第14話 日本史特講6 応神・継体天皇の正体推論
『文学特講』週二コマを森郊外というか諸葛理事長に獲られてしまった有象は学園に行くのが週一回の『日本史特講』だけになってしまった。しかし、もちろん金銭的に有象は困ったりすることはない。読書の時間が増えて嬉しい限りだと思っている。だいたい天熊総合学園大学へはかつての教え子でいまや日本を代表する大女優、水沢舞子と青龍塔に住む、あの方のコネで入ったのであって、理事長にはなんの恩義もない。ああ、心療内科クリニックを紹介してくれたのは理事長だったけどね。
それに、有象は横浜市緑区区長から直々に頼まれて『区民セミナー 文章・小説講座』というものを週一回、緑区公民館・小ホールというところでやっており、いい暇つぶしになる上に若干の謝礼・お車代を貰っていて、ありがたく全額保護ねこのNGO『ねこちゃん愛護協会』に寄付することができている。ありがたい店子だ。
そして、この『文章・小説講座』の評判がなぜかは知らないが、すこぶる良いのだ。
有象は毎年、第一回の講義で、
「みなさんのほとんどはパソコンで文章や小説を書いていると思いますが、今日だけはパンフレットに記した通り、鉛筆と消しゴム、そして原稿用紙に手書きで簡単な文章を書いていただきます。これはですね、キーボードでばかり文章を書いていると脳がおバカさんになってしまい、漢字の書き方を忘れてしまうからです。漢字の書き方を忘れた脳で書いた文章はとてもおバカさんな文章になってしまうのです。さらにパソコンで書いたというか入力した文章はキレイな活字でディスプレイで見られますし、印刷したらとってもキレイに出て来るので一見すると上手に書けたとどうしても錯覚してしまいがちです。しかしですね、手書きで他の人に自分の言いたいことが正確に伝わり、なおかつ気持ちよく読めるように一生懸命丁寧に書いた文章は作者の気持ちが読み手によく感じて貰えます。時代はもう、パソコンで打ってデータでやり取りするのが常識ですから、日常においてこの作業を行うことは一見すると、とても無駄に思えるかもしれませんが、文字とはですね、元々は手で書くものだと言うことを認識していただくため、あえてこんなですねえ、かなり面倒くさいことをしていただくのです。私も当然、日頃はキーボード入力で仕事をしますけれど、ある日のことですが、手書きでひらがなの『あ』が書けなくなって大パニックになったことがあるのですよ。ああ、そこの美しい奥さん、これは笑い事じゃないのですよ。みなさんも時々、手書きで字を書くクセをつけておいた方がいいですよ。これは認知症予防にも……あれ、今年の受講者はみなさん、お若いですな。まいったまいった。わははは」
当然、受講生は有象同様にヒマを持て余した中高年、特に女性方が多いのだから、お若いと言えば喜ぶものだ。そんなことは“ハマのドン・ファン”こと有象からしたら持ち前のテクニックの初歩中の初歩である。ただ“ドン・ファン”というと最近は覚醒剤を大量に打たれて殺されちゃったり、テレビ画面から干されちゃったりとあまりいいイメージはないのであるが……
さて、本日は『区民セミナー』と『日本史特講』の掛け持ちだ。どうせやるならおんなじ日にやったほうが他の曜日を自由に使えると考える有象の横着ぶりがよくわかる。
「こんにちは。今日は前回の続きをお話ししましょう。早速行きますよ。二番目に実在の可能性が強い天皇は十五代・応神天皇です。応神の父親は仲哀天皇、母親は神功皇后(気長足姫尊)です。戦前まででしたら神功皇后のことを知らない人はいなかったのですが、みなさんはご存知ないでしょう? うん、それで良いと思います。実は明治維新以前は『皇統譜』において神功皇后を仲哀天皇の次の天皇としていました。まあ、とにかく明治時代になってから『天皇ではなかった』として『皇統譜』から除外されます。弘文天皇など明治になってから天皇だったと認められて諡号を送られたり、大正時代に南朝(宮内庁が言うところの正統)の天皇と認められた長慶天皇とは逆のパターンです。明治時代は男尊女卑の傾向が強かったからですかね。しかし、過去には女帝が八人いたわけですから詳しい事情はわかりません。この神功皇后は伝説上や『記紀』では男勝りな大活躍しているのです。神功皇后を卑弥呼だと考えている学説もありますが、卑弥呼はシャーマンなので独身だったと思われますのでちょっと違うと私は思います。
さて、その時代、朝鮮半島にあった高句麗、新羅、百済の三韓と呼ばれる国々は倭国に朝貢することになっていたのですが、次第に中華帝国に媚びてそちらの冊封国となったのが原因だと思うのですが、倭国には朝貢しなくなって来ました。そこで仲哀天皇は神功皇后と連れ立って『三韓征伐』を行うことにして九州(鎮西)に赴きます。そこで、熊襲征伐も行うのですが、仲哀天皇が熊襲の放った矢が当たりその傷が元で亡くなってしまいます。一方、神功皇后は女酋・田油津姫を討ち取ります。この女酋・田油津姫は一説ですが邪馬台国の末裔だったと言われています。これが事実なら私が初めの方の講義で提唱した『邪馬台国など歴史上取るに足るものではないよ説』が間違っていないという傍証になりますよね?」
「どうですかねえ?」
西園寺公枝が首を捻り、
「学界からは無視されそうですね」
と清山ソフィアがはっきり言う。野球部の穂高くんは薄笑いをし、相撲部の諸見里くんは冷房が入っているのに額から汗が出ている。気が弱いのだろうか? この前、有象に歴代横綱を問われ答えられなかったのがトラウマになっているのであろうか?
「仲哀天皇が亡くなったので本来なