『蝕』一話、望まれ八話読了後推奨

『最強の冠に相応しきは』

 ──────────観測開始。


 βRBベータレネゲイドビーイング:アフターグロウ、第二宇宙速度にて大気圏へ突入。


 約1億5000万光年先の渦巻銀河にて発生した超新星爆発スーパーノヴァの影響で発生したと考えられており、バロールエフェクトに似た空間転移を1ナノ秒に一度のペースで絶えず繰り返すことにより、実質的に5000で移動し、太陽系に到達した。これは相対性理論を完全に無視した超自然現象であり、太陽系近郊到達時に現象が停止し、超々光速移動によるあらゆる副次的現象が一切発生しなかったことから、βを保有しているものと考えられる。

 全長63メートル、推定質量5万トンオーバー。未知の炭素と強化キチン質、強化ガラス質を未知のレネゲイドにより合成した外骨格と概ね紡錘ぼうすい形の体構造により大気摩擦による燃焼と摩耗を極端に低減、対流圏到達時の躯体くたい損傷率は0.001%にも満たなかった。


 落下予想地点は宮城県仙台市。総人口百万人を超える大都市だが、βRB:アフターグロウの着弾による被害予想は惨憺さんたんたるものであり、同市中心部20%ほどの範囲は完全なるクレーターに呑まれ更地に、予測死亡者数は6桁に登ると考えられる。

 また、βRB:アフターグロウの推定オリジンは“ガンマ線バースト”であり、因果律操作シンドロームとは別に、超高エネルギー爆発を発生させる能力を持っているものと考えられる。もしそれが着弾と同時に炸裂した場合、東北地方一帯が灰燼かいじんに帰し人類史最悪規模の放射能汚染が列島を包むだろう────────







「アレか」







 ─────────仙台トラストタワー屋上。


 赤熱しながら地上に迫り来る甲殻彗星を見上げながら、青年は呟いた。

 歳の頃は二十代前半といったところか、180センチを超える高い背丈と物々しいロングコートに隠された筋骨隆々の肉体。不釣り合いなことに、白髪の容貌は儚げな印象さえ与えるほどに端整な目鼻立ちだった。

 そんな傍目から悪目立ちする青年が(現行法では携帯が許可されているとはいえ)フォーマルスーツに見合わぬ日本刀を携えているのだから、もし余人がこの場に居合わせれば映画の撮影か何かかと勘違いしてしまうことだろう。


 しかし、仙台で最も高い建物の屋上には─────いや、その直下に広がる大都市のどこにも──────人影ひとつとして見えなかった。休日の昼日中であるにも関わらず、である。


(流石にヴェガの《ワーディング》は広いな・・・・・・これならβレネゲイドが観測されることもねェ)


 《ワーディング》。

 空気中に自身のレネゲイドを散布し、非オーヴァードを無力化するオーヴァードの基礎能力・・・・・・のはずだが、『ガイアの巫女』の《ワーディング》ともなると、凡百のオーヴァードのそれとは概念からしてほぼ別物だ。

 なんせ、日本有数の大都市・仙台の人口百万人が総て街から姿を消しているのだ。おそらくは『彼女』の有する太古のレネゲイドが時間と空間を歪め、のだろう。これならば、レネゲイドの結界が壊れない限りは表の世界の安全が保証される・・・・・・とはいえ、あの赤熱巨星をどうにかしなければ元の木阿弥なのだが。


(唐竹割り・・・・・・はマズいな。何せあの質量だ。割れて墜ちても被害はそう変わらない。となると・・・・・・)


 黒いロングコートの袖から、質の良いスカーフのようなワインレッドの布が蛇の如くに這い出した。今の今まで青年の右腕に巻きついていたそれは、ハンドタオル程度だった長さと面積を如意のままに伸長し、その手に握られていた日本刀を巻き包んでいく。まるで、手品師がハンカチでコインを隠すように。

 さて、種も仕掛けもある手品の定石に則れば、赤布に包まれた1メートル前後の刃物は影も形も消えてしまうわけだが、この布はひと味もふた味も違う。



 ───────ばきばきばぎばぎっっっ!!



 太い枝を三、四本まとめてし折るが如くに無骨な破砕音だった。それは、赤布にくるまれた白刃から発せられた悲鳴だった。同時に、刀剣の鋭利なシルエットは歪み、崩れ、そして


 するり、と布が解けたとき、青年の手に握られていたのは細身の日本刀ではなく、。質実剛健ながらどこか高貴な佇まい。長さもさることながら、そのは本当に人間が振ることを想定しているのかと疑いたくなるほどに広く、そのぶん重い。まさしく『大剣』だ。


 青年は呟く。


「・・・・・・『マルミアドワーズ』」


 それが、この剣の名前なのだ。


 かつて火神ウルカヌスによって鍛冶たんやされ半神の英雄ヘラクレス、そして騎士王アーサー・ペンドラゴンの手に渡ったという太古の神剣。機械に鍛えられた粗製濫造の打刀うちがたなが、絶世の神造武装に産まれ変わったのである。ビフォーとアフターの共通点は、もはや刃であることしかないというのに。


 ただでさえ眩いばかりの燐光を放つ神剣マルミアドワーズ。それが、柄を握る青年の手の甲に星座を象る紋章が浮かび上がると共に、爆発的なまでの光を放つ。その光量と来たら、真夏の陽光を塗りつぶすほどの莫大さ。さながら、洪水のごとき神性の氾濫だった。



「──────────、」



 赤熱巨星が、霞がかる蒼穹の果てにちかちかと煌めいた。おそらくは民間旅客機の安定高度と同程度、地上10000メートル前後といったところか。いかに仙台で最も高いビルの屋上といえど、せいぜいが全長180メートルだ。剣はおろか、ほとんどの火器ですら到達できない超長距離・超高高度。モノクロの青年は、冗談みたいに大きな剣を両腕で振り上げた。

 神剣の爆発的な輝きさえ考慮しなかったなら、その姿は月に向かって吠えるいぬにも似た滑稽な醜態として映っていただろう。



 ───────対焚書機構アンチセンサーシップシステム:レグルス。

 原生人類の英雄。地球ガイアの涙を拭う者。『物語』の勅命を受けし、星の守護者。




 ・・・・・・・・・・・・ずんッッッ!! と。三十七階建ての巨大建造物が大きく揺れる。もしワーディングによって利用者が隔離されていなければ、恐らくは立っていられないほどの大地震のように感じられただろう。

 無論、青年の仕業。しかしそれは破壊活動によるものではない。


 一足一刀。

 天高く掲げた大剣を振り下ろす、そのための“踏み込み”に過ぎない。つまるところ、単なる予備動作。それが、大地を揺らすほどの震脚となる。




 ──────────彼の役割は、『物語』の・・・・・・延いては、星の存続を揺るがす“外”からの脅威を討ち滅ぼすこと。天文学的周期で地球上の生命すべてを滅ぼさんと顕現する禍星『ネメシス』に抗するべく、二億六千万年前より連綿と受け継がれた終末へのカウンター。


 その“業務”上、彼には─────────







「消し飛べ」







 ──────────機能チカラがある。






 βRB:アフターグロウ、地上8000m地点にて突如

 至近距離の超新星爆発スーパーノヴァですら破壊されなかった特殊組成外骨格に加え、前述の現実改変エフェクトによる三次元空間の乖離現象が確認されたが、


 切断面より詳細不明の発光を確認。当機に搭載された明度計によると、瞬間的には20万ルクスを超える殺人的光量を発生させており、切断面のみならず融解した外骨格から漏れ出るように同様の不自然光が照射された。恐るべきことに、それに伴う放射熱量は平均的な恒星の表面温度を超えており、この状態が数分間継続した場合、地球環境に壮絶な悪影響を与えることが予想される。

 しかし、その直後に光がひび割れのように躯体すべてに広がり、二つの半紡錘が地上5000m地点にて炸裂。残骸はすべて地表への衝突前に空中で消滅した。この破壊現象に係る二次被害は一切観測されなかった。


 βRB:アフターグロウ、完全沈黙を確認。これを以て当機───────“L4ホルス”による観測および記録を終了する。







 ────────役目を終えた神剣が、飴細工のごとく粉々に砕け散る。最後まで、マルミアドワーズとしてその天寿を全うした。


 白髪の青年──────レグルスは、小さくため息をついたあと、フェンスを軽く飛び超えて地上180メートルから地上へ身を投げる。恐るべき勢いで長駆を牽引する重力に身を任せ、遠のいていく空を眺めた。

 砕けた甲殻彗星の欠片は、真昼の中天に咲く大輪の花火みたいに霞み消えていった。星に破滅を齎さんとした巨大なの終焉は、散りばめられた星の礫のように輝かしかった。



「───────星の終わり、か」



 叩きつけるような風圧を背中で感じながら、青年はつぶやいた。その言葉は、奇しくも葬られた生命体の起源オリジンをピタリと言い当てていた。

 

 ・・・・・・蒼穹に光の軌跡は曳かれていない。星をも砕くレグルスの斬撃は、剣圧を飛ばすだとか光を解き放つみたいな、凡庸チャチなものでは断じてない。


 対焚書機構アンチセンサーシップシステムは、『望まれぬ者』にも並ぶ権能を“星の巫女”より授かることになっている。

 レグルスに与えられた権能はただ一つ。尋常のオーヴァードとしての全ての機能を停止し、その代償に極限まで増幅された『物語』の力を純粋なパワーソースとして発現させる『小さな王レグルス』のみである。

 超容量、超出力、超純度。しかしそれゆえに無加工。使い勝手は悪い。ゆえにレグルスは、物語の『権能』ならぬ『異能』を会得した。この斬撃はそのうちの一つである。


 ──────名を、『妖星殺しカオスリジェクター』。

 文字通り、ためのチカラである。


 レグルスは物語の使徒として、これらの能力を駆使し数多の『物語の脅威』を屠ってきた。一口に“脅威”と言ってもその種類は多岐にわたる。要するに、大いなる“何か”─────ひょっとすると“誰か”─────が用意した筋書きプロットの正常な運用を妨げるもののことを指している言葉だ。まさに全知全能、神の計画とでも呼ぶべき『物語』だが、セキュリティホールがないわけではない。


 物語の認識を掻い潜り役割ロールより飛び出た者。

 物語の演算から溢れ乱数バグにより生まれた者。

 物語との相互不干渉を存在の条件として自己定義した者。

 そして──────物語が想定する『世界』の範囲外よりやってきた者。即ち、地球外のベータレネゲイドだ。


 比率で言えば最後者が最も多い。というより、レグルスが遭遇した『物語の脅威』はおそらく全てがベータレネゲイドだった。地球外に生命体がいた可能性は低く、それが知性を有している可能性は更に低い。加えて、それが星間移動を行えるほどの技術力を有している可能性はその何億分の一の確率(仮にいたとしても地球に来る理由がない!)だろう。これが、巷でよく語られる『宇宙人がいない理由』だ。

 しかし、UGNやFHといったレネゲイドを扱う組織でさえ未だに認知していないが、実際に生命が生育できうる環境であれば、異星にあってもレネゲイドが誕生することが確認されているらしい。そうしたレネゲイドたちが自らのこきょうを離れ地球へやってくることは極めて稀ではあるが、前例がなかったわけではないのだ。


 しかし、。つまり、“極めて稀”であるはずのベータレネゲイド案件が、ここ数年で増加傾向にあるのである。

 理由は不明。恐らく、十数年前のレネゲイド解放とやらが関係しているのだろう、とはレグルスの上司であるヴェガの談だ。



(いつまで続くンだか)



