SCENE13『或る恋の終わり』
(────────ああ、ちょっと綺麗かも)
飛び散った肉片や赤い水滴がゆっくりと弾けていく様を見て、ぼんやりとそう考える。
綺麗だと思ったのは、壁や地面を真っ赤に染め上げる様が、ドリッピング画法のようだったからだろうか。
絵の具はすべて自分の裂けた腹から飛び散ったものだというのに、呑気なものである。
「静かにしろォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」
苗渕ハルカを引き裂いたのは、狂乱して『何か』に絶叫する若い男。彼女のクラスの担任である花園啓多だ。
その右腕はどこからか湧き出した大量のムカデによって異形化し、巨大な爪と成り果てている。《キュマイラ》、または《エグザイル》のエフェクトだろう。
彼がオーヴァードであることはかなり前────彼が《ワーディング》を使って盗みを働く現場を目撃した時────から分かっていたのだが、エフェクトの扱いや
恐らくは最近覚醒したばかりで、まだUGNに確認されていないオーヴァード。珍しくもなんともない例だが、タイミングがタイミングだ。リベラによって『衝動』のオリジンを付与されていないか、確かめる必要があった。
柄になく色仕掛けじみたことまで試みた甲斐もあり、青年が何か──────少なくとも、オリジンよりもおぞましいものを植え付けられていることを確信した彼女は、UGNとして保護を申し出たのだが・・・・・・
(これ・・・・・・しぬやつだ・・・・・・)
その結果がこれ。
突如として発狂した男によって不意に攻撃を仕掛けられ、致命傷を受けた。
オーヴァードとしての実力は、恐らくハルカの足元にも及ばない。けれど、彼女はその変貌に対応できなかった。
その変貌ぶりは多重人格者なんてありふれたものではなく、感情そのものが突然スイッチで切り替えられたようにすら見える。
ハリガネムシに取り憑かれたカマキリが水辺に駆り立てられるように、この男も何かに操られていた。そのことに気づけなかったことが、ハルカの不覚に繋がったのだ。
・・・・・・彼にも申し訳なく思う。ハルカの力では、花園啓多を助けることができなかった。そればかりか、この『間違い』を機に、より盛大に道を踏み外していくだろう。
それを事前に止められる立場にあったのに、引き金を引かせてしまった。それが無念で仕方ない。
(さいごに・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
苗渕ハルカはもう死ぬ。
こうしている間にも体温は失われていくし、何より上半身と下半身がほとんど繋がってない。こうなっては《リザレクト》でもどうしようもないだろう。
最期ぐらい、エージェントらしくありたい。幸いハルカの戦闘スタイルはRC(レネゲイドコントロール)による射撃型だ。この状態からでも、一太刀ぐらいは浴びせることが出来るだろう。
炎に巻かれれば苦しい思いをさせてしまうだろうか。毒ならば眠るように殺してしまえるだろうか。・・・・・・それとも、そんなことを気にしてやる必要はないのだろうか。
彼なら、どう答えただろうか。
(・・・・・・さい、ごに・・・・・・・・・・・・)
──────最後に。もう一度ぐらい一緒に鍋を食べに行きたかった。
アイツにメニューを決めさせたのは失敗だったから、今度は自分の好みで。豆乳鍋が好みだが、なければ水炊きでも構わない。任務の話は息が詰まって窮屈だから、たまには取り留めのない話をしよう。あれで結構話好きな奴だから、運が良ければアイツ自身の話も聞かせてくれるかも。
──────なんて。
(くそ、なんでアンタの顔が出てくんのよ・・・・・・・・・・・・)
呆れた。
賢二もそうだが、何より自分自身が可笑しくて仕方ない。なんだって人生最後の走馬灯に、大嫌いなアイツを思い浮かべなければいけないのか。
もったいない。もったいない。もったいない───────
(・・・・・・・・・・・・好きだったなぁ)
やれることは、まだある。
このままハルカが死んだなら、同時に転校してきた賢二も芋づる式に疑われるだろう。花園啓多は衝動に取り憑かれている。何をしでかすかわからない。かといって、死花を咲かせたところで仕留めきれる確証がない。
なら、せめて。
伊庭賢二がこの先も動きやすい場を作って逝ってやろう。
(まったく・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
元より、それこそが賢二と共に派遣されきたハルカの本来の役割だ。
何度も怒られたけれど。何度も困らせたけれど。最期ぐらいエージェントらしくと殉ずるならば、その役割を果たすべきだ。
(せわの、やける・・・・・・・・・・・・)
悔しいので、一度悪態をついてから。
記憶改竄のエフェクトを《ワーディング》と共に解き放つ。
この時間帯だ。全校生徒が居合わせる訳ではないだろう。今いる人の記憶だけを作り替えるのでは不完全だ。いずれ誰かが違和感を覚える。それでは意味がない。最後の仕事としては不完全だ。
どうせ騙すなら、世界まるごと騙し切ってやる。『人』ではなく『場』に干渉し、記憶を書き換える。
不可能ではない。実際、そういう能力を持つオーヴァードが存在したという記録がある。あれは《モルフェウス》とのクロスブリードだったが、どのみち地形に干渉する必要はない。これで十分だ。
・・・・・・同時に、トドメの一撃が振り下ろされた。
目の前の男が一瞬だけ目の色を変えたのを見て、実力以上の大博打が正常に機能したことを確信すると。
─────────苗渕ハルカは、満足したようにこの世を去った。
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