超越者の戯れ

四話読了後推奨

SCENE1『ジャーム・ミーツ・ガール』

 夜の帳を切り裂くように、いくつもの赤光が瞬く。ズガガガガガッ!と、断続的に鳴り響く砲声の交響曲は、痛いほどに『彼』の耳を劈いた。

 ・・・・・・だが、それだけだ。


「・・・・・・いーかげん学習しなよ。俺たちに豆鉄砲は効かないの」


 『彼』は、対ジャーム用に加工を施された特殊弾頭の雨あられを避けることさえしなかった。鉛玉は皮膚を貫き、筋繊維を食い散らかして青年の薄い体に直径1cmのトンネルを開通する。

 しかし、血は流れない。肉体を文字通りの蜂の巣にされても、その驚異的な再生能力で以て体内に残る鉄片を排出し、肉で風穴を塞ぐ。

 生物学の軛を超えた、超自然的な再生能力。レネゲイドウィルスが人類に齎した『シンドローム』が引き起こす現象エフェクトだ。


「くっ・・・・・・やはり通用せんか! 白兵班! エフェクトを展開しろ!!」


 黒光りする昆虫の外殻のようなアーマーを纏った男が指示を出すと、比較的軽装の隊員数名が数秒前まで重火器を掃射していた同部隊員たちと迅速にスイッチする。

 前線に躍り出たエージェントたちは、それぞれが氷細工の西洋剣、高圧電流を纏った日本刀、植物のツタを利用した鞭など、思い思いの凶器を即座に展開し、隙なく構えた。

 曲がりなりにもUGNの特殊部隊。物理攻撃が効かなければ、レネゲイドによる超自然の攻撃手段に切り替えるだけの用意と柔軟さは備えていた。


「白兵班は作戦通りの陣形でリベラを取り囲め! 射撃班は散開しつつ四方からの援護射撃に徹せよ! 『ストライクハウンド』の報告では奴は近接型のウロボロス・・・・・・取り囲めば一網打尽はない!」


 指揮官がそういったエフェクトを使っているのか、シンプルに部隊が洗練されているのか、ともかく数秒足らずで隊員たちは包囲を完了させた。

 廃工業地帯のそう広くない路地で、完全武装の兵士たちが水面の波紋のように二重三重の円を描く形でたった一人の青年を取り囲んでいる。


(・・・・・・逃げ場はないぞ、化け物め!)


 一見すると、火線の交錯によるフレンドリーファイアを引き起こしかねないリスキーな陣形だが、《ノイマン》シンドロームを有する隊長の統率によって運用される彼らは、もはやその程度のイージーミスを容認するような次元にはない。


(我々『ブラックプライド』は陣形と統率で数々のジャームを仕留めてきたUGN指折りの精鋭・・・・・・! ジワジワと追い詰められる被食者の気持ちをとくと味わうがいい!!)


 作戦の要である指揮官は陣形の外。彼を潰すには、周囲の隊員たちを取り除かなければならない。

 しかし、正面の敵を攻撃すれば背後の敵が、右の敵を攻撃すれば左の敵が、その隙を見逃さずにバックスタブを狙ってくるだろう。加えて、逐一こちらの動きを牽制してくる援護射撃で包囲に穴を開けることもままならない。

 まさしく・・・・・・脱出不可能だ。


「ハイアージジャーム敗れたりッ! 『ブラックプライド』こそUGN最強の戦闘部隊だ!! さあ、撃て撃て撃てぇぇええええええい!!」


 隊長の気の早い勝鬨と共に、炎が、氷が、風が、音が、毒薬が、血が、雷が、重力が、砂が、光が、植物が、一斉に白髪の青年に押し寄せ──────。


「領域展開」


「は・・・・・・・・・・・・?」


 青年に到達する、その前に。

 漆黒の影が荒れ狂い、周囲の隊員達を高波に飲まれる子供のように薙ぎ払っていった。


 ある者は、その衝撃のままに壁に叩きつけられ、押し花のように体の『厚み』を失った。

 ある者は、上半身と下半身が分かたれていることに気づかず、人生最後の空中散歩を楽しむこととなった。

 またある者は、陶器の皿のように粉々に砕け散り、ダイヤモンドダストのような結晶の塵で空間を彩った。


 隊員たちの最期に差異が生じるのは、当然といえば当然だ。

 何せ、影の中には『全て』があった。


 原初のレネゲイドとも、レネゲイドの到達点とも呼ばれ、全てのシンドロームを内包する《ウロボロス》シンドローム。中でも、青年・・・・・・リベラのそれは極めて特異だ。

 人類の『レネゲイドに対する集合意識』によって形作られ、オーヴァードの『解放』を望む衝動によって目を開けた背教者の王。

 彼の影はレネゲイドの混沌そのものであり、あらゆる『現象エフェクト』を孕んだ可能性の海。

 彼らは、世界の深淵を覗き見たのだ。


「あ、ぁ、ぁぁぁ・・・・・・・・・・・・」


 情けない声の方を見れば、五秒前まで勝利を確信して会心の笑みを浮かべていた男が尻餅を着いていた。

 『ブラックプライド』とやらの隊長──────正確には、隊長『だったもの』か。

 何せ、彼を指揮官たらしめていた精強なる隊員たちは、今や仲良く合い挽きミンチだ。


(クラウン怒るかなぁ、これ・・・・・・)