 ────────レグルスにとって、このは苦行でしかなかった。

 恐るべき怪物たちとの戦いを強要されるから、ではない。そういうことならばいっそまだマシだ。


 宇宙の真理をオリジンとして肉体を得たレネゲイドビーイング。

 異星より飛来せし神のごとき存在。

 超高速度航行により時空を飛び越えた別世界の科学文明。


 そのどれもが、剣の一振りで終わる。

 理解することも、理解されることもなく。ただ星を守る機構システムとして、ひたすらに異分子を排除するだけの簡単なお仕事。飽きるほど目に焼き付けた星の終わり。

 要するにそれは、討伐であり迎撃であり虐殺であり、戦闘ではなかった。そして、レグルスは虐殺に関しては類まれな才能が宿っていることを確信していた。


 だって、名と記憶を失い『役割』のみが残った。けれど記憶の底にある。前にこの身体で誰かの最期は──────



(──────────・・・・・・)



 ・・・・・・地上まであと少し。レグルスの肉体強度であれば、この程度の高さからの紐なしバンジーなど、遊園地のアトラクション代わりにもなりはしない。

 世界から隔離された世界では、エレベーターすら止まってしまうらしい。そうならなければ、こんな馬鹿げた方法で降下しなくて済むのに。


 レグルスはソファで寛ぐように目を閉じ、箱のない昇降機の終着を待つ───────




「素晴らしい、斬撃の拡張だな?」




 




「─────────え?」




 見れば。

 古めかしくも真新しくも映る深青しんせいのコートに身を包んだ男が、に肘を置きながら優雅にコーヒーを呷っていた。



「な」



 断っておくが、対焚書機構アンチセンサーシップシステム:レグルスは『物語』最強の戦士であり、それは同時に『物語』で最も冷静クールな男という意味でもある。星の命を守るために宇宙人と戦う。そんな意味不明な運命を受け入れることができるのが彼だ。


 その彼が、



「何だコイツ────────!?!?!?」



 ものすごい取り乱して目をまん丸にしながら地上に落下していった。






────────────────────






「『物語』に与するものが持つ概念干渉能力の変種だな。モノの遠近・大小・物量・性質に関わらず、斬撃の“対象”に指定する。

 ──────────成程、これならば


「・・・・・・・・・・・・お前誰だよ」


「しかし、如何に『対焚書機構アンチセンサーシップシステム』とはいえ『物語』の精髄を乱発はできんだろう? 一撃で仕留め切る必殺あっての必中といったところか。凡庸ではないがありきたりだな」


「聞・け・よ!! お前誰だよ!!!!」



 銀髪にオールバック、深青のロングコート。どこまでも現実離れした男(レグルスも似たような身なりなのだが)は、つらつらと好き勝手にしゃべる。いつの間にやらカフェテーブルごと地上に転移しており、長い脚を窮屈そうに組みながらよく回る舌を苦い液体で湿らせる。

 車道を堂々と占有しているにもかかわらずクラクションのオンパレードに包まれていないのは、対甲殻彗星用の《ワーディング》が未だ機能し続けているからだろうか。普段であれば、対象の消滅が確認できて程なくすると解除されるはずだが、レグルスが地上へ帰着したあと暫くしても“日常”の喧騒は帰ってこなかった。


(あの気色悪ィ流れ星は確かに砕いた。ヴェガ側に何かあったか? もしくは・・・・・・)


 一頻り答え合わせを楽しんで満足したのか、銀髪の男はコーヒーカップを置いて天板に肘をかけると、身を乗り出すようにしてレグルスの顔を覗き込んだ。


 そして、ただ一言。



 と、それだけ告げた。


「・・・・・・・・・・・・あ?」


 レグルスが呆気にとられていると、再び話が通じているのか分からないような話口調に戻ってつらつらと二の句を嗣いだ。


「おおかた、俺が“星の巫女”と示し合わせているとでも思っているのだろう?

 発動者がたおれれば《ワーディング》も解ける。標的を屠ったにも拘わらず隔離が持続しているということは、アレに何らかの魂胆があると考えるのが道理だ」


 この男が話を聞かない理由を理解した。こちらが話さずとも、言いたいことなど全てわかっているかのごとく。コミュニケーションなど、所詮は対等な者同士でしか成立しない。


 人外。

 見た目が、チカラが、ではない。その立ち位置、精神面からして既に人域を逸している。


「だが、俺は別にアレと示し合わせた訳ではない。ただ上から俺の《ワーディング》を重ねただけだ。ヴェガ同様、俺のレネゲイドも霧散すれば容易く世界を歪める力場となる」


 そして、レグルスもこの男がどういう存在であるかだいたい察した。というより、ヴェガを知っている時点で『物語』関係者であることは確定していたわけだが・・・・・・彼女と同等の能力を有しているとなるとさすがに候補は絞られてくる。


「お前、統率個体ってやつだろ」


「───────ほう」


 初めて、銀髪の男が目を細めた。


「聞こえてンじゃねェか。つかちょっかい掛ける相手間違えてねェか? 黒子にダル絡みする演者が何処にいンだよ」


「ほう、ほうほうほうほう、ふむ。なるほど、確かに自重を欠いていたやもしれんな・・・・・・しかし、仮にも『物語』最強と称される『対焚書機構アンチセンサーシップシステム』がとは、謙遜もいいところだ」


「知らね。誰が称したンだよ」


「俺を含めた全人類の総意だろうさ。それが、『彼女』の代であればな」


 男はその名を讃えるように、或いは揶揄からかうようにして音吐朗々と謳う。


「おお、ポラリス! 輝けしき導きの星、救世に殉じたガイアの娘! 『望まれぬ者』を討ち滅ぼし『凶星』すら退けた其の武勇! おまえの名こそは『物語』最強の誉れに相応しい!」


 空を仰ぐような、大袈裟な身振り手振り。

 レグルスにはそれが『彼女』を侮ってのものなのか、それとも本当にのか判断がつかなかった。


「────────しかし。しかしだ英雄レグルス。に、最強の冠はそぐわない。そうは思わんか?」


「・・・・・・何が言いた」



 い、と。そう言い切る前にレグルスの目の前が真っ黒になった。それが、銀髪の男が長い脚で蹴り飛ばしたカフェテーブルの天板によるものであると気づいたのは、青年の整った鼻筋にそれが直撃した直後だった。


 銀髪の男はどこからともなく現れた長刀を瞬時に抜刀。そのまま10メートルは離れた位置にいるレグルスに向けて居合斬りを放つ。


 男から扇状に広がる異次元のは、仙台市街地に立ち並ぶ標識や電柱、果てはビルの一部までを容易く薙ぎ払った。



「─────俺の名はジャバウォック統率個体“ダイナスト”。当代の『対焚書機構アンチセンサーシップシステム』がポラリスの後継たりうるかどうか・・・・・・に馳せ参じた」



 立ち上る砂煙の向こう。

 仄見ほのみえるは、物々しいコートを羽織った巨躯のシルエット。

 ダイナストの剣閃、その射線上にあって唯一両断されていないモノがあった。


 ───────対焚書機構アンチセンサーシップシステム︰レグルス。

 『物語』最強たる青年は、どこにでもあるカフェテーブルの支柱ポールで以て、災害級の斬撃を受け流していた。



「──────さっきから何言ってるか分かンねェンだよ、お前」






────────────────────






 臨戦態勢に入った『物語』最強の使徒。彼が反撃の一手目に選んだ行動は───────



(ほう、これは・・・・・・)


 ダガンッッッ!!! と。戦車砲の炸裂を想起させるほどの大轟音が鳴り響く。同時に、ダイナストが立っているアスファルトの大地がカーペットのように波打ち、砕け、崩れていく。


(震脚ひとつで地割れを引き起こしてみせるとはな、面白い・・・・・・!!)



 足を振り上げて降ろした。ただそれだけ。

 駄々っ子の地団駄にも似る単純な動作は、しかし『物語』最強のそれともなると、地を穿つ天災へと姿を変える。


 連鎖崩壊。地面の基盤が崩れれば周囲の建物も無事ではいられない。ビルは軋み、歪み、その変容に耐えきれない窓のガラス材が最初に砕けた。きらきらとみぞれのように光を弾くガラス片が宙から降り注ぐ。


 ダイナストは不安定になった地面から逃れるようにガラスの雨の中に自ら飛び込む。中空より黒コートの青年を見下ろすと、今度はサッカーのシュート前のような体勢で脚を振り上げていた。

 しかし、そのまま蹴り抜いたのはもちろんサッカーボールなどではない。宙に浮いていたアスファルト片を、上空のダイナストに向けて蹴り飛ばしたのだ。


「・・・・・・・・・・・・!」


 ピクリ、とダイナストの眉が動いた。


 違和感。

 レグルスのもう一つの『異能』はおそらく。だが、それだけではこの現象は説明がつかない。


(この瓦礫・・・・・・あれほどの脚力で蹴ってなぜ砕けん? あれほどの空気摩擦に晒されてなぜ溶けん?)


 アスファルトの礫は、音の十倍程度の速さでダイナストまで到達した。無論、ガードが間に合わないわけではない。人類史のあらゆる伝承に記されぬ長刀。剣道の三所避けの要領で着弾予測地点にその刀身を置く。それだけで礫は自ずから真っ二つに割れるはずである。


 しかし・・・・・・


(・・・・・・・・・・・・ほう、!)


 赤熱するは、ダイナストの刀によっても砕かれることはなかった。

 空中では踏ん張りが効かない。ダイナストは背中にガラスのシャワーを浴びながら仙台トラストタワーの壁面まで吹き飛ばされる。


「ハハッ、良いぞ・・・・・・!」


 ダイナストは回旋の勢いを利用して瓦礫を切り裂き、身を捻って足から壁面に着地。そのまま地面と水平に──────まるで重力の方向を変えたかのようにして壁面に立つ。


 対するレグルスは、馬鹿正直に地上からダイナストへ肉薄。一歩ごとに壁面が砕け、建物が頼りなくぎしぎしと揺らぐ。

 そうして100を駆け抜けた後、振り上げたのは先程と同じカフェテーブルの支柱ポールだった。


「ふっ────────!!」


 大上段、一直線に振り下ろす。鉄柱の滑らかなが大雑把に大気を裂き、瞬時に真空状態となった空間を埋めるため勢いよく空気が流れ込んだ。斬撃が音速を超えたことを意味するソニックブームによる衝撃波が、未だ宙を舞っていたガラスの雨粒を粉々に砕いた。


「ん? おぉ──────」


 斬撃そのものは歩法ステップで回避したダイナストだが、副次的に発生した異常気流に巻き込まれレグルスの間合いへ吸い寄せられる。


 青年はそこへすかさず二の太刀──────今度は首を狙い逆袈裟に斬り上げる。鈍刀を通り越した、円柱の刀身。刃物としての体裁すら保っていない太刀。さりとて空間をほどの剣速で振るえば、それはもはや斬撃として成立している。実際、尋常の人体でこれほどの一撃を受ければ、あえなく胴体が泣き別れしていたことだろう。



 ギィィィィィィィィンッッッ!!!

 


 物理法則がけたたましく悲鳴を上げる。

 剣と鉄柱、ふたつの鉄が真正面から激突した音だった。ダイナストの長刀がレグルスの斬撃を受け太刀したのである。


 人外の膂力同士の鍔競り合い。

 疾風迅雷たるふたつの影が刹那、壁面にて動きを止めていた。

 瓦礫やらガラスたちは、ようやく重力を思い出したのか荒れ果てた無人の地上に降り注ぐ。


「──────────!!」


 レグルスの膂力が増していく。

 ダイナストは、が放つ蛍火を見逃さなかった。応えるように、レグルスの手にした鉄柱に宿るレネゲイドの出力が跳ね上がる。


(・・・・・・・・・・・・なるほど!!)


 鍔迫り合いはレグルスが押し切った。このまま攻め落とさんとばかりに、続けざまに放たれる剣閃をダイナストは一太刀、また一太刀と受け流す。その度に衝撃の余波で足場としているビル壁面が砕け軋んでゆく。


(・・・・・・! コイツ・・・・・・)


 レグルスを驚かせたのは、その技量。『物語』最強たるレグルスと真正面から打ち合えるほどの圧倒的身体能力を持ちながら、その太刀筋はまるで老練たる古剣士のごとき精密さを備えていた。


「───────ひとつ試してやる。気合いを入れろよ」


 剣戟の刹那、ダイナストは薄く笑う。

 直後に、




 ────────窮極の一閃は、放たれた。




「・・・・・・・・・・・・ッ!!」




 その一閃は、まさしくだった。


 レグルスの鈍刀、或いはこの世界に存在するあまたの剣豪たちの太刀とも違う。

 あまりにも鋭く、あまりにも迅い。薄く延ばされた鉄の板を振るって、物体を斬り別ける。そんな原始的行為を、積み重ねること三億年。


 その本領の、ほんの一端が。

 たった五百万年前に生まれた人類の、進化と営みの象徴たる高層ビルを十棟ほどを纏めて斬り捨てていた。



「──────────ぐっ・・・・・・!」



 当のレグルスは、鉄柱を用いて肉体への刃の到達そのものは防いだが、追従する剣圧の煽りを受けて地上100メートルから落下する。鉄柱はダイナストの斬撃に耐えきれず、手の内で粉々に砕けていた。


 そして、地に墜ちるレグルスに追い打ちをかけるように、斬り揃えられたビル群の“首”が、積み重なって落ちてくる。それらは天蓋のように、青年の視界から空を覆い隠した。

 自由落下する巨大構造物の平均質量は5000トンをゆうに超えるだろう。それは、さながら人工の隕石。人間ひとりに与える試練には、過ぎた“重み”であった。



 ビルとアスファルトの大地が衝突する様は、崩れ落ちるジェンガを思わせた。建材は落下エネルギーの変換に耐えきれず爆発四散し、天に届かんばかりの粉塵を巻き上げた。惨憺、その一言に尽きる。《ワーディング》により表の世界が隔離されていなければ、その犠牲者数は計り知れなかっただろう。


 神の鉄槌が下された地上に、神のごとき男が舞い降りる。恐らくはかつて四車線規模の車道であった場所は今や散らかって足の踏み場のない子供部屋のようであり、崩れたビルの高さぶん空は広くなっていた。


 ────────この方がよい。

 かつて、全ての大陸がひとつであった頃の世界はこうだった。

 絶えぬ戦いにより荒れ果てた地に、人が歩くための平坦な道などなかった。災害の化身たる『望まれぬ者』が闊歩する空の下に、天を衝くほど高い塔はなかった。

 三億年前は、生きとし生けるものすべてが生きることのみに命を懸けていた。強き命も弱き命も、大きな命も小さな命も、みな。だからこそ無駄はなく、だからこそ美しく、だからこそ面白かった。



「────────さて、死んだか?」



 レグルスは倒壊したビル群の下敷きだ。。巻き込まれたならば、人間はおろかオーヴァードですら即死は免れないだろう。こんな事態ことが、たった一人を殺すために起きたとは誰も思うまい。


 だが、しかし。

 曲がりなりにも彼女ポラリスの後継を名乗るのであれば、想像など幾らでも超えてもらわねば困る。これで死んだのであれば、所詮その程度だったということだが───────




「ぅぅぅぅぅぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお────────」


 低く唸るような声。

 同時に、砕けてなお数百トンはあるであろう巨大な瓦礫が僅かに持ち上がる。

 ダイナストは安心したように口角を上げる。


「・・・・・・そう来なくては」




「───────ッッッッッッらァ!!!!」




 直後。

 全長10メートル以上はあろう建材に燐光が走り、恐らくは戦闘機を超える速度でダイナストに向けて飛来する。


(投石! 投岩とうがん! 否─────“投屋とうおく”!!)


 ダイナストはを長刀でもって弾き返さんとするが、やはり押し込まれる。そればかりか、


(先ほどのアスファルトと同じ! やはり貴様には能力がさらに一つ───────)


 ダイナストをねながらなおも止まらぬ建材は、そのまま残骸だらけの大地に再び戦車道を拓きながら行軍する。



「はぁッ・・・・・・はぁッ・・・・・・あァ〜〜〜、キッツ・・・・・・」


 肩で息をしながら何とか立ち上がる。落ちてくるビルの方は大したことなかったが、さしものレグルスと言えどダイナストの斬撃を端材で受けては無傷で済まなかった。変な方向に曲がった利き手の小指を無理やり伸ばしながら、片手で放り投げた建材の行先を見る。

 もうひとつの『異能』を用いて強化した投石だが───────


「まァそうなるわな・・・・・・」


 ぴしり、と。

 建材は一瞬にして細かく切り刻まれると、全てが等しい大きさのサイコロのような立方体となって路上に散らばった。





 黄土色の紗幕の向こうからやってきたダイナストに、これといったダメージは見受けられなかった。ダメージの無効化、超速の再生能力、いずれも相手取ったことがあるが、それらとは少し質感が違う。


(ダメージを消されたってよりシンプルに技量で防がれた感じだな・・・・・・一応ガードしたってことは通じちゃいるのか?)


 ────────ともかく、ダイナストの余裕は崩れていない。



「───────。それが貴様の三つ目の異能だな?」


 そう─────────音速の十倍で打ち出されたアスファルトが融解しなかったのも、どこにでもあるようなカフェテーブルの支柱ポールでダイナストの長刀と打ち合えたのも、全てはこの異能による効果。


「発動条件は直接手に取ることか。最初のアスファルト塊は蹴り飛ばしていたからな。

 用途が武器でなくても貴様が、手を離しても暫くの間は効果が持続する」



 つまり。


 ─────────ダイナストを狙い撃ったのは『物語』のアスファルトであり。


 ─────────ダイナストの剣を受けたのは『物語』の鉄柱であり。


 ─────────ダイナストを押し潰さんとしたのは『物語』の建材である。



「・・・・・・ふたつ」


 レグルスは、初対面の男に対してピースサインでもするように二本指を立てた。


「ふたつ、間違いがある」


「ほう」


 ダイナストは興味深げに聞き返した。

 不気味な男だ。殺し合いに来たんだかお喋りしにきたんだか分からない。だが、それはそれで都合がいい。

 ───────どうせ見抜かれているなら、雑談に付き合って少しでも体力を回復させてもらおう。


「まず、『獅子の心臓コル・レオニス』は武器性能を『物語』の領域まで引き上げる能力じゃない。

 


「成程、『物語』というはないと?」


「その代わりもねェよ。結局のところ武器性能に死ぬほど依存する。素手はいくら強化しても素手にしかならねェからな」


 他にもいくつか細かい条件や厄介なリスクがあるのだが、指摘されていない以上は黙っておくが吉だろう。どのみち、イメージとしてはダイナストの考察通りだ。外から観測できる範囲で起きる現象に違いはない。恐るべき観察能力だ。



「それで? もうひとつは?」


「あー・・・・・・まァ、もうひとつっつーか」


 レグルスは気まずそうに目を逸らしながらポリポリと頭を掻いた。まるで大きな勘違いをしている人におせっかいにも間違いを指摘する時のような、神妙な面持ちだった。



使



 ダイナストは思わず目を丸くした。

 

 『対焚書機構アンチセンサーシップシステム』にはその時代で最強格の人間が選ばれる。無論『物語』の“主人公”のような特殊な立ち位置の人物は選考から漏れる。要するに、が必須条件なのだ。


 『対焚書機構アンチセンサーシップシステム』に選ばれた者は、選考者たる“星の巫女”ヴェガより『望まれぬ者』にすら匹敵する『物語の権能』が与えられる。

 才がある者であれば、解釈を広げ更なる『異能』を開花させる者もいるだろう。実際に、レグルスの『妖星殺しカオスリジェクター』と『獅子の心臓コル・レオニス』はその類だった。


 だが。

 ダイナストが『異能』と誤認していた羅刹のごとき戦闘能力。『望まれぬ者』にすら匹敵する人外の身体強度。

 そして、・・・・・・



で渡り合っていたというのか、この俺と・・・・・・!!)



 くつくつ、と。

 レグルスは、目の前の蒼い男が笑い声を奥歯で噛み潰していることに気がついた。見れば、その表情は先ほどまでの薄ら笑いとは違う、獰猛で猟奇的な歓喜に満ち溢れたものだった。


(・・・・・・うげ、なんかさっきよりやる気出しちゃってねェか?)


 青年の背に冷たいものが走る。

 何がこの男の琴線に触れたのか。据え膳を前にしたかのような、張り詰めた緊張と期待が殺気となってビシバシと伝わってくる。



「ふたつ使っていないと言ったな。つまり・・・・・・まだのか?」


「・・・・・・あァ、まだ見せてないのがひとつ」



 答えを聞くなり、ダイナストは重心を落として、氷刃よりも鋭い眼差しを隠すかのように長刀を構える。荒々しく重圧の増した立ち姿は、しかし一流の仏像を思わせる泰然自若の趣を纏っている。


 レグルスとて剣士。

 構え一つ、残心一つを見せられただけで嫌というほどに理解わかる。これより始まる死合は、先刻までとは次元が違う。



、着いてこい小僧!!」



 ふたつの影が同時に揺らめく。


 小手調べはこれにてお仕舞い。

 『物語』のページ外の闘争は、さらに加速した。






────────────────────






 一太刀振るえば風景ごと切断。ダイナストの魔剣と打ち合うためには、ただ『獅子の心臓コル・レオニス』で概念強化しただけの端材では話にならない。

 より強力な武器がいる。あの怪物相手にような強力な武器が。しかし、それを手にするためには──────


(──────を全部避けねェとなァ!)


 レグルスに殺到するは、だった。時に格子、時に亀甲。異次元の剣速を以て紡がれる剣閃の幾何学模様は、単なる斬撃を面制圧の弾幕に化けさせていた。


「ハッ・・・・・・クソゲーかましやがって!!」


 躱す。

 躱す。

 躱す。


 一歩間違えればなます斬り・・・・・・否、微塵斬りにされるであろう剣圧のフェンス。空手のレグルスは、斬撃と斬撃の僅かな間隙を縫ってダイナストへ接近する。


「よく踊る・・・・・・! ならばこれはどうだ!」


 ダイナストは夥しい数の幾何学斬撃を放った直後、蒼い炎の瞬きとともに姿をくらませる。


「・・・・・・ッ!!」


 レグルスが目を見開いた、その刹那。

 蒼い炎は、再び瞬く。


 それは青年の頭上にて鬼火のように揺らめき、うちより銀髪の剣士が姿を現した。

 そして、つい先ほど放った弾幕が敵に到達するよりも迅く、ダイナストは頭上より同量の剣閃によるを放つ。


「挟み撃ちかよ・・・・・・ッ!!」


 前方と上空。二方向からほぼ同時に迫り来る極死の剣閃。さしものレグルスといえど、回避は間に合わない。


 ならばどうするか。


「・・・・・・見っけ!!」


 打ち捨てられた墓石のように転がっていたビルの死骸をダルマのように蹴り起こし、その陰に滑り込むとすぐさま『獅子の心臓コル・レオニス』を発動。同時に無尽の斬撃が降り頻る。


 ギャリギャリギャリギャリッッ!!!


