないだろう。



でも、雪都様の登場は皆の話題の餌だ。まだその場を離れずにいて、彼の振る舞いに嗤いが耐えない。




「今のはなんですか?!結婚のための御披露目会だと言うのに、女連れで現れるなんて…!なんという恥知らずな人なの!」



母がいつの間にか戻って来て、横で騒ぐ。



「こんなのどうかしているな!うちの娘をなんだと思っているのか!」



それに合わせ、父が憤慨している。


私は両親の態度に、ため息をこぼした。



ミツさんはさっき他の方に呼ばれて離れて行った。



「お父様、お母様。ここにいれば、皆の格好の餌食になります。ああ、ほら、話したそうに集まってきてる。こんなふうになって残念だけど、この場は帰った方が良さそう」



とにかく、今日はこの場を去るのが得策だ。



すでに他の人に捕まっている母を見て、父は慌てた様子で、「そうだな。私達は帰ります!」と周りに叫ぶように告げる。



「姉上、パーティーは終わってしまったのですか?」


将吉が私の服を引っ張って、困惑したように言った。その横で舞が「もう帰ろうよ!恥ずかしいよぉ」と泣きそうな顔をして母を引っ張ろうとしている。



私は膝を折り、将吉と目線を合わせ、苦笑した。



「そうね。今日は疲れたから帰りましょう」



父は母に声をかけて、舞を引っ張って、そそくさと駆け出した。



「ほら、帰るぞ!」



その横を通った父が私に言って、先に門の方へと小走りにかける。



人が迫り、私も慌てて将吉の手を握り、その場を離れた。



だが、門の方にも人集りができて出られない。



「これは…っ。記者達かあれは!私達を笑い者にしようと待ち伏せしてるな」




父の言った通り、いつ情報を得たのか、記者らしき人達が門の前に待機している。



「あなた!あちらから出られそうよ。ほら、裏に続く門があると教えてもらったじゃない」



御屋敷に招かれた事のある両親が指を差す。すると、使用人らしき人が近づいて来て、父や母に話しかけてきた。



「加茂様!こちらに来てください!」



現れた二人の使用人が誘導する。私達家族を守るように、警備の人がいつの間にか立っていて、裏の門の方へと両親達を連れていく。



それに続き、少し遅れて私も歩き出す。



「と、橙子様っ。橙子様…!」



裏門に向かう庭を通っていると、反対の廊下の隅から、下女がこちらを手招きしている。



……あれは!!



ハッとして足を止めて、前を行く両親と舞を見ると、ちょうど角を曲がる姿が見えた。



「姉上?」



将吉が足を止めた私と、手招きする下女を見て不思議そうに見つめてきた。




「ごめんね将吉。私、急用ができた。このまま角を曲がればお父様達がいるはずだから、あなたは先に戻っていなさい」



笑顔を浮かべ先に行くように促すと、将吉はどこか不安そうに顔を曇らせる。



「で、でも姉上。ここから出ないと、あの人達に気づかれちゃいます!」



あの人達とは、今日ここに集まった来賓客だ。将吉は御披露目会が終わった事は理解しているが、何故こうなったのかはわかっていないし、こうして追われている理由も理解できていない。



「私なら大丈夫。ここの人達が守ってくれるから。だから、将吉は先にお父様達と一緒にここを出て。話が終わったら、すぐに追いかけるから」



ほら、と安心させるように肩を掴み、優しく微笑んだ。



まだ私を気にかけているようだが、「わかりました」と渋々頷いて、将吉は小走りに両親達の後を追いかけた。



私は家族達が居なくなると、息を吐き、呼んでいる下女の方に向かった。



「すみません、橙子様。…あの方が、お呼びです」




下女は実里と言う。実は彼女とは前からの知り合いだ。



実里が硬い顔で言った、あの方。


やはりきたか、と予定通りに呼び出された。


頷くと、実里が案内を始めた。



まずは使用人達のいる寮の方に案内され、そこから本宅へと向かった。二階の奥の、今は使われていない遊び場の一室に通された。



コンコン、と実里が扉を叩く。



「……はーい、どうぞ」



少しして中から軽い返事がした。



実里は咳払いして、「失礼します」と一言告げてから扉を開いた。



遊び場の室内にはビリヤードがある。



その右の壁脇の椅子にくつろぐ男がいた。



「やぁ、よく来たね橙子さん!君が来るのを待ちかねていたよ!」



男は椅子から立ち上がり、砕けた笑みを浮かべて私を出迎えた。



手紙の印象通り、彼のその調子の良さに、微かに眉間にシワを寄せた。



「初めまして…雪都様」



なるべく感情を表に出さないように、私を呼んだ彼の名を口にした。



「…あー、初めまして、ねぇ…。ちょっと堅苦しいけど、お互い初めて会うか。まぁ、挨拶はこのへんで!それでそれでっ!会場の方はどうだったかなっ?」



雪都様が私の挨拶を軽く受け流して、どこか面白そうに尋ねる。



私は先程の出来事を思い出し、彼を見直してからゆっくりと頷いた。



「ええ…予定通り、順調に終わりました。皆さん、雪都様が女性連れで現れて噂をしておりました」




実は、私と雪都様、この結婚に反対だ。



本当に籍を入れる前、ある期間内までに、私と雪都様はお互いに縁がなかったと、この結婚話を破棄するつもりでいる。



そのために私達は、三ヶ月前に見合い結婚となるこの政略結婚が決まった時から、手紙でやりとりをして、両親達が考えたこの結婚をどう阻止できるのかあらゆる策を練った。



そして、初めの顔合わせ。



二ヶ月前にあったそれは、私と雪都様がお互い不満であるのだと、会うことを断り、見合いの場を壊した。



そして今日、二度目の機会として設けたこの御披露目会では、雪都様が別の女性を連れて来て、この場を壊す作戦を実行したのである。

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