 恐怖のあまり無様に失禁する男を冷たく見下ろしながら、ぼんやりと『協力者』の顔を思い浮かべる。

 すると、眼下の恥さらしが現実逃避にぶつぶつと呟く声が嫌でも耳に入る。


「ぁ、ありえない・・・・・・ほ、報告には、こんな・・・・・・・・・・・・っ」


 その言葉を聞いて、リベラは小さくため息をついた。


 UGNとの交戦は、今月に入ってこれで四度目だ。

 最初のうちは数も練度も優れた精鋭部隊が乗り込んできていた。当時生まれたばかりのリベラは、初めての『強敵』に大いに苦戦し、多くのことを学んだ。

 だが、練度の高い部隊を消耗させるのはまずいと判断したのか、次第に喧嘩を吹っ掛けてくる相手の規模も縮小していった。

 縮小に縮小を重ねて、しまいにはこれだ。心底うんざりする。


「上の惰性で殺される君たちも不憫だよね。帰ったら組織体制の改善でも訴えてきたら?」


 そう言ってやると、男は脂汗でびっしょりの顔を引き攣らせながら、縋るような目でリベラを見上げた。


「かっ、帰してくれるん、ですか・・・・・・っ?」


「うん、もちろん!」


 敵前だというのに、思わず安堵の浮かべる『ブラックプライド』元隊長。そんな彼に対して、眉目秀麗の青年は年の離れた弟の頭を撫ぜるように手を伸ばす。


「ただし・・・・・・ジャームとしてね♪」


 そう宣告すると、


「ひぃゃぁああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 隊長は、弾かれたパチンコ玉のように一目散に走り出した。

 その必死さと瞬発力のあまり、リベラの真骨頂・・・・・・素手で触れたオーヴァードを強制的にジャーム化させる能力を発動する前に逃げられてしまった。


「あっ、こら!」


 ここであの男を取り逃がすと、今度は『協力者』どころか仲間たちにも怒られるだろう。そんな針のむしろはさすがに嫌だ。


「ちょっと待ってよーっ!」


 路地をいくつか抜けると大通りに出てしまう。現在展開している《ワーディング》の効果範囲は、せいぜいが廃工場地帯全域がいいところ。


(あと50m・・・・・・っ! 人混みにさえ出ちまえば・・・・・・!!)


 もう追ってこないはず。そんな希望的観測だが、元隊長にとってはそれが唯一の希望だった。

 曲がりなりにもUGNで訓練を積んだ戦闘部隊の長だ。当然、足の速さにも自信がある。分厚い装甲を着込んでいようが、50mの一本道であれば十秒とかかるまい。


 そう考えて、ようやく背後を気にする余裕が出てきた。

 追っ手の方をチラリと見遣ると、リベラは両手を地について屈んでいた。少なくともさっきの場所から動いていない。


(部下の攻撃が今頃響いてきたか!? なんにせよ好都合っ、このまま・・・・・・)


 その体勢のまま、リベラは前屈みになるように片足を伸ばす。

 これは──────、


(・・・・・・・・、クラウチングスタ)


「はい追いついた」


 直後に聞こえたリベラの声は、既に抱きしめられそうなほど近くにあった。


(死─────)


 直後。


「あの、誰かいるんですか・・・・・・?」


 元隊長の前方・・・・・・廃工業地帯最後の曲がり角から白い杖を着いた金髪の少女が顔を出した。


「・・・・・・・・・・・・ッ!!」


 元隊長は、咄嗟に少女の胸ぐらをつかみ、背後に迫り来るリベラに向けて勢いよく突き飛ばした。


「きゃあっ!?」


「おわっ・・・・・・!」


 少女の小さな体が青年に激突した。突然のことに、さしものリベラも反応できず、少女を押し倒す形で転倒した。


「いってて・・・・・・あいつ〜・・・・・・」


 強打した頭をさすりながら、大通りの方を見る。既に元隊長の姿はなかった。


「うーわ、またルードスに嫌味言われちゃうよ・・・・・・」


 今から追いかけてもいいが、下手に大通りで《ワーディング》を連発したらより面倒なことになるだろう。さっきの連中のような戦闘部隊はともかく、高崎隼人や神楽音照美とこの時点で会敵すると計画が大幅に狂う。


(どうしよっかな〜・・・・・・)


 と。


「ぅ、う・・・・・・おもい・・・・・・・・・・・・」


 少女の息苦しそうな声が自分の胸元辺りから聞こえた。


「あ、ごめんごめん。今退くから・・・・・・って、あれ?」


 ふと違和感を覚える。今、この少女はどこから姿を現した?


(あれ?ここ《ワーディング》の中だよな・・・・・・)


 そう。

 《ワーディング》・・・・・・非オーヴァードを跳ね除ける結界は、廃工業地帯全域を包み込んでいたはずだ。

 にも関わらず、この少女は地帯内の横道から突然現れた。

 《ワーディング》が機能を果たしていない。ということは・・・・・・


「オーヴァード?」


「お、ゔぁ・・・・・・?」


 本当に妙なのはここからだ。

 彼女がオーヴァードだと仮定しよう。だとしたらなぜ・・・・・・


「・・・・・・衝動が見えない?」


 ──────この出会いが、最初の過衝動ハイアージジャームにして『亀裂シスマ』リーダーである彼の・・・・・『解放リベラ』の、知られざる物語の始まりだった。

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