 雨だれ一つ浴びるごとに、掘削機もかくやという轟音を立てコンクリートが削れていく。しかし、この残骸は今や『物語』の領域にある砦だ。そう簡単には刻めまい。


 かくして、レグルスはビルの陰にて全ての弾幕を凌ぎ切った。雨から逃れるならば、やはりひさしの下である。



「ふぃ〜・・・・・・・・・・・・お?」



 安心したのもつかの間、が青年の脳内を駆け巡る。人域にあらざる氷刃が脳天から入り込むと右脳と左脳を斬り分け、脳幹・脊髄を綺麗に等分し股の間から出ていく。さながら生きたまま卸された魚の末路。それが一秒後の自分の姿であると一瞬で理解した。


 レグルスは弾かれるように大地を蹴り出し、砦の庇から10メートル以上飛び退いた。その直後。


 ザンッッ!! と恐ろしい風切り音と共に。

 つい先ほどまで腰を下ろしていた『物語』の砦が、急速降下するダイナストの刃に大地ごと両断された。

 その切断面はナイフで掬ったバターのように滑らかな切り口であり、先ほどまでの弾幕はあくまで牽制ジャブでしかなかったことを思い知らされた。



 地に降り立った魔人は、瑕ひとつない長刀を振りかざして砂塵を払う。


(っぶね〜・・・・・・『獅子の心臓コル・レオニス』で強化した端材じゃ弾幕を凌ぐことはできてもまでは防げねェな)


 そもそもの話。

 そこらの武器を『物語』の領域まで引き上げたところで、ダイナストが振るうはおそらく『物語』でも一振きりの業物だ。二つも三つも“格”が違う。一段階“格上げ”したところで焼け石に水だろう。


(なら・・・・・・こっちも使だけの話だ)


 レグルスが掲げたのは、表面に細かい凹凸のある黒塗りの鉄柱。さきほどダイナストに砕かれたカフェテーブルの支柱より幾分か細い。


 ダイナストは目を細める。


(あれは・・・・・・鉄筋? さきほど盾にしたビルのコンクリートからむしり取っていたのか)


 だが、生半可に強化した端材ではダイナストと刃を交えることは叶わない。反撃に転じたところで結果は見えている。



「逃げ回ってばっかで悪ィな」


 振り回すのに最適な木の枝を手にした少年のように揚々と、手の中で鉄筋を遊ばせて何やら使用感を検している。


「用途やら形状が違いすぎるとに時間掛かンだよ」


 言うや否や。

 レグルスの物々しいコートの袖口から、質の良いスカーフのようなワインレッドの布が勢いよく飛び出す。


「────────!!」


 それは蛇のようにレグルスの持つ鉄筋に巻きついていき、バリボリと貪るような音を立ててその形状を変容させてゆく。


 否、貪るという表現は些か不適切か。なぜなら赤布に包まれた鉄柱のシルエットは、みるみるうちに広く、太く、そして大きくなっていくのだから。



(あれは・・・・・・)


 ダイナストには赤布に見覚えがあった。それは、この時代にあってはならぬモノ。三億年前、原生レネゲイドの時代に猛威を振るった禁断の。『望まれぬ者』が一柱“黙示録の獣”を封印せし『災禍聖杯さいかせいはい』と並ぶ、『原型』の聖遺物!!



「─────────『流転聖骸布るてんせいがいふ』!!」



 宗教世界における聖遺物とは、人類の原罪すべてを背負い殉じた神の子にまつわる遺品。即ち聖者のを指している。


 神の子を磔にした『聖十字架』。

 神の子の手足を封じた『聖釘』。

 神の子の死を検した『聖槍』。

 神の子の血を受けた『聖杯』。

 そして、神の子の遺体を包んだ『聖骸布』。


 人類史においては二千年前より、聖書・民話・文学・説法と様々な形で伝承されてきた宗教的アイデンティティの具象化。しかし、それらの『原型』は三億年前、原生人類の時代にあった。


 それらの説話が出鱈目であるという意味ではない。事実として神の子はいたのだろう。聖遺物はあったのだろう。

 しかし、これらの聖遺物を掲げる世界最大宗教の様々な伝説がその実、大いに換骨奪胎を繰り返したモノであることは現代人によって証明された事実だ。


 ノアの方舟には、アトラ=ハシスの舟という『原型』が。バベルの塔には、ジッグラトという『原型』が。神の子の誕生日と言われるクリスマスでさえ、異教の太陽祭に合わせて制定されたものとされている。


 聖遺物の『原型』。

 それは三億年前、世界を引き裂いた『望まれぬ者』たちの黄昏、原生時代の最終戦争。戦火による地球ガイアの死を食い止めるため“星の巫女”ヴェガにより創られた対終末兵装。



 『流転聖骸布るてんせいがいふ』はそのひとつ。

 伝承において、磔刑に処された神の子の遺骸を包み葬った慈悲の喪具の『原型』。死と復活アナスタシスの概念を司る聖遺物。


 宿す神秘は、


 対象の制限は有機物・無機物にかかわらず存在せず、転生前と転生後でそれぞれの物品は関わりがなくともよい。ペンをナイフにしてもよいし、月をスッポンに変えてもよい。

 ただし、布の伸長も無制限ではないため包むことができるモノの大きさには限界がある。布自体の展開もさほど早くないので直接攻撃には向かない。


 また、使用者は変形のプロセスと転生後の物品に対する強固な想像力イメージが求められ、変形の速度や精度に大きく影響する。複雑な電子機器は(少なくともレグルスには)作れないし、見たことがない物品を再現するのも困難だ。加えて、大まかな用途や形状がかけ離れていたら変形自体に時間がかかってしまう。



 しかし。

 から対焚書機構アンチセンサーシップシステム︰レグルスの心象世界には、既に十数種類の強力無比な『遺産』のイメージが刻み込まれている。



 はそのうちの一つ。



「───────『マルミアドワーズ』」



 赤布の裡より顕れたのは。

 


 かつて火神ウルカヌスによって鍛冶たんやされ半神の英雄ヘラクレス、そして騎士王アーサー・ペンドラゴンの手に渡ったという太古の神剣。

 人知を超えしβRB︰アフターグロウを一太刀にて消し飛ばした、究極の神造武装。



(────────まさか)



 『物語』の領域に届きうる絶世の大剣を前にして、ダイナストはつい数分前のやり取りを反芻していた。



『────────結果として『物語』の領域に到達するだけであって、その本質は概念の格上げだ』



 あれは、鉄柱だの瓦礫だの、その辺に落ちている端材に『異能』を使った場合の話。

 もしもレグルスが、



「待たせたな」



 青年の右手。

 星座の紋章が、燐光を放つ。













      『マルミアドワーズ』


          ‪✕‬かける


       『獅子の心臓コル・レオニス













 ───────ゴッッッバッッッッ!!!!



 もはや、斬撃のていを成していなかった。

 振り下ろされたのは、地上を一瞬にして光の海に沈めるほど超光量・超密度の神聖の高浪たかなみ

 万象を焼き払う光の大海嘯。その圧倒的破壊力は、刀身にて斬り伏せるというプロセスを必要としていなかった。



「・・・・・・・・・・・・ッ!!」



 ダイナストはまたも中空に逃れる。

 長刀の防御ガードにより直撃は免れ、しかも地上ゆえ威力は相当絞ったであろう光の奔流。射線上にて光波を浴びた時間は一秒にも満たないだろう。にもかかわらず、


(なんたる火力!! いまの一撃だけで相当削られたな・・・・・・!!)


 ダイナストは、ここにきて初めてをもらうこととなった。傷ひとつなかったコートは焼けて煤が着き、そこかしこに傷跡が残っている。


 出力を絞ってこの威力。

 直撃を避けてこの手傷ダメージ


(まともに喰らえば俺でも危うい・・・・・・!! クク、ようやく“戦い”らしくなってきた!!)


 ダイナストはバースデーケーキのロウソクのように均一な高さに切り揃えられたビルをピンボールの要領で蹴り伝ってさらに上昇、上空へ躍り出る。 


 さきほどレグルスが出力を絞ったのは地上を巻き込みかねないがゆえ。ならば、遮蔽物のない上空にて敢えて全力全開の一撃を誘う。


(俺は『流転聖骸布それ』を知っている)


 『流転聖骸布』は確かにエネルギー保存の法則を無視した変換をほぼ無制限に行える万能の錬金遺産だ。しかし、。前提として、布によって一度破壊することによっての体裁を保っているのだ。ゆえに『流転聖骸布』により再構成された物品も、理論上は破壊可能な域を逸することはない。


 そう、ダイナストは仕様それを知っている。

 その遺産の


(まして、最低出力は『獅子の心臓コル・レオニス』によって極限まで底上げされている。断言できる、


 実際のところ、ダイナストの推察は外れていなかった。彼はその様を見ていなかったが、βRB︰アフターグロウを両断したレグルスの剣は、たった一振りで粉々に砕けて消えた。


 稼動時間とレネゲイド出力。

 二つの臨界で神剣は自壊する。


(全開の光波は撃てたとしても二発が限度だろう。かといって出力を絞れば俺には通じない! さあ、どう出る小僧・・・・・・!)


 武器を犠牲にした最高出力の一撃をレグルスの選択肢に入れさせる。だからこその上空。


 だが。



「お前ほんと滞空好きな」



 その声はから聞こえた。

 息を呑む、よりも疾く───────剣が反応した。


 かさなる刃と刃。たかだか鉄と鉄の正面衝突は、大型爆弾めいた衝撃波に神剣の聖光と蒼き炎の色を差し轟音を伴って都市を蹂躙した。

 此度はダイナストが受け太刀だ。レグルスは大剣をめいっぱいに押し切り、青い痩躯を地上へ撃ち落とした。



「────────ッ!!」



 ダイナストは流れ星の軌跡を描いてアスファルトに激突。背中からバスケットボールのようにバウンドするが、柔道における後ろ受け身の要領で衝撃を殺してすぐさま体勢を整える。



 ・・・・・・しかし、その時には既に、マルミアドワーズの分厚い切っ先が眼前に迫っていた。



(いつの間に地上に・・・・・・!!)


 またも受け太刀。今度はメジャーリーグの特大ホームランのようだった。仮にも人型のダイナストがヤード単位で吹き飛ばされる。


 レグルスの人外的膂力に、マルミアドワーズの重さと瞬間的に解放される質量を持った光が上乗せされている。ここまで来ると、ダイナストの三億年の技量を持ってしても防ぎ切ることは極めて困難だ。


 乳歯のようにぐらつくビルをいくつも緩衝材にして、ようやくダイナストの空の旅が終着を迎える。


(瞬間移動? 違うな────────)


 驚くべきはレグルスの移動速度。彼は撃ち落とされたダイナストよりも速く地上に到着して二の太刀を合わせていた。撃ち落とした本人が、である。


(速力のボルテージが明らかに上がっている・・・・・・というより、緩急のメリハリが尋常ではないな。特殊な歩法の類か? この俺がとはな)


 恐らく、瞬間的にはダイナストの全速より数段速い。足場のない空中でどうやって加速しているのかも不明だ。


 しかし、このスピードで動けるなら実質的に間合いは意味を持たない。マルミアドワーズの出力を常態的に抑え、斬撃の瞬間にのみ限定解放し膂力と速力に上乗せする。成程、この戦法であれば剣の消耗をかなり抑えられるだろう。



「見よう見まねだが、意外とできるモンだなァ。『ファントムリロード』だっけか?」



 どうやら先ほどの歩法の名前らしい。

 本人が異能にも権能にもカウントしていないところを見ると純粋な体術か。


(さて、見事にアテが外れたな・・・・・・連発による耗損も望み薄か)


 レグルスはビル五階付近の壁面に立つダイナストを大剣片手に見上げているが、残念ながらこの距離ですら彼の間合いだ。言葉通りの意味で一歩で詰めてしまうだろう。


(ならばどうするか───────)



 レグルスの眼は。


「・・・・・・・・・・・・!!」


 歪むダイナストの口角を見逃さなかった。

 直後。




 




 レグルスは両刃の大剣で虚空より鬼火を斬り裂き顕れた氷刃を受け止める。


(あっっっぶね〜〜〜!! 山勘当たった!)


 これまでの端材とは違い、マルミアドワーズであればダイナストの本身を受けても破壊されることはない。しかし、その衝撃だけは打ち消すことができない。その証拠に、全身の骨がぎしぎしと嫌な音を立てている。


(つか普通に瞬間移動かよ・・・・・・! 弾幕といいズルくねェ!?)


 無論、一撃では終わらない。

 本当に刀は一本だけなのかと問いたくなるほどの速撃が次々と見舞われる。大剣を片手で振り回すレグルスだが、こういう状態になれば武器の重量差がモロに出てくる。弾きと受け流しによりなんとか痛手は避けているが、少しずつダメージが蓄積していく。


「舐めンなよ・・・・・・!!」


 大振りの斬撃を強気に弾き、ようやく生まれた隙を縫うようにして応刀を繰り出す。しかし二発も晒せば流石に対応されたらしい。聖光解放のタイミングを読まれ見事に受け流された。


 こうなるともう普通のチャンバラだ。

 ダイナストの長刀をマルミアドワーズで受け、隙ができれば斬り返す。まさに一進一退、荒廃した街を縦横無尽に駆け巡りながら剣戟を積み重ねる。その余波が次々と信号や標識、オーナー不在のまま放置された車両を薙ぎ倒してゆく。


(シンプルな白兵戦なら俺がギリ勝ってる。このまま・・・・・・ッ!?)


 突如として、背中に焼き付くような鋭痛が走った。レグルスの身体が硬直した瞬間、大剣の上から重く鋭い衝撃が押し寄せる。


「どうした・・・・・・背でも痛めたか?」


 背筋を熱いものが流れた。恐らく出血している、それも真一文字の裂傷からだ。まるで背後から太刀を受けたかのように・・・・・・


「あの飛ぶ斬撃・・・・・・刀から出てたンじゃねェのかよ!」


 つまりあれは『剣圧』などではなかった。

 そう、ダイナストほどの剣士となれば、もはや斬撃程度に刀剣は必要ないのだ。彼が斬ろうと決めたものは、その時点で既に斬れている。

 は即ちとなり、それが幾何学模様の弾幕を描いていた。


「そう申告した覚えはないが?」


「詐欺だ!! めちゃくちゃ剣の素振りに合わせて飛ばしてたろ!」


 一撃見舞ったからには隠し球はない。次の太刀からは、『剣意』を飛ばし始めた。

 つまりレグルスは、ダイナストとの打ち合いのさなか

 チャンバラならレグルスがやや優勢。だが、流石にこれは手が足りない。ダイナストの一太刀を受ける度に、無防備な何処かが刻まれる。


 次第にレグルスの被弾は増えた。飛び散った血がドリッピング画のように地を彩り、仙台市街地に大輪の彼岸花が咲こうとしている。


「〜〜〜〜〜〜ッ!!」


 全身を切り刻まれる痛苦、灼熱感。濡れて肌に張り付くシャツに、滴る血でずくずくになった靴。ありとあらゆる痛みと不快が、青年の肉体に絶え間なく刻み込まれる。

 必死に押し殺して大剣を振るうが、それは虚しくも空を──────否、


 蒼炎を切ることとなった。



(────────うお、すげえ)


 レグルスがつかの間、放心したのは。

 瞬いて消えた蒼い炎が再び現れたとき、それは青年の周囲、


(これ全部ホンモノじゃね?)


 直後。

 浮かぶ四つの蒼炎、

 しかも、それらは一太刀につき六合の『剣意』が追従している。これによりレグルスは、四方から都合二十八の斬撃を同時に受けることとなった。



「ォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」



 せいぜい、捌けるのは三分の一が精一杯。

 だが、その脅威までは均等ではない。ダイナストの長刀より直接放たれる太刀は生身で受ければ一撃で終わる。

 二十八のうち、たった四つを見落とさなければよい。簡単だ。問題は──────全身を絶え間なく刻む『剣意』がそれを阻害すること!


 ──────────ざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくっ!!


 玉ねぎでも刻むかのような軽快さだった。

 水気を含んだ肉を切り分ける音。自分の身体からこんな音が鳴っているんだと思うと少し笑えてくるほどだ。穴の空いた水風船のように総身から血が吹き出すが、急所と腱を損傷しかねない斬撃だけはマルミアドワーズの広い刀身で何とか逸らした。


 四つの痩躯のうち三つが蜃気楼のように姿を消したとき、地獄の責め苦にも似た波状攻撃が終わりを迎えた。どうやらはレグルスの『妖星殺しカオスリジェクター』同様乱発できるものではないらしい。

 レグルスはオーヴァードの命綱たる《リザレクト》の自己再生を含めて全てのエフェクトが使用できないが、回復の手段がないわけではない。この程度のダメージであれば戦闘継続にさしたる影響はない。

 しかし──────────


(耐え切った! 死ぬほど痛かったが思ったより軽傷だ・・・・・・! 反撃ィ、)



 ────────蒼の死神は、笑っていた。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ?」



 ピシリ、と。

 火神が鍛えし大剣に、亀裂が走った。



 ───────酷使によるマルミアドワーズの自壊は望めない。ならばどうするか。



(ならば・・・・・・この手で直接破壊するだけのこと! 理論上壊れるのであれば、俺に壊せぬ道理はない!!)



 先の波状攻撃、真の狙いはレグルスではなくマルミアドワーズだった。


 レグルスは迅い。ヒットアンドアウェイに徹されれば剣の自壊を待たずしてダイナスト側が削り切られる恐れがあった。

 だからこそ、瞬間移動をこれ見よがしに見せつけつつ、近接戦インファイトに持ち込んだ。そして速撃と隠していた『剣意』でレグルスの意識をマルミアドワーズによる防御に誘導した後─────満を持してマルミアドワーズを集中攻撃した。


 その結果がこれだ。

 粉々に破壊とまではいかなかったが、遺産に入った亀裂は見た目以上に深刻である。


(この俺に搦手からめてを使わせた武勇は誇るがいい。だが・・・・・・いつ砕けるか分からぬ剣では俺と打ち合えんだろう。光の刹那解放もままならぬはずだ)


 無理をして剣を損なえば、それこそ翼をもがれた鳥となる。空手で本気のダイナストとやり合うのは不可能だ。致命の一撃を防ぐ手段がなくなる。刃の雨に裸で身を晒す馬鹿はいまい。


(さあ、どう出る・・・・・・!!)


 もちろん、ダイナストは青年の選択など待ちはしない。さらに踏み込み、今度こそは完全に大剣を圧し折るためいっそう鋭く長刀を振り下ろす────────



 ドギュッッッ!!!!



 ────────それは鉄と鉄がぶつかり合う音ではなく。青年の靴底がダイナストの腹筋を撃ち抜く鈍い音だった。



(は・・・・・・・・・・・・?)



 ただの蹴りではない。街に繰り出せばどこにでも売っているような革靴に、


(『獅子の心臓コル・レオニス』? 馬鹿な、いつ触れ・・・・・・否、そうか)


 考えてみれば。

 レグルスの超人的脚力に普通の靴が耐え切れるはずがない。


!! しかも出力の強弱は触れずとも任意で変動可能・・・・・・!!)


 蹴りを入れる瞬間、後追いでレネゲイドを流し込んで出力を強化した。

 思い返せば、彼はこの手札を既に一度晒している。初手の大地を砕く震脚──────あれは『獅子の心臓コル・レオニス』の出力を瞬間的に強化した靴によりアスファルトを蹴りつけていたのだ。一歩踏みしめるごとに大地を割ってしまうようなら、



 完全なる不意打ち。それも、一撃で舗装路を荒野に変えるほどの震災級エネルギーがノーガードの腹部に炸裂した。ダイナストはサッカーボールのように軽々と跳ね飛ばされた身体を何とか制御し、一瞬にして突き放された間合いを計らんとする。



 が、その目に映ったのは、



(まさか、その状態で────────)



 姿




                




「マルミアドワーズ────────!!」




 それは、本来であれば仙台市一帯を飲み込み焼き払うほどの超高エネルギーの濁流。創世記の一節を思わせる神剣の精髄。しかし、その破壊光すべてが凹面鏡を通したかのように不自然にする。



 神剣は手の内で飴細工のように砕けた。

 対焚書機構アンチセンサーシップシステム︰レグルスは。神剣を犠牲にした極限の一撃、その“対象”に────────ダイナストを指定する。即ち、



 異能『妖星殺しカオスリジェクター』の解禁である。



「──────────ッッ!!!」



 概念干渉、現実改変。

 無差別に死を撒き散らすはずだった神罰の煌めきが、余すことなくダイナストたった一人に降り注ぐ。今度こそは回避も、長刀によるガードも間に合わなかった。

 比喩ではなく、星を焼き尽くすほどの超熱量が銀髪の男に直撃する。



「は」



 光の天幕が上がる。

 肩から脇腹までの袈裟を走る斬傷とも火傷とも取れない損傷。そこから放射状に広がる黒きひび割れ。童が見ても分かる重傷だ。


 ぐらり、とダイナストの痩躯が揺らぐ。



「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッッ!!!」



 一歩、踏み残る。

 否。


 



(マジかコイツ──────────ッ!!)



 ダイナストは、青き炎を纏った氷刃を目にも留まらぬスピードで振り抜く。すると、限界を迎えつつある戦場に一陣の疾風が吹き抜ける。


 風は徐々に烈しさを増し旋風つむじに、やがて『剣意』の斬撃と蒼炎が入り交じり台風級の巨大鎌鼬へと変貌を遂げた。


 ごおおおおおおおおおおおっっ!! と、巨人の唸り声のような壮絶な風鳴り音とともに勢力を拡大する斬撃旋風は、10トン級の大型トラックを軽々と巻き上げ、切り刻み、爆炎と破片の殺人吹雪が吹き荒れた。


 ──────────武器マルミアドワーズを捨てたレグルスにこれは凌ぎ切れない!!



「・・・・・・・・・・・・ッ!!」



 ダイナストは意表を突かれたかのように、青年の姿を見咎めた。

 その両手には、刃渡り20センチほどの大型ナイフが三対、指の間に挟み込むようにして握られていた。


(────────マルミアドワーズの素材にわざとらしく拾った鉄柱を使ったのは暗器これを想定させないためか!!)


 暗器を使うのであれば、相手に効果は薄い。しかし、互いの警戒力が最大限に高まる戦闘中に無防備を装うのは至難の業だ。だが、レグルスは演出によりそれを実現した。

 ダイナストの弾幕を空手で凌いでいたのも刷り込み、布石の一環。


 六本のダガーナイフに赤布が絡みつく。

 薄氷を踏み割るような破砕音がひとつふたつ聞こえたと思うと、すぐさま『流転聖骸布』は解けて、白柄の短剣が姿を現した。刃幅も刃渡りもほぼ変わっていない。それゆえ再構成が早い。恐らくは初めから『素材』として持ち歩いていたモノだろう。


。まさか─────────)


 曰く。

 騎士王アーサーは黒魔女により魔術要塞と化した洞窟を攻略する際に『それ』を用いたという。彼が投擲した『それ』は、あらゆる悪しきまじないを破却し───────黒魔女を真っ二つに斬り裂いた。


 『それ』のは、



「──────────『カルンウェナン』」



 銘を呼ぶとともに、レグルスは概念強化されたまじない破りの短刀を六つ同時に投擲した。


 回転の残像で白い円盤フリスビーのように見える刃の擲弾は、それぞれ対照の弧線を描いて斬撃台風に突入。風鳴り音は、鉄工作業にも似た熾烈な金属音に変わってゆく。



(ああ、貴様は────────)


 白刃の燕たちが、雲を突き破る飛行機のように斬撃の嵐を斬り抜け、六羽同時にダイナストへ殺到した。


(────────どこまで俺を楽しませてくれるのだ、対焚書機構アンチセンサーシップシステム︰レグルス!!)



 ッッッダン!! と、弾かれたようにダイナストは飛び出した。車道の有り様ときたら、まるで癇癪を起こした子どもがおもちゃ箱をひっくり返したあとだ。銀髪の男はその惨状を、パルクールめいた動きで駆け抜ける。


 六振りのカルンウェナンは、小魚の群れを思わせる機敏な動きでダイナストの背にぴったりと張り付いている。蒼き人影がいかに縦横自在に飛び回ろうとも、白い柄から逃れることはできない。


(追尾か! ならば──────────)


 焼け焦げた深青のコートの影がガラス張りの窓を突き破り、アンバランスに傾くビルの屋内に飛び込んだ。ダイナストが侵入した三階のテナントは一般的な広告代理店の事務所だったようだが、立ち並ぶデスクはほとんどが倒れ、コピー機からは紙が飛び出し散乱している。電灯も全て消えているが、昼日中であるため薄暗い程度で済んでいるようだ。


 ダイナストに続いて、飛来するカルンウェナンが外壁を切り刻み屋内に突入。狭い事務所を縫うようにして標的を追いかける。


 ──────────応接室と書かれた表札の掛かるドアを背にして、ダイナストは待ち伏せていた。一本道の狭い廊下だ。横一列に並べばギリギリ三人通れるであろう横幅。刀を振り回すにはあまりに適さない。


 にもかかわらず。

 納刀状態の長刀の柄に手をかけ居合の構えを取る銀髪の男は、摩天楼の前にて立ち塞がる門番のようだった。



「ようこそ、我が牙城へ」



 その、六羽の白燕は一本道を迂回できない。追跡が厄介なら、追跡のルートを限定して待ち受ければいいのだ。



 ────────紫電一閃。白刃の燕を一太刀にて斬り払う。その流麗たる剣舞の前に、伝説の短刀はあえなく砕けた。強化された遺産といえど、短刀は短刀。その強度は大剣マルミアドワーズとは比ぶべくもない。



 いち、に、さん、し、ご。


(・・・・・・・・・・・・!!)


 砕けた白い柄が、一振り足りない。



 直後、群れをはぐれ低空飛行していた燕のが、廊下に備え付けられていた赤い消火器を斬り裂いた。

 高圧状態で保管されていた消火剤が逃げ道を得ると勢いよくダイナストへ吹き出し、狭い廊下を一瞬にして漂白する。



(この悪ガキめ・・・・・・自動追尾オートパイロットの短刀の中に手動操縦マニュアル型を紛れ込ませていたな?)



 見渡す限りの白い闇。視界は完全に奪われた。ダイナストの五感と第六感は潜り抜けてきた数多の修羅場により極限まで研ぎ澄まされている。三億年の戦闘経験。それは権能よりも、異能よりも、武器の性能よりも決定的なダイナストのアドバンテージ。


(どこからでも来るがいい。視界塞がば聴覚みみで、足音消さば嗅覚はなで、それすら欺かば第六感で貴様を捉える)


 この差を覆すためには、権能でも異能でも武器の性能でもなく────────



「───────!!」



 ダイナストの頭上、中途で切り揃えられたの更に上空。浮遊する黒衣の青年は、古代ギリシャの石膏像のように美しいフォルムで身体を引き絞り構えていた。古式ゆかしき槍投げの姿勢である。

 しかし、振りかぶっているのは槍と呼ぶには奇妙なフォルムをしていた。既に赤布が巻きついているが、長い筒状の胴部の先端にはまん丸な穂先がついている。


 それは、ダイナストとの鍔迫り合いに耐えきれずひしゃげた道路標識だった。長さと直径がちょうど良かったので上空まで担いできた。これならば再構成にさほど時間はかからない。


 再現するは、やはりアーサー王の至上武装。

 それはアーサー王の最期の戦い、カムランの丘にて実の息子モードレッドを誅する際に用いた『聖槍』。


 


 『流転聖骸布』が新たに生み直したのは、光とも炎ともつかないエネルギー帯を穂先に何条も束ねた巨大な馬上槍。紅い柄には魔法のルーン文字が刻まれ、その総身は穂先の百光を受けずとも蛍のように淡く輝いている。


 これなるは、


 そして──────贅沢と云うなかれ、レグルスはこの至上の聖槍を使



(────────『獅子の心臓コル・レオニス』及び『妖星殺しカオスリジェクター』並列起動、ッ!!)



 聖剣『エクスカリバー』と並び称される。

 その槍の銘は、



「『ロンゴミニアド』ォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」



 此度の対象はダイナストのみならず、彼を含めたビル一棟丸ごと。天雷をも超える超弩級の熱量が建材を溶かし食い破ってゆく。それはミルフィーユにフォークを突き立てるような清々しい貫通だった。



(・・・・・・──────────ッ)



 ダイナストを包む煙幕が、聖なる槍の煌めきを受け雪の結晶のように粒立った。



(嗚呼、懐かしい。この光─────無明の世も、暗愚の衆生も、総て照らし導いた・・・・・・



 束の間。

 白き闇のスクリーンに映ったのは、とうに過ぎ去った三億年前の原風景。



『───────また死合いに来たのですか、ドラマトゥルギア』



 雪のように白い少女だった。

 その小さな手には、不釣り合いな黄金の剣が握られていた。

 その小さな背には、不釣り合いな宿命がのしかかっていた。



『心配しないで。あなたのことは、いつか私が終わらせてあげますから────────』



 ────────それは、叶わなくなった。



 永遠とわに。












 高層ビルが、爆ぜる。

 その瞬間、全ての音は吹き飛び、全てのいろは消え去った。


 木っ端微塵という言葉は比喩表現ではない。

 実際に、ダイナストが逃走先に選んだ不幸な建物はそうなった。

 ビルとしての様相は完全に瓦解し、跡地からは見事なきのこ雲が上がっている。被害がビル一棟で済んだのは、レグルスの『妖星殺しカオスリジェクター』の対象収斂効果によるものだ。



(日に三度の概念拡張・・・・・・流石に限界だな)



 出会い頭のダイナストの考察は当たっていた。常時発動型の『獅子の心臓コル・レオニス』と違い『妖星殺しカオスリジェクター』はダイレクトに世界とやらに干渉する。使のでレグルス自身も知らなかったが、短期間に連続して発動できる限界は多くて三回程度らしい。


(これで仕留め切れてなかったら悪夢だが・・・・・・)


 失血と消耗でぐらつく身体を引きずって荒涼たる荒野を歩く。

 もはや地図を見たところで元の地形は分からない。戦闘が始まったのが仙台トラストシティだったはずだが、現在地は国分町といったところか。日本有数の大都市、その中心地がほぼ更地だ。これでは件の甲殻彗星と地上戦を繰り広げた方が被害はマシだったかもしれない。



 将棋の駒が重なって倒れるような音。

 レグルスは、思わず笑ってしまった。



「お前マジでどうやったら死ぬんだよ」



 積み重なる瓦礫を押しのけて這い出たのは、五体満足のダイナストだった。とはいえ、さすがに満身創痍だ。自慢の青コートも長刀を握る右手の袖口に面影を残すばかりである。しかし、対照的に天下の名刀には瑕ひとつない。



「────────随分と、いい顔をするではないか」


 土煙を吸い込んだのか、ダイナストは僅かに掠れた声で言った。


「こっちのセリフだわ。満面の笑みでポン刀振り回しやがって。トラウマになるっつの」


 レグルスは足元に転がる鉄筋を蹴り上げてキャッチすると、すぐさま『流転聖骸布』を巻き付けた。呼応するように、銀髪の男が長刀を平正眼に構える。


「気づいていないのか」


 敢えて赤布の再構成を待ちながら。ダイナストは出来の悪い生徒を教え導くように微笑み、告げた。


 

「笑っていたぞ──────貴様も、ずっと」



 ─────────そして。ふたつの影が、同時に一歩踏み込んだ。


 極限まで圧縮された時間流の中、ダイナストはこれまでのどの斬撃より重く、鋭い一太刀を繰り出した。無粋な『剣意』や蒼炎はもはや介在しない。

 決着の一撃に相応しい、純然たる剣戟。これこそが至上にして唯一のダイナストの奥義だ。


 対するレグルス、こちらも『最強』を象る。

 バレエのダンスリボンのように急速に解けていく赤布、その裡より出てるは夜天に瞬く星のごとき黄金の刀身。

 それは、青年の心象世界に刻まれし数々の武具の中でも最も強く、最も美しく、最もきよい究極の剣。


 マルミアドワーズ。

 カルンウェナン。

 セクエンス。

 クラレント。

 そして、ロンゴミニアド。


 数多の名剣宝刀を携えし伝説の騎士王アーサー・ペンドラゴンの代名詞と呼べる武装であり、かつそれらを上回る魔法の剣。


 『』。



「エクス────────」





 ッッッボン!!!


 象られし最強の剣が、



「────────あ?」



 突然の武装崩壊。

 圧縮されていた時間流が、突如ハシゴでも外すかのように健全化する。

 空手となったレグルスの首に、ダイナストの氷刃が迫る─────────








 








 どぷんっ。















 水音だった。


 レグルスの影が突如として沼地のように広がり、液状化し、おぞましい黒の水溜まりの中から何かが飛び出した。

 まるで、木こりに金と銀の斧を授けた寓話の女神のように。


 それは、

 一流の絹糸のように白く艶やかな髪。

 泥沼の中より出てたにもかかわらず、一点の穢れもない白いドレス。

 嫌味なほどに白い肌に、容姿は思わず人形のようなというありきたりな賛辞を並べたくなってしまうような端正さで。

 そんな白づくしの中、一流の紅玉ルビーのように大きく美しい瞳と、物語のお姫さまが被るような黄金色のティアラだけが数少ない色彩として異常に際立っている。


 外見年齢でいえば11歳前後の、アルビノというよりはモノクロの美少女。血で血を洗う戦場にはとても似つかわしくない彼女は、『物語』最強の二人の間に割り込むと。


 その細い指を、迫り来るダイナストの長刀に伸ばし────────





 ────────極死の剣閃を、片手で受け止めた。




「なッ・・・・・・」




 止めた、という表現は正確ではないかもしれない。斬撃はヴェガに触れた瞬間に、初めから振り抜かれていなかったかのように運動を停止した。つまり、のだ。

 如何に鋭利な刃物といえど、圧し引かねば斬れはしない。包丁の刃に手のひらを押し当てたところで切り傷はできないように。


 病的なほどに白く、病的なほどに可憐な少女は、ふたりにとって共通の知人だった。



 『対焚書機構アンチセンサーシップシステム』の選定者。

 原始遺産の製作者。

 物語の守護者。

 ガイアの巫女。



・・・・・・!!」






────────────────────






 少女────────ヴェガは、レグルスの方には一瞥もくれることなく、一直線にダイナストを睨みつける。


「これで何度目? いい加減にしてよ、ドラマトゥルギア」


 突き刺すような、冷たい敵意。

 少女のつむじと小さな背中しか見えていないレグルスですら、蛇に射すくめられるような威圧感を覚えた。


 にもかかわらず、ダイナストは・・・・・・


「おお、ヴェガか! 久しいな、少し背が伸びたか?」


 敵意なく長刀を鞘に収めながら。

 正月休みに久々に顔を合わせた姪っ子にでも話しかけるような気軽さで応えた。


「・・・・・・・・・・・・伸びるわけないでしょ、星の巫女なんだから」


 いらいら、ぴりぴり。


(うっわ)


