0

暗い森の中に取り残された感覚を思い出した。静夜が小学校三年生の時の冬、家族でキャンプに来ていた時のことだ。山奥のキャンプ場ということもあってか他の客は誰もいなかった。どういう経緯で一人になってしまったのかはよく覚えていないが、気付いた時には静夜は一人だった。

折りたたみ式のイスの上で体育座りをしながら、赤々と燃える焚き火の火を眺めていた。焚き火のパチパチと燃える音の背後に木々のざわめきが聞こえる。風によって枝と枝が擦れる音が重なり、それは生き物の鳴き声のようだった。

目の前の火の他に目につく明かりはない。恐くて、寂しくて仕方がなかった。自分がいかにちっぽけで、脆弱な存在なのかを知った。その時静夜は、世界にたった一人だった。ただ、焚き火の火の明るさ、暖かさだけが支えになっていた。

火が弱くなってきたら横に積み重なっている木材の破片をくべる。しばらくするとまた火が弱くなってくる。すぐさま木材をくべる。弱くなる。くべる。弱くなる。くべる。弱くなる…。永遠と思える作業も、しかし永遠ではなかった。少しずつ弱まっていく火を静夜は諦念に似た気持ちで眺めていた。

この火が消える時、闇は静夜を飲み込み、この山の一部としてしまうのだろう。家族や親しい友人たちの記憶からも自分という存在は消え去り、悠久の時をここで過ごすことになるのだろう。そんな気がしたのだ。

果たして灯火は消え、辺りは深淵の闇に包まれた。当たり前といえば当たり前だが、静夜は生きていた。視界には何も映らないが、風が肌を撫でる感覚、微かに残る熱が、静夜がまだ静夜として存在していることを伝えていた。人生の中でこの時ほど孤独と、孤独でいることの恐怖を味わったことはない。いっそそのまま闇に飲み込まれてしまえばよかったと思った。恐怖に体は硬直し、身動きもとれない。風のざわめきは強さを増していた。

ふと耳をすませると、前方から何かの足音が聞こえる。乾いた木の葉を踏みしめる、確かな音だ。人間ではないことは直感でわかった。静夜は正体の見えぬ何者かをきっと睨みつける。闇の中に大きな丸い目が二つ、ギョロリと光った。


「そんなに虚勢張っちゃって、恐くて仕方のないくせに。君も結構かわいい所があるもんだね。」


闇の中から聞こえたのは野太くて高い、何やら間の抜けた声だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る