8

目を閉じ、静夜は立ち尽くす。耳をすませると、商店街の先の方から何か重いもの倒れる音がした。その音は静夜の方へどんどんと近づいてくる。音に合わせて地面が小さく揺れる。

静夜は目を開ける。地響きの正体は前方から倒れてくる鳥居だった。ゆっくりと一定の速度で鳥居が倒れていく。鳥居の波は静夜の横を通り過ぎ、後方へと続いていく。やがて音が止んだ。街頭の明かりが明滅する。舞い上がった埃が充満し、視界が煤ける。化け物たちはみな一様に動きを止め、鳥居の倒れてきた方角を見ていた。商店街はこれ以上ない程の静寂に包まれる。静夜も前方に目を凝らし、耳を澄ます。

ふと、空気の流れる音の中に、微かに響く声があることに静夜は気づいた。女の人の声だ。それは囁くように、それでも確かな芯を持っていた。

前方を凝視する化け物の一体がふいに大きな地響きのような呻き声をあげた。僅かな沈黙の後、その隣の化け物も声を上げる。呻き声はその個体を中心に円状に広がり、商店街を染めあげるように波及していく。声を上げながら化け物の群れが一斉に動き出した。あの歌声に吸い寄せられるように。

この騒音の中でも、確かに彼らは彼女の声が聞こえているようだった。彼らは歌声に合わせて踊りだした。あるものは手足を軟体動物のようにくねらせ、あるものはしゃがんた姿勢で狂ったように激しく頭を振っている。街灯の明かりが光度を増す。牡丹星が眩しいほどに光り輝き、街灯の中を割れんばかりにバチバチと激しい音をたてて暴れ回っている。

商店街全体がひとつの生き物のようにうねる。胎児が外の世界へと出るために母体の中を這うように、それはゆっくりと、しかしある確信をもって進んでいた。

止まっていた時間が音を立てて動き出した。それは今まであった世界が崩れ落ちていく音でもあり、新世界の産声でもある。異形の者たちの波に揉まれながら、音の鳴る方へ近づいていく。静夜は夏祭りを思い出していた。

やぐらを中心に廻る盆踊り、始めに誰が踊り出したのかは誰も知らない。円の中でみんな同じ方向に、同じ振り付けで、同じ歩幅で踊る。他人との境界線が溶け合って、太鼓の音の上に浮き上がっていく様は、土星の環の上で遊ぶ星の子供のようだ。大人も子供も男も女も、みんながみんな、そこでは星の子供だった。

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