SCENE8『新たなる種子』

 鍋は二人でなんとか食べ切った。

 時刻は九時前。カプサイシンで火照った身体に、時期にしては冷たい夜風が心地良い。


 賢二はまだ舌がヒリヒリしてるのか、コンビニで買った乳酸菌飲料で口内を冷やしている。

 と。

 住んでいるマンション近くアーケード街まで歩いてきたが・・・・・・そういえば、ここまで着いてきた賢二の住処もこの近くだっただろうか?


「・・・・・・アンタ、今どこに向かってんの?」


「? 家で休息を取るのだろう?」


「じゃなくて、アンタの家ってこの近くだっけ?」


 異なことを、と賢二は前置きして。


「あの店からだとお前の家の方が近いではないか」


 なんて、とんでもないことを言い出しやがった。


「・・・・・・っ、誰が泊めるかってんだこの変態っっっ!!!」


「へぶ────────っ!?」


 ばちーんっ! と冗談みたいな破裂音と共に賢二の身体が宙を舞う。弱者の牙(ビンタ)がトップエージェントに届いた瞬間である。


「見損なったわよ、このケダモノっ!」


 わけがわからず地につっ伏す賢二に思いつく限りの罵声を浴びせたあと、いかり肩でその場を後にする。

 スーパー朴念仁の賢二がまさかそういうつもりで発言したとは思えないが、天然ならそれはそれでめちゃくちゃムカつくので問題ない。

 乙女心を解さぬ輩に慈悲はないのだ。




 ───────昼間は主婦や肉屋のコロッケ狙いの学生で賑わうアーケード街も、これぐらいの時間になると人気は消える。

 夜中にこういう場所を通ると、昼間とのギャップで少し気分が高揚する。


 眠りについた街並み。

 切り上げられた営み。

 虫たちの涼やかな歌声だけが、アーケードの高い屋根に反響して───────


(・・・・・・・・・・・・あれ。それにしたって)


 静かすぎる、ような。


 この辺りには、飲み屋街もあったはずだ。いくらなんでも、全く人気がないのはおかしい。


「────────────ッ!!」


 違和感に気づいた途端、冷たい汗が背筋を伝った。

 これは、この現象エフェクトは知っている。そうと言われなければ気づけないほどに微弱。範囲も極端に狭いが。

 これは、《ワーディング》だ。


(一体誰が────────!)


 置いてきてしまった賢二は果たしてこの反応に気づいているのか。望み薄だと思う。なんせ、この《ワーディング》は極端に。範囲から離れているならば、感知どころの話ではないだろう。


(反応は微弱・・・・・・でも、発生源を辿るだけなら・・・・・・)


 それは別に、発動者のRCレネゲイドコントロールが卓越しているからという訳ではない。むしろその逆。弱々し過ぎるので、気にも留められないだけの話。


 大通りから脇道にそれ、入り組んだ路地のスナック街の方へ足を運ぶ。すると、非オーヴァードは誰も動けないはずの《ワーディング》下にあって、挙動不審に辺りを見回す影があった。


 スラッと高い背に長い足。けれど、それに見合わず、端正な顔立ちはいつも以上に不安げに曇っている。


 あれは・・・・・・・・・・・・


(・・・・・・ウチの担任の花園先生?)

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