SCENE15『伊庭賢二』

 苗渕の死体はそのままにしてあったので、賢二がその手で処分した。

 死体を焼く時の匂いは、彼女の言うとおり最低の悪臭がして、何度も吐くことになった。


『・・・・・・賢二。遺産管理局データベースに不正アクセスの記録があった。お前の名義で、だ』


 電話口からは、ここ数年で何度も聞いた上司───────藤崎弦一の声。

 その口調は、いつにもまして穏やかなものではなかった。疑念と困惑が入り交じりつつも、心の奥底では少年を心配している。まるで優等生の非行を咎める教師のようだ。


『“原罪”など調べて何になる。任務は、苗渕はどうした・・・・・・!?』


 とっくの昔に荼毘に伏した。

 そう言おうとして、口を噤んだ。あれ以降、上には一度も報告をしていない。


「藤崎・・・・・・俺たちの付き合いは今年で何年ぐらいになる」


『何を・・・・・・』


「いいから」


 押し問答では埒が明かないことを察したのか、低い声はしばらく考え込んでからゆっくりと答えを出す。


『日本支部の門前に捨てられていたお前を拾ってから・・・・・・八年だ』


「・・・・・・そうか。もうそんなになるか」


 あの日のことは鮮明に覚えている。


 兄に捨てられ、雨の中で泣くことしかできなかった賢二に傘を差し出したのは、他ならぬ藤崎だった。


 食事も寝床と与えてくれたし、苦楽を共にした。彼の本部出向が決まった時は同行もしたほどだ。


 ともすれば、本当の兄よりも兄弟らしい関係だっただろう。


「だが、その上で」


 賢二は問う。


「・・・・・・お前が味方である保証が何処にある?」


 息を呑む音が聞こえた。

 そして、それ以上は何も聞くつもりはなかった。


『・・・・・・ッ、賢』


 携帯端末を握り潰す。

 ・・・・・・これで、伊庭賢二は一人だ。

 UGNという後ろ盾も、トップエージェントという肩書きも、すべてかなぐり捨てた。何せ、そうしなければできないことがいくつもある。


 全オーヴァードに適合する遺産『原罪』の奪取。

 “マスタークラウン”の追跡。

 そして・・・・・・UGN内部に潜んでいるであろう、内通者の発見と粛清。


「ハッ・・・・・・上等だ」


 体育館の外壁に背中を預け、屋根と塀の間で区切られた狭い青空を見上げる。

 やることが分かれば、できそうな気がしてくるものだ。たとえその挑戦が無謀でも、孤軍奮闘であったとしても。


「・・・・・・成し遂げてみせる」


 ──────UGNエージェントとしての在り方を教えてくれた、たった一人の相棒に誓って。




……To Be Continued to “Renegades Eden”.

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