-1(星の記憶)
「いいかい。菊星を捕まえる時には、後ろからそーっとだ。焦ってはいけないよ。すばしっこいやつらだから。」
「ほら、あそこを見てごらん。川の端の方で休んでいるやつがいるだろう。あれを捕ってみなさい。ぐずぐずしないで。早くしないと飛んでいってしまうよ。」
「え?なに網なんか持ってるんだい。そんなもん何の役にもたたないよ。やつらは光だから、網なんかすり抜けてしまう。そんなことも知らないのかい。全く現代っ子は。菊星はね、人間の手で捕まえなければだめなんだよ、そう。」
「しずかに、足音を消して、近寄って。そう、いい調子だ。よし、そこまで来たら少し屈んで手の届く位置に。そうだよ、気付かれていないね。さあ、あとは捕まえるだけだ。多少強引にやっても死にはしないから、思いっきり掴むんだよ。」
「よし!あ!なにやってるんだい。せっかく掴んだのに、手を離す馬鹿が何処にいるんだよ。ん?信じられないくらい熱かった?そんなの当たり前じゃないか。星の赤ちゃんなんだから。上を見てごらん、たくさんの星が見えるだろ。あのひとつひとつはここからとても遠いところにある。あんなに遠いところからここまで光が届くんだから、その力は尋常じゃない。そこにいる菊星も、いつかはここから旅立ってあの星になるんだからね、熱いのは当たり前だろう。」
「泣くんじゃないよ、ね。まだまだそこらじゅうにたくさんいるだろ。あ、あそこにいるのお前の友達じゃないかい。ほら、赤い浴衣を着ている。綺麗な子だね。話しかけてごらんよ。」
サクは友達二人と橋の上でおしゃべりをしているようだった。男勝りでよく僕を泣かせるサクは、真紅の浴衣を身に纏い、首からは衣装にやや不釣り合いな星かごを提げている。中には菊星が五つ入っていて、パチパチと音を立てながら星かごの中で窮屈そうにはじけていた。菊星に下から照らされてサクの顔が浮かび上がる。白く美しい顔立ちで、頬にやや赤みが指している。彼女に僕が恋心を抱いているのは誰にも内緒だ。
さて、祖母に背を押され、僕はサクのもとに近づいていく。女の子三人の中に一人で話しかけにいくのは何だか気恥ずかしいが、サクと話せるのはやはり嬉しい。
「あら、こんばんは。あなたも星取りに来ていたのね。初めてだと難しいでしょ。」
「キヨもチサもてんでダメなんだから。情けないことね。ほら、中に五つ入っているでしょう。これ、全部私が取ったのよ。」
星かごを僕の前に差し出した。
「ひとつあげましょう。家にもたくさんいるから。この中のは全部菊星だけどね、家には牡丹星もいるのよ。今度お家に見に来なさいな。」
「ほら。」
サクは星かごの中から菊星をひとつ取り出すとあわてて差し出した僕の両手に、両手を包み込むようにやさしく被せた。かごの中で跳ねていた菊星はだいぶ疲れてしまったようで、先程の個体と比べ温度が低い。手の中にある菊星の温もりが、ちょうど彼女の体温のように感じた。
「あっ」
開いた星かごの中から、四つの星が出ていってしまった。サクはしばしの間口をぽかんと開け、茫然自失になっていたかと思うと顔を手で覆って静かにシクシクと泣き出してしまった。逃げていった星は空へと飛んでいくものもあれば、橋の下に落ちていくものもあった。気付くと僕の手の上にあった星もスルスルと僕の手の上から滑り落ち、逃げてしまった。その星は橋の下の鷺津川の水面を二回ほどパキンパキンと跳ね、カラカラと川面を転がりたちまち下流の方へと見えなくなった。後にはただサクのすすり泣く声が残った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます