この結婚話には裏がある
綺璃
第1話 御披露目会で
二度目となる、とある華族の大きな御屋敷。
前も思ったが、手前にそびえたこの洋風屋敷に、圧倒される。
元武家の出の私、加茂橙子は、両親の野心のために顔も知らぬ(見合い絵をチラッと見ただけ)身分違いの男に嫁ぐ事になった。
見合い結婚とは形で、本当は政略結婚。
誰もが分かる。売り飛ばされたのだ。
時代が変化し、武家ともなれば歴史や手柄の国家に勲功した者でなければ潰れていく。
祖父を亡くしてからはそうだ。
だから、金欲しさに両親の操り人形ごとく、決められた枠にいる。
伯爵の爵位を受け継ぐ由緒ある家柄、高良家の次男は、三ヶ月前に爵位を受け継いだばかりだ。
その優秀すぎる次男とは違い、私の結婚相手の長男はとても出来が悪いらしく、家業の手伝いをする事もなければ仕事に就く事もなく、ただいつも女と遊び呆けているお調子者だと。
話に聞いてはいたが、本当にどうしようもない愚かな人である。
今日は身内以外も集まる御披露目会だ。それなのにここに来ていない。
義母となる杏香様は…義父となる旦那さんを亡くしているがいつも風格がある。上品で優しそうに見えるが、厳しい。他の方々には「急な仕事が入り、それが終わり次第こちらに来る」と長男の説明をしていたが…。
それより、その自慢の次男となる苓さんが、代わりに周りの来賓達の相手をしている。
苓さんは…完璧な人。華族としてのマナーはもちろん、品があり優しく、思いやりがある。
文武両道優れており、帝大を首席で卒業している。
また、顔立ちが美しく温厚な性格。頭が回るだけでなく冗談も言え、場の雰囲気を和ませてくれたりと、女性の憧れを具体化した人だ。
私は両親について回り、彼等に紹介された。
私の夫となる雪都様はまだ姿を見せない。
この御披露目会の主役となるのに、急な仕事でそちらに行ってからここに来ると言うが、嘘だ。
こんなことはいつもの事らしい。大事な時に決まって逃げ出すとか。
今日も仕事で出ているのではなく、昨日から知人の、最近お気に入りである女性の所にいるとか…彼を知る学生時代の方々が先程噂をしていた。
「すみません橙子さん。兄は準備に追われているのです。こんな大事な日に…」
苓様とは顔見知りである。今日合わせて、まだ三度だけれど、私が通う女学校の友達となるミツさんの兄が、彼と知り合いであり、その時に偶然知り合った。また、彼が伯爵家の爵位を受け継いだ後のパーティーの参加者として。
ミツさんは苓様のことをよく喋っている。誰もが知る女性の憧れとなるからではなく、恋をしているようだ。
まぁ、このような下級武家の何の取り柄もない私にも優しいし、あの顔立ちに振る舞いだ。
義姉となるのに抵抗がないのか、気さくに話しかけてくれて、正直、こういう場ではそれが助かる。
ただ…兄の雪都様と、苓様は仲があまりよろしくない。元から性格が反対な面があり、折りが合わないようだ。
「橙子。この際だから、苓様と親しくなりなさいな。雪都様は噂通りのようだから」
こそっと、母の倫子が耳打ちする。
私は顔が強張った。前に苓様がいるのに…聞かれていないだろうか?
見れば、笑顔であるが、少し困ったように見える。
「…お母様。あちらで将吉が探していますよ」
母を遠ざけるため、弟の名を出した。
将吉とは六歳年が離れ、その真ん中に十二歳となる妹の舞がいる。
「あらまぁ!もう、舞はどこにいるのかしら」
将吉を舞に任せていた母は私を利用して、なんとか爵位を持つ苓様に媚を売っていた。
どこにでもいる。華族を前にすれば。ちなみに父は違う華族に媚を売っているようだ。
客観的に見れば、珍しくない。
でも、そんな親を…親だからこそ私は恥ずかしく思う。
「苓様。母が、申し訳ありませんでした」
頭を下げて謝罪する。
絶対聞かれていた。
恥ずかしい気持ちを隠しつつ、冷静な態度で告げると、苓様は苦笑し、首を振った。
「いや、謝る必要はないですよ。こちらの方こそ…謝る必要がありますから」
…ああ、ほら。変な空気になってしまった。
「あ、いいえ。苓様は…」
謝る必要がない、と申し訳ない気持ちで告げようとした時だ。
ガヤガヤと、門の方が騒がしくなった。
「橙子さん、少し席を外すよ」
苓様の顔つきが変わった。
さっと私から離れて門の方へと急ぐ。その前には苓様のお母様が険しい顔つきでそちらに向かう姿が見えた。
「雪都様が戻ってきたのかしら?」
「長男がようやく来たか?」
「いやねぇ、こんなパーティーを開いても、主役がああでは」
「どれどれ、今回はどんな登場かね」
みんな、好き勝手に話している。
私にも聞こえるくらいの声で言うあたり、皆はこの状況を楽しんでいた。
出来の悪い雪都様の相手が、下級武家の出の私である事もあり、まるでサーカスの見せ物だ。
「橙子さん!」
そこに、少し息を切らせた友達のミツさんが現れた。
「ミツさん!?そんなに息を切らせてどうされたんですか?」
可憐で可愛い顔を赤く染めて、慌てたような様子に驚く。
「大変ですわ!ようやく雪都様が戻ってきたのですが…橙子さん。私、不憫でなりません!」
息を整え、怒ったように声を荒げた。
「え…?み、ミツさん。一体何があったのです?」
困惑して問いかけると、ミツさんはハッとしたように気持ちを落ち着かせてから、心配そうに顔を曇らせた。
「今、雪都様が戻られたようです。ですが…どうやら彼は一人ではないようです。橙子さん、気持ちをしっかり持って下さい」
……やはり、女連れで来たようだ。
この様子からして、ミツさんは私がショックを受けると思っている。
励まそうとしているのか…でも、私ははっきり言うと、これは予想通りである。
「あぁ、そうなのですね。わざわざありがとう。でも、私なら大丈夫ですわ。ミツさん、前にも言いましたが、この結婚に、愛はいらないのです」
この結婚は政略結婚。初めから割り切っている。相手が女連れで現れても、恥知らずな人でも。
「橙子さん…。本当に、そう思っているのですか?」
ミツさんには、雪都様が相手だと決まった時、自分の気持ちを話していた。
それをまた同じ反応で、ミツさんはまだ信じられない様子で、私に問いかけた。
「…ふぅ。はっきりと、彼がどんな人でも…私は気にしていませんよ」
そう気持ちは変わらない。本当に、焦りや嫌悪なく、ただ…どうでもいいのだ。
「橙子さん、私、やはりわかりませんわ。あなたがそう思うのならいいのでしょうけど…。ですが、どうしてそんなに落ち着いていられるのか、私には理解できないわ」
「ええ、わかっています。でも、私達は…私は、これでいいのですよ」
苦笑ではなく、心からの笑顔を浮かべて、ミツさんに私の正直な気持ちを伝えた。
困ったよりも少し悲しそうに、ミツさんが何か言いたそうに私を見た。
「長らくお待たせいたしました!」
するとそのとき、一層明るい声が、門の方から聞こえた。
ハッとしてミツさんとそちらを振り向くと、疲れ切った様子の苓様と、不機嫌な表情をしている義母の杏香様の姿があった。そして、その前には晴れ晴れとした様子の、このパーティーの主役である雪都様現れた。
ざわざわと騒がしくなる中、彼は堂々と、その横に綺麗な女性を連れていた。
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