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夕日に照らされた嬬橋が水面に影を落としている。建築されてから長い年月の経つこの橋は、鷺津川と共にこの辺りの観光名所となっている。かつて宿場町として機能していたこの地域には、現在も古風な街並みを随所に残しており観光地として有名だ。街中を歩いていると目に入る寺院や旧跡はそこに住む人々の生活の中に自然と溶け込んでいる。


先程まで橋の欄干にもたれていた青年は重い足取りで商店街の方へと歩を進めていた。商店街はいつもと変わらない喧騒に包まれていた。夕食の食材を買いに来た主婦達は真剣な眼差しで店頭を見つめている。鬼ごっこをしているのだろうか、高揚した表情を顔に浮かべた小学生男子三人組がもの凄い勢いで横をすり抜けていった。すれ違いざまにそのうちの一人の肩が静夜の脇腹にぶつかった。しくしくと痛む脇腹を押さえながら往来の邪魔にならないように歩く。人通りの絶えない商店街を抜け、駅へと出た。電光掲示板の仰々しい音楽と電飾が七時を伝え、その後しばらくして周囲に明かり灯りはじめる。駅周辺の白っぽい照明と商店街に等間隔で並ぶオレンジ色の電灯がアーケード周辺で混じり合い、この街の喧騒の中心は夜になってさらに活気を帯びてきている。


静夜はここまで来たことを後悔していた。先程まで感じていた気怠さが急速に加速し、頭痛と動悸という具体的な不調となって体に現れた。今に限ったことではない。人通りの多いところで体調が悪くなってしまうのはいつものことだった。



視界に見える全ての人が自分のことを見ているような気がする。自分の知らない大勢の目に自分が映り、何かしらの評価を下されていることが耐え難かった。一度意識するともう止まらない。恐怖と焦りが堰を切ったように溢れ出し、皮膚からは脂汗が噴き出していた。

歩くこともままならず、這うように人通りの少ない路地裏へと逃れた。肩で大きく息をしながらうずくまる。耳を塞いで目を閉じて、世界から自分をまもっていれば、いづれ嵐は去る。昔なにかの本で読んだ、社会とは個人の集まりであり、その個人は血の通った、それぞれ全く別の人格をもっているから、社会とは実際にはカタチのない幻想だ、という話を漠然と思い出した。

自分が他の人と一緒に生きているということ。自分が外の世界に投げ出されていること。生まれてきた時からそうであったはずなのに、最近はそれが生暖かく、唐突にリアル過ぎて怖い。スキップをしながら歩いていたら曲がり角で首を吊った死体の見開かれた目と鉢合わせたように、それは突然襲ってくる。

うずくまる身体を残して、静夜は意識の底へと深く落ちていった。

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