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商店街の真ん中には一定の間隔を置いて朱色の鳥居が立ち並んでいる。この鳥居に化け物たちは決して近づかない。鳥居の中は神聖な領域で、化け物たちは入ることが出来ないのだろう。アーケードの内側にすっぽりと収まる形で、神社で見かけるものよりかなり小さめな鳥居がそれでも造形は細やかに、前方のものと寸分違わずに立つ。鳥居は、本殿に祀られる神様の住む神域と人間の住む俗界を分かつために建てられるという。この鳥居は何のために、誰が、建てたものだろうか。さて、この鳥居に化け物たちは近づかないので、商店街の交通は左右で大きく二分されている。鳥居の中に入ることができないのは、静夜も例外ではなかった。鳥居と鳥居の間にある空間に手を伸ばそうとすると、ゴムのように弾性のある空気の膜が張っており、侵入を許さないのだ。

ここに来てから、かなりの時間が経ったように感じる。静夜は鳥居のそばに膝を抱えて座っていた。中に入ることは出来なくとも、鳥居の近くに居れば化け物たちは決して寄ってこない。白痴の群れの中で、静夜が辛うじて息をつける場所だ。

この世界から脱出する手立ては今のところない。この商店街から出ることができないのは、静夜が自分の足で確かめたことだ。静夜が目覚めたのは駅側の商店街の入口、直進すればやがて嬬橋に着くはずだった。しかし、いくら歩けども橋は見えてこない。同じところをぐるぐると回っている気がする。注意しながら歩くと、嬬橋の直前にあったはずのクリーニング店の先には商店街の反対、駅側から入ってすぐの弁当屋があった。どうやらこの商店街は端と端が繋がり、ループしながら延々続いているようだった。縦がダメならと、横道に反れても結果は同じだった。商店街の店と店の間にある狭い脇道に反れてみたが、ここでも先程と同様のループが起こった。長い路地を抜けると先程入っていった道の反対側に出るだけで、新たな場所には通じていなかった。この世界の空間はこの商店街のみで完結している。まるで地図を丸めてくっ付けたように、始めと終わりが繋がって際限がないのだった。


鳥居の下にうずくまる静夜の姿を遠巻きに眺める少年がいた。静夜の痩せた体が弱々しく肩を上下させている。少年は静夜に声をかけてみようと思ったが、主人に怒られるかもしれないと思い、やめた。少年は古びた雑貨屋の店番をしている。今まで一度もこの店で商品が売れたことはないので、自分がここを離れても全く問題はないのだが、こっそり抜け出したのがばれると決まって主人は彼をぶつのだった。当の主人はというと、奥の居間でテレビを見ている。寡黙で愚鈍な主人だが、時折少年に見せる優しい顔が少年は好きだった。この少年も静夜と同じく、ずっと前にこの商店街に迷い込んだ人間で、通りで泣き喚いているところを一つ目の主人に保護されたのだ。

少年は自分がどのような経緯でここに来たのか、ここに来る前自分が何者だったのかもう覚えていない。実を言うと、少年は幼い頃の静夜自身なのだ。小学校三年生の冬から四年生の夏まで、静夜の記憶はない。抜け落ちた記憶の中で生きた少年は時のはぐれ人としてこの商店街に漂流したのだった。

少年は、自分と同じ境遇の人間が現れたことで、にわかに興奮していた。今すぐ彼のもとに行って、彼にこの世界の生き方を教えてあげたいという気持ちに駆られたが、同時に彼がこの世界を自力でどう生きていくのかも気になった。期待と不安が宿る瞳は爛々と彼を見つめるが、その熱い視線に静夜が気づくことはなかった。

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