My denunciation.
(1
手元のハサミを止め、窓の外を眺めた。
灰色の空がひしめく街を覆っている。今朝から色は変わっておらず、雲行きは怪しい。帰宅するまでに降り出さないことを祈るばかりである。
視線を教室に戻すと、机を周囲によけて、床に座り込み作業をする集団が目に付いた。画用紙を指定のカタチに切る、という雑務を押しつけられた僕とは異なり、数名の男女が集まって楽しそうに作業している。クラスメイトのうち半数は調理室に、残りの半数は教室で談笑。彼ら彼女らが縫っている布も、そのうちちゃんとした衣装に変わることだろう。
秋の風物詩として、この学校でも文化祭がひらかれる。先週の木曜日から授業時間が短縮され、生徒は迫る当日に向け準備にとりくんでいた。ウチのクラスは協議の結果、ただコスプレして喫茶店をひらこう、という妥協案を採用。皆が青春のページを厚くする中、僕は雑用係という微妙なポジションに落ち着き、ひっそりと貢献している。
気が楽という意味では良いことかもしれない。積極的に誰かと話す場面は減って、気疲れすることも少ない。一々言動に注意し、考えを巡らす心配がないというのは、中々に快適だ。
それに、一昨日の日曜日も枝垂挫に振り回されたところだ。ここ最近の慌ただしくも楽しい日々は、どうしたって疲労を蓄積してしまう。肩のチカラを抜ける時間ができた気がして、僕はふうとため息を吐いた。
枝垂挫も同じく雑用……ではあるのだが、今は別件を手伝っている。そのため久しぶりに孤立の心地よさを堪能できていた。
「瑞枝ー、今いーい?」
女子のひとりが僕の机へやってきた。
顔をあげれば、肩にかけた通学カバンが目にとまる。名前の知らないフィギュアのストラップが僕をみつめていた。
さらに視線を上方へ移すと、記憶の名前と細めの顔つきが一致した。
華坂あゆみ――可奈浦と仲が良い二人のうちのひとり。横目で教室後方の出入り口を見やれば、怠そうに待っている可奈浦と天上もいた。
「あたしこれから用事があってさ……ごめんなんだけど、これお願いしてもいい?」
そう言って、華坂は作りかけの装飾を僕の机に置く。申し訳なさそうな顔をしながら、断る予知は残さない。
用事がある? 便利な理由だ、どうせカラオケかショッピングに違いない。かといってあの手の頼みはムキになるだけこちらが損をする。空気を読まなければ、かつての『枝垂挫ゆい』のような扱いをされるのだろう。こうした些細なきっかけで、人は他人の扱いを決めてしまうのだ。
枝垂挫がここにいたら、また大変なことになっていたかもしれない。いつかの台風再来、みたいな。
そんな想像をして、一度目を閉じる。冷静さを意識するとゆっくり目蓋を持ち上げ、表情を貼り付けた。
「いいよ」
「ありがとぉ! またお礼するから!」
それだけを言い残し、彼女は踵を返した。また、教室から作業する人口がいなくなる。ようやく去ってくれる。そう考えると、心なしかホッとする。関わりたくない以前に、あの三人組は、枝垂挫と会わせたくない相手筆頭でもあるから。
しかし、華坂は去り際に振り返って口元に微笑を浮かべた。
「ねえ、そういや瑞枝ってさ。枝垂挫とデキてんの?」
息が止まった。
虚を突かれて、恐る恐る、といった内心を悟られないように見返す。
「――……デキてる、って?」
「最近あんたら仲良いじゃーん、付き合ってんの?」
動悸が高まるのを感じた。
単純に恐れからくる緊張だった。
適切な言葉を選ばなければ、僕はまた枝垂挫に迷惑をかける。一度のみならず二度までも、彼女を追い詰めることになりかねない。必死に脳内で単語を探して、回答を模索して、考えついたさきから、言葉を紡いだ。
「そんな、んじゃない、けど」
「なぁんだ、意外。じゃあどういう関係?」
どういうかんけい?
ドウイウカンケイ。僕と枝垂挫の関係性って、なんだろうか? そんな僕でも分ってないことを訊くのはやめてほしい。緊張を通り越して、なんだか苛立ちが勝ってきてしまった。
「……ただの友達だよ。どうだっていいだろ」
やや乱暴な言葉選びになってしまった。がしかし、華坂は特に不機嫌になる様子はない。そのことにすこしだけ安堵して、落ち着きを取り戻す。
代わりに、華坂は嘲笑とも呼ぶべき笑みを浮かべた。
「あはは。そっか、トモダチ。仲良くネー」
手のひらを振って、あっさりと華坂は去ってしまう。可奈浦と天上と合流し、「帰りカラオケ寄らない?」と話し合って、廊下を遠のいていった。
指先のボンドが乾いていることに気づき、脱力する。イスの背もたれに体重を預け、僕は天井を仰いだ。
弛緩した空気の教室には、居残って作業する女子のグループがひとつ。ゲームの話で盛り上がりながら作業する男子二人組がひとつ。任意のボランティア活動みたいになっていた。
気がかりの三人がいなくなるだけで、こんなにも平和に思える。枝垂挫がこの場にいなかったのは、本当に幸運だった気がする。
「はぁ……」
ため息がこぼれた。
再び、視線を窓の外にむける。可笑しくなった彼女のことを思い出して、僕は目を細めた。
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