 レグルスは思わず目を逸らしたくなった。

 ただでさえ悪かったヴェガの機嫌がみるみる悪化していくのを肌で感じたからである。


「毎回毎ッッッ回・・・・・・」


 眉根を顰め、噛み殺したような声を漏らす。

 ダイナストの燃料投下の甲斐もあり、ヴェガの怒りはマッハで臨界を迎えたのだ。



「なんッッでお前はボクが『対焚書機構アンチセンサーシップシステム』選ぶたびにちょっかい掛けにくるのっ!? 嫌がらせ!? そんなにボクのことが憎いかっ!!」



 ああ、そういえば・・・・・・と。レグルスは出会い頭のダイナストの発言を思い返す。何かものすごく気味の悪いことを言っていた気がする。


「何故もなにも、ただのではないか」


 ちょうど、ダイナスト本人がリフレインしてくれた。もちろん、ヴェガがそんな説明で納得するはずもない。彼女は薄い肩をいからせて長身の男に詰め寄る。


「そののせいで死んじゃった『候補生』もいるんだけどっ!?」


「下らん。あれしきの小手調べで壊れるような軟弱者にポラリスの代わりなど務まるか」


「よくもぬけぬけと・・・・・・っ!!」


 ポラリスというのは確か初代の名前だ。ヴェガ曰く、『対焚書機構アンチセンサーシップシステム』はレグルスで四人目とのことなので、初代を除いた先代─────二代目と三代目もダイナストの洗礼を受けたのだろう。何千万年前、何億年前に死んだ彼らに初めて親近感を覚えた。


「そうキャンキャンと吼えるな。そこの小僧に手痛くやられた直後だ・・・・・・頭に響く」


 ダイナストは(なぜか被害者ヅラしながら)頭を抑えてため息をついた。

 ヴェガはというと、そこまで言われてようやく目の前の異常事態に気がついたようだ。


「そういえばお前、これまで見たことないほど消耗してるよーな・・・・・・え、うそ」


 概念強化投礫、有効。

 マルミアドワーズぶっぱ、有効。

 概念強化キック、技あり。

 最大出力マルミアドワーズ、一本。

 最大出力ロンゴミニアド、一本。


 普通なら三回は勝負が着いている損傷だ。

 もっとも、こちらはこちらでゆうに百を超える有効打をもらっているわけだが。



「もしかしてレグルスがやったのっ? すっごーい! !!」



 一秒前の殺気はどこへやら。

 ヴェガは、ケーキバイキングに連れられた幼女のように目を輝かせてレグルスの服の裾をぐいぐいと引っ張る。

 作品扱いには思うところはあるが、こうして子供らしく振舞っているうちは可愛いものなのにな、とレグルスは思う。


「クックック、大したものだ。既に先代ドゥーベを遥かに上回っている」


(真なる『聖剣』・・・・・・?)


 いま、なんだかよく分からないことを言われたような。『聖剣』とやらはつい先刻『流転聖骸布』で象ろうとして大失敗したばかりなのだが・・・・・・?


「貴様の長所など、多少ポラリスと似た顔をしていることのみだと思っていたが・・・・・・」


 ダイナストは、兄が妹にするようにヴェガの頭に手のひらをポンと置いた。


「よくやったな」



 ────────ぶちっ。



「ぶっっっ殺すっっっ!!!!!!!」



 ヴェガの癇癪と同時に再び泥沼が広がり、沸騰するようにボコボコと勢いよく泡立つが、その時には既にダイナストはいなかった。



「どういう魂胆かは知らんが、早いうちに『聖剣アレ』は手元に戻しておけ。最後の『物語』が始まってしまえば、もはや貴様の勝手コントロールは効かん。下手を打てば、になりかねんぞ」


 いつの間にやら、ダイナストはピサの斜塔のように傾く道路標識の穂先に悠然と立ってヴェガとレグルスを見下ろしていた。


「降りてこいごらぁ︎っ!!」


 鈴を転がすようなソプラノボイスで啖呵を切るヴェガをよそに、ダイナストはいつの間にか新調された深青のコートを翻す。

 銀髪の男の眼からは、値踏みするような挑戦的な色合いは消えている。その眼がレグルスの気まずそうな視線と交わると、男は言った。



「存外に楽しめたぞ、



 次の瞬間、本日何度目かの青い炎が瞬いて、その明滅とともにダイナストは姿を消した。


(──────────・・・・・・)


 

 彼は楽しめたらしい。

 そんなことは、レグルスにとっては関係のないことのはず。


 けれど、生を受けて初めて全身の力を使い果たした。そのことになぜか、充足感を感じている自分がいた。


 あのは、楽しかったのか。


「くっそ〜・・・・・・ボロボロになった街を直すのもひと苦労なんだぞ、あのモラハラ戦闘狂バトルジャンキーめっ・・・・・・!!」


 ──────うん、ヴェガのブチギレっぷりを見ていると、半分とは言わずとも三割ぐらいは自分がやったとはとても言えない。ここは一つ、全部ダイナストアイツがやったことにしよう。


 ヴェガの《ワーディング》中に起こった事象は、すべて現実世界への影響を与えない。端的に換言すれば、。とはいえ対象は凡百の《ワーディング》同様レネゲイドを帯びないものに限るし、人死にまでは巻き戻せない。加えて言えば結界自体の強度はそこまで高くないようだ(内側からは特に)。レグルスは街に気を使って戦っていたというより、結界に気を使って戦っていたのである。


 ヴェガが指を鳴らすと、ひしゃげた電柱や斬り落とされたビルの残骸などが光の粒子に包まれ、まるで画素の荒い写真を最先端の画像編集ソフトで鮮明化していくように、みるみるうちに街全体が修復していく。


「来るの遅れてごめんね〜? アイツ、回を重ねるごとに結界の構築力上がってて・・・・・・ファイアウォールみたいな感じかな? とにかく侵入するのに時間かかっちゃった」


 ちょうど猫がするように、小さな上背をぐいっと伸ばしながらヴェガがぼやく。


「いや、何にせよ助かったわ・・・・・・それより」


 レグルスは、ちょうどさっきからずっと疑問に思っていたことを口にした。



「真なる『聖剣』って何?」



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヴェガは、くりくりのおめめをレグルスから逸らして誤魔化すようにへなちょこな笑顔を浮かべた。


「オイ」


 雲行きが怪しくなってきた。

 ヴェガは桜色の唇をとんがらせて、なんとかシラを切ろうとしてくる。


「ぴゅ〜ぴゅ〜・・・・・・ぴゅ〜・・・・・・♪」


「吹けてねェぞ口笛。タコのモノマネか?」


 この少女との付き合いは短い。別に四六時中一緒にいるわけではないし、二人で大冒険を繰り広げたわけでもない。が、そんなレグルスでも一つだけ知っていることがある。


 コイツ、割と平気で嘘つく。


「正直に言え・・・・・・さもないと、お前とはここで手を切るぞ」


「わーわーっ! 話すっ、話しますぅっ!!」


 意思弱チョロっ。

 お手軽に女からパチンコ代を強請るヒモ彼氏気分が味わえた。


 いよいよ観念したのか、ヴェガは神妙な面持ちで言葉を紡ぎ始める────────




 ────────かくして、対焚書機構アンチセンサーシップシステム:レグルスは、



「えっとね──────────」



 三億年の栄華と断絶の歴史を巡る、



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ」



 宿命の渦に巻き込まれていくこととなる。



「・・・・・・・・・・初耳なんですけど!?!?!?」






────────────────────






 ────────親指が痛い。




「お目覚めかね、お嬢さんマドモアゼル



 低い男の声が聞こえると同時に、視界すべてを隙間なく覆っていた闇の帳が晴れた。

 瞼を射す夕日と切れ掛けた蛍光灯の混じりあった白っぽいオレンジ。淡い明かりだっただろうが、真っ暗闇に揺蕩っていたところを突然照らされたものだから、目が慣れるのに時間がかかった。

 

 10mごとに等間隔に並ぶ柱、低い天井には魚の骨のような鉄骨がむき出し。反面、足場は左官職人がやったみたいに滑らかにコンクリートで塗り固められている。どうやら、どこかの立体駐車場らしい。ご丁寧に、車は一台も並んでいない。


 声の主は、そのど真ん中に設置したパイプ椅子にどかりと腰掛けていた。神経質そうな顔立ちに、ぎらぎらと鈍く光る眼光を銀縁眼鏡で隠している。

 背後には、部下と思しき黒スーツの男女が三名控えており、数千円の玉座に鎮座する主の声を待っているようだった。


 彼が自分を襲撃し拐かした男たちの頭目であることは疑いようもなかった。そして、状況は続いている。後ろ手に結束バンドで縛られた親指、細い足首を縛る縄、おまけに先ほどまで被せられていた麻袋が視界の端にちらりと見える。


「───────・・・・・・誰、だい」


 金糸のように美しい髪を乱された少女は、無意味だとわかっていても問いかけざるを得なかった。ひょっとすると、それは少女自身にまだ応答能力があることを確認するためだけに発されたものだったのかもしれない。


 しかし、意外にも返答は返ってきた。



「我が名は“ディアボロス”春日恭二かすがきょうじ。崇高なるFHファルスハーツエージェント・・・・・・と言えばわかるかね、リリス・ヴィヴィアン・フォースター」



 少女───────リリスは、春日とやらの言葉を暫し反芻した。ファルスハーツ。にいるならば、誰もが一度は聞いたことがある組織の名だ。組織としての絶対的な基軸を持たず、己が『欲望』のためには手段を選ばないテロ組織。敵に回せばろくなことにならず、その性質上交渉も通じない。UGNのように“日常の守護者”を自称する連中でなければ、誰も積極的には関わりたがらないだろう。


 ・・・・・・まあ、そういうことであれば目的もわかった。いつかはこうなると思っていたが、これは最悪のパターンだ。


「君の家系では、開祖より代々


 “ディアボロス”は、ゆっくりとリリスの顔を覗き込みながら言った。体重を委ねる安いパイプ椅子がギィと音を立てる。


「そうして君たち一族は、顔も知らぬ先祖が眼に焼き付けた『ソレ』を再現することに千五百年以上もの間執心し続けた──────そう、まさしく。狂気的な執着力だ」


 まあ、否定はしない。

 千五百年もの間、一度も途切れなかったのは、ひとえにその光景が鮮烈すぎたからだ。

 酷い話だ。浴びるような幸せを手に入れても、かけがえのないものに囲まれていても。彼らは、生涯その『光』に囚われ続けた。


 リリスも、その一人だった。


「ところで────────アーサー王伝説の最後はこう締め括られている」


 ああ、それなら聞かされた。

 今は亡き父に、嫌になるくらい。


「『アヴァロンにて憩うアーサーは、ブリテンに危難が迫らば再び姿を現し、これを救うだろう』」


 その一文と夢に見る『光』が、フォースターの証明であり召命だった。

 美しくも忌々しき記憶が一度も途切れず彼女の代まで受け継がれたのは、この言い伝えが彼らに生きて伝える目的を与えたからだ。



「君の先祖が見た光───────それはアーサー王が振りかざす『聖剣』の輝き! いずれ復活する騎士王のために、それがフォースター家に受け継がれし宿業にして悲願!!」



 リリスの脳裏には、。死した父の顔が、声が、思い出がだんだん薄れていっても、あの『光』だけは色褪せてくれない。


 あの『光』に魅入られた。

 あの『光』に塗り潰された。

 けれど、生涯を捧げなければならないほどのモノであるならば、。その光を以てブリテンを襲う危難とやらが祓われたとき、ようやく彼女たちの人生は報われる。


 だが──────────



「その栄光はFHわれわれが頂く!! 貴様には我が元で『聖剣』のを造り続けてもらう、我らが欲す『新しき世界』のために!!」



 その末路はだめだ。

 先人たちが捧げた生涯を穢してしまう。





 腹を決めろ。

 リリスの背中には、千五百年もの間積み重ね続けた幾つもの人生がのしかかっている!!



「な」



 “ディアボロス”か、その背後に控えていた男たちか、誰からともなく吃驚の声が上がった。

 彼らの視線はなぜか血の滴っている少女の両手に集まっている。そう、結束バンドで縛ってあったはずの両手だ。それが今や、自由を象徴するかのように掌を向けて翳されている。


 FHファルスハーツからの刺客たちの中で最も目ざとかったのは“ディアボロス”ということになる。なぜなら、彼は少女の右中指に装着された金色のつけ爪のような小型ナイフにすぐさま気づいた。


(そうか、奴は《モルフェウス》・・・・・・!! 後ろ手で刃物を錬成して結束バンドを切り裂いたのか・・・・・・!!)


 親指を封じられれば、モノを掴むのは困難になる。だからこそ、指先に装着するタイプの刃物を瞬時にデザインし、ちょうどハンドスナップのようにして指の動きだけで結束バンドを切った。それによって、自分の指がズタズタに切れても顔色一つ変えずに────────


(・・・・・・見誤っていた!! たかだか十三歳の小娘に、)


 その切っ先は、少女自身の喉に向いた。

 一連の動きには、迷いや躊躇いがまるで感じられない。


(自ら死を選ぶ覚悟があろうとは!!)


 リリスは勝ち誇ったように笑う。

 彼女は幼い頃からシミュレーションしていたのだ。こういう状況になったら、どうするべきか。今回のパターンは最悪だった。だけど、想定通りではあった。


「残念だったね・・・・・・フォースターは私の代でお終いだ」



 宿願が叶わないのならば、まだいい。

 だが、それを悪用されるのはだめだ。先人の生涯が無に帰すのみならず、その歴史が薄汚い暴悪の手によって辱められる。そんなのは、流石にだめだ。


 ゼロならいい。

 でも、



(そう、ゼロなら──────────)



 血が滲むほど唇を噛み締めて。

 たった10センチメートルしかない死への一直線を、迷わずに駆け抜け────────






「おい」





 少女の細い指に、大きくてごつごつとした男の手が添えられた。ともすれば触れているかも怪しいほどの優しい抑制に、しかしリリスは逆らえない。どれほど強く押し込んでも、手がこれ以上あがらないのだ。


 両手を胸の前で合わせてナイフを握りこんだまま───────奇しくも祈りを捧げる敬虔な信徒のような所作で───────少女は硬い掌の主を見上げた。



「あんま胸糞悪いモン見せつけンなよ」



 


「きみ、は─────────」


 歳の頃は二十代前半といったところか、180センチを超える高い背丈と物々しいロングコートに隠された筋骨隆々の肉体。不釣り合いなことに、白髪の容貌は儚げな印象さえ与えるほどに端整な目鼻立ちだった。



 ──────ほっとしたのもつかの間、“ディアボロス”は何処からが現れた闖入者の存在に狼狽し、余裕のない口調で問い詰めた。


「な、なんだ貴様は!? UGNか!? なぜここが分かった!? というか何処から現れた・・・・・・!?」


「質問多いンだよ、絞れ」


 青年は少女の中指にはめられた付け爪のようなナイフを指先でつまみ上げると、ちり紙でも丸めるかのように手の内で粉々に砕いた。


 一方、青年から質問を絞るよう命じられた“ディアボロス”は、律儀に重要度順から疑問を整理ソートし、一番聞いておかなければならないことを口に出した。


「・・・・・・どうやってこの場に忍び込んだ。地上各回と屋上には対UGNトップエージェント戦を想定した特殊部隊が配備されていた!! 虫一匹入れる隙は無かったはず!!」


「え? ぁー・・・・・・屋上は知らんけど、ここより下にいた連中は全員シメた。運良きゃ生きてンじゃね」


 無制限の発砲、エフェクト使用が認められたFHの最精鋭。中にはマスター級の実力を持ったエージェントもいたはずだ。それが、音もなく───────ヤンキーが生意気な後輩をボコるみたいな軽いノリで制圧された!?


「そんな、馬鹿な」


 “ディアボロス”は思わず呟いた。

 UGNに負けるのであればまだ分かる。だが、偶然そこを通り掛かっただけみたいなやつに気まぐれで計画を頓挫させられては堪ったものじゃない!!



「春日さん、ここは俺たちが」


「邪魔です、どいてください!!」


「黒衣の男を最優先討伐対象と認定、交戦を開始する・・・・・・!」



 “ディアボロス”の背後に控えていた三人の部下たちがめいめいに武装を展開すると、神経質そうな男を半ば押しのける形で前線に立つ。


AアルファBブラボーCチャーリー!!」


 シンプルなフォネティックコードで呼ばれた三人のエージェントは、“ディアボロス”直属の部下であり、常に彼に付き従う側近だ。彼が前FH日本史部長である“プランナー”都築京香つづききょうか直轄の『クラン』メンバーであった頃からのベテランである。三人揃うとはっきり言って“ディアボロス”より強い。


 Aアルファはとても馬には使えない鉄製の鞭を構えながら、立ち姿から目の前の青年の戦力を分析する。


(あ、100%パー勝てねえ)


 そしてこれが結論だった。


 重心がこうだから武道の心得があるとかないとか、もはやそういう問題ではない。目の前に断崖絶壁があったら人は歩みを止めるように、挑戦するのが馬鹿らしくなる閾値みたいなものがある。Aアルファには彼が切り立った崖に見える。他のふたりにはどう見えているだろう。



「ウオオォォオオ───────アアッ!!」



 巨大な十字架にもみえる大剣を携えたCチャーリーが雄叫びと共に大きく跳躍し、青年に斬り掛かる。

 その目は闇中の焚き火のように弱々しく揺らいでいる。彼とて圧倒的戦力差を読み取れなかったわけではない。だが、恐怖を振り切り踏み出したのだ。

 だって、そうしなければから。


「よっと」


 青年の長い脚は彼の頭よりも高く跳ね上がり、何の変哲もない革靴の爪先が空中にいるCチャーリーの顎を一撃で砕いた。

 「ぷきゅ」と間抜けな鼻声とともに剣を手放して顔面からコンクリートの床に落下する黒づくめの男。雑巾がけのような体勢で5メートルほど水平移動し、ちょうど正中線に当たる部分には血の軌跡が引かれた。


 文字通りの一蹴。

 FHの精鋭たるエージェントが、小石でも蹴っ飛ばすように瞬殺された。

 “ディアボロス”の口があんぐりと開き切る前に、巨大な槍の穂先が青年を向く。その持ち手は細身の女のしなやかな手に握られており、紫電一閃に突き出された。


「シッ─────────!!」


 ゴンッッ!!


 鋭敏たる槍の一撃には見合わぬ鈍い金属音が立体駐車場に鳴り響く。

 それは、青年の拳が巨大槍を真下から打ち上げる音だった。あまりの衝撃に、槍はBブラボーの手の内から逃げ出して“ディアボロス”の足元に突き刺さった。


(EXレネゲイドの槍を拳で受け流した!?)


 呆然したもつかの間、女の狭い鳩尾に青年の拳が突き刺さる。まるで杭を打つように重く鋭い一撃だった。

 飛び散る胃液、裏返る瞳、おそらく暫時は呼吸も止まっていた。これでも彼なりに優しく突いたつもりだろうか。Bブラボーはあぶくを吹きながら膝から崩れ落ちた。


(何だこいつマジで手ぇつけらんねえじゃん。こうなったら───────)


 ことこの局面に於いても、Aアルファは冷静だった。数の利が消えた以上、もう戦って勝つ選択肢はない。

 最速で鞭をしならせ放つ。瞬時に伸縮する鋼の先端は白髪の青年ではなく、力なく尻をついた金髪の少女に向けられていた。


「─────────っ!!」


 達人が本気で鞭を振るったとき、その先端は音速を超える。それはあくまでトップスピードの話だが、EXレネゲイドに感染したそれは最速を維持したまま使用者が事前に思い描いた軌道をなぞる。この武器であれば、最速の打撃と同等の速度で対象を瞬時に捕縛できる。


 これに反応できるようであれば、もはや人間ではないが─────────



「おい、勘弁してくれや」



 青年の拳は、当然のように鉄製鞭の最先端を把持していた。



「『獅子の心臓コル・レオニス』」



 直後、鞭の全幅に火花のごとき燐光が走る。

 青年の手に軽く引っ張られると、もはや綱引きの体すら成さず持ち手がすっぽ抜けた。


「なるほど、こういう感じね」


 青年の手で自在に躍る銀色の蛇。なんなら、Aアルファが操っていた時より活き活きとしているような。


(ああ、わかる)


 あの青年の手に渡った瞬間に、Aアルファの鞭は先程までとは武器になった。恐るべき鋭さで空を切る鉄の蛇。

 あんなモノでシバかれたら────────


(死ッ──────────)


 体の芯まで突き抜けるような衝撃。まだ痛みはない。青年の振るった鞭がどういう軌道でどこに当たったかまで理解する時間があった。それが、神が人間に与えたもうたであることを確信する。


 そう、あまりに鋭い痛みとは。



「ひっ──────────ぎぃぃぃぃだぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」



 得てして、遅れてやってくるものである。


 

「き、」



 痛みのあまりのたうち回ることもせず意識を手放してしまったAアルファをよそに、青年はつい先刻Cチャーリーが取り落とした大剣を拾い上げ、何やらしげしげと見つめている。

 “ディアボロス”は、先程までの朗々たる演説はどこへやら、吃音ぎみになって必死に言葉を絞り出す。


「な、・・・・・・っんだ・・・・・・」


 怯えたように震えるその態度とは裏腹に、神経質そうな男の右腕の筋肉がみるみるうちに膨張し、内から袖を破ると赤黒く変色していく。

 表向きはキリスト教徒であるリリスには、それが二つ名にふさわしき“悪魔ディアボロス”の腕のように見えた。



「貴様はぁあああッ、なんなんだぁああああああああああああああああああああッッ!!!」



 血に飢えた獣のごとき跳躍とともに、恐るべき巨腕を振り上げる。ヒグマの鉤爪は人間の頭蓋骨をたい焼きのようにむしり取ると聞くが、“ディアボロス”の一撃は自然界に存在するどのような獣とも比べようがなかった。


 リリスは、咄嗟に青年の方に目を向けた。彼は微動だにしていない。このままでは、一秒後には端正な相貌がミンチにされてしまっていることだろう。



 ふわり。



 いつの間にやら大剣に巻き付けられていた赤い布が解け、リリスの頬を優しく撫でた。青年が握っていたのは鈍色の十字架のごとき大剣だったはずだが、ほつれる赤布の裡より現れたのは、神々しいほどに鋭く耀く銀色のツヴァイヘンダーだった。


 青年は不敵に答えた。







 夕陽を────────いや、恐らくは中天の太陽すらも塗りつぶすほどの眩い光が“ディアボロス”に向けて解き放たれた。



(ああ、)



 その輝きは、リリスが夢の中で恋焦がれた美しくも忌々しき『光』によく似ていた。



(私は───────我々は、ずっと君を待っていたのか)



 それは、千五百年ものあいだ待ち続けてようやく得た『解答』であり、人生の答え合わせのようだった。




 ────────光の帳が晴れた後に、“ディアボロス”の姿はなかった。あれを食らって生きているはずはあるまい、恐らくは跡形もなく消し飛んだのだと青年──────レグルスは判断する。


「・・・・・・まァ、こんなモンか」


 レグルスは、『流転聖骸布』による無理な再構成が原因で粉々に砕け散った大剣の柄を投げ捨て、の言葉を反芻する。



『笑っていたぞ──────貴様も、ずっと』



 他ならぬレグルスが、命の取り合いを楽しんでいた? やはりしっくり来ない。現に戦闘を終えたばかりのレグルスは、虚空を掴むように手応えを覚えない自分の掌を見つめた。



(───────楽しいか? 



 視界の端に、呆然とへたり込む金髪の少女がの影が映った。彼女は、なにか美しいものでも目の当たりにしたかのように淡く潤んだ目で青年を見上げている。


 レグルスは、しばし困惑したあとに膝を着いて少女に目線を合わせ、告げた。



「リリス・ヴィヴィアン・フォースターだな」



 彼女が、千五百年待ち続けた、その言葉を。






「『聖剣』が必要なんだわ、協力してくれ」






……To Be Continued to “Eclipse”.

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