副担任の先生が涙を流した日

隅田 天美

副担任の先生が涙を流した日

 副担任の先生は、地味だ。

 私しかいない特別学級で私は老年の男性教師二人から勉強を教えてもらっている。

 彼らは虐められていた私のために校長らと協議して他の生徒から隔離して特別教室を作ってくれた。

 担任の先生は私を冷やかしつつも時々抱擁してくれる。

 それが妙に照れ臭く、妙に嬉しく、ありがたい。

 でも、副担の先生はそういうことはしない。

 実際、目の前で私が受けた古文のテスト採点をしているが一言も発しない。

 その時だ。

 私に恐ろしい考えが浮かんだ。

――副担任の先生は裏切るのではないか?

 酷い人間だと思う。

 私のために一生懸命になってくれる人に……

 でも、悪い考えはどんどん膨らむ。

――お前は大嫌いだ

――消えろ

「隅田?」

 副担の先生が顔を上げる。

 私は自分の過去と妄想で混乱状態になった。

 副担の先生は、こんなとき、手を差し出してくれる。

 だが、今回は違った。

「隅田、こっちへ来い」

 と言って先生は部屋の隅へ行った。

 私も移動する。

「眼鏡外せ」

 この言葉に脳はさらにパニックになった。

――眼鏡が何処かへ飛んでしまわないように外せ

――今からお前を殴るから

 下手な抵抗をすればますます体罰は酷くなる。

 でも、心のどこかで安堵していた。

『ほら、やっぱり』

『これで私は、またになる』

 その最奥で何かが痛んだが無視する。

 なお、私は眼鏡を外すとかなり近眼になる。

 担任達はそれを十分に知っている。

 副担も眼鏡を外した。

「隅田」

 その声は、いつもより低かった。

「俺の手を握れ」

 差し出された手を私は握った。

 そして副担の先生は近づいてきた。

「ここまで来れば見えるか?」

 私は頷いた。

 私の目に驚くものが映った。

 普段、あまり表情を変えない先生の目に、確かに、涙が一筋通った。

「辛かったな……」

 超常現象とか信じない私だが、この時、手を通じて温かい流れを感じた。

――大丈夫

――今まで本当に大変だったな

――よく頑張った

 心が流れ込んできた。

 副担の先生は無口じゃなかった。

 心の中で沢山私を励まして守っていてくれた。

 申し訳なかった。

「ごめんなさい」

 私は自分の非礼を泣きながら謝罪した。


 先生が出張しているので給食も二人だ。

 副担の先生は落ち着いたのを見計らって授業中で誰もいない水道場で顔を洗い保健室から借りたバスタオルで顔を拭くように指示して私は従った。

 戻ると、給食の準備がされていた。

 副担任の先生の顔に涙の跡はない。

 席に座り「いただきます」を宣言して食べる。

 午後の授業はテストを返して解説と答え合わせだ。

「……というわけで問三はBが正解……」

『間違えたな、ここ……』

「隅田」

「はい?」

 顔を上げる。

 副担任の先生は両手で私の両ほほを摘まんで上にあげた。

「何するんですか?」

 焦る私に副担任の先生はこう言った。

「うん、やっぱり隅田は笑った顔のほうが可愛い」

「‼‼?」

 そして、手を離すと再び解説へと戻った。

「ほら、ちゃんと聞かないと、次も同じミスをするぞ」

「……」

 私は戸惑いながら再びテストを赤鉛筆で修正していく。

 

 私、いつか笑えるかなぁ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

副担任の先生が涙を流した日 隅田 天美 @sumida-amami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