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商店街の街頭の中に入っている動き回る明かりの正体は、どうやら牡丹星という恒星の赤ちゃんらしい。菊星よりも光度は落ちるが、寿命が長いのだそうだ。魚屋の主人が教えてくれた。この主人は人間の形をしているが目と耳がない。目がないのに眉毛が生えているのが滑稽だ。背丈は静夜の丁度二倍程もある。藍色の前掛けにはおそらく目の前に並ぶ大量の魚のものであろう血液が黒くシミになっている。静夜が夢見ごちに歩いているところをこの主人が呼び止めたのだ。商店街の中には完全な人の形をしたものもいるのだが、人語を解さない。今のところ、人間の言葉が喋れるのはこの主人のみのようだった。


「そこのお兄さん、何かお困りですか?見ない顔だ。」口を耳のあたりまでぱっくりと開け舐め上げるような声の調子で魚屋の主人は言った。


「ここはいったいどこなんでしょうか?さっきまでそこの路地で眠ってしまっていたんです。気づいたら人間ではないものがたくさんいて。僕はまだ夢を見ているんでしょうか。」静夜が答える。


「夢と思ってもよいでしょう。現実と考えてもかまいません。それは問題ではありませんから。大事なことは、あなたがこの世界でどう生きるかということです。」不気味な笑顔は微動だにしない。腹話術のように声だけが伝わってくる。


質問の答えは要領を得ない。その後もいくつか質問をしたが、魚屋の態度は変わらず、結局重要なことは何一つ分からなかった。もう何を聞いても無駄だろうと魚屋を後にしようとしたとき大量の魚が全て、自分を見つめていることに気が付いた。静夜が動くと魚の目がぎょろりと動いて静夜を追う。どうやらそれが主人の目であるらしい。気味の悪い光景から逃げるように、早足で店を去った。




或る錦鯉の夢


まな板の上に鯉がのっている。まだ生きている。口をぱくぱくさせて周囲の音を吸い込んでいる。私は包丁をぴたりと鯉の皮膚にあてがう。鯉の目は私を見ているようでもあり、この世界全てを見ているようでもあった。刃が皮膚にくい込んでいくと同時に鯉はゆっくりと大きく体を反り返らせてバタン!と大きな音を一度だけたてた。切断面からはねっとりとした赤黒い血が垂れていた。鯉が最期にたてた音がまだ響いている。その音は私の鼓膜の奥へと潜っていき、また青へと還っていった。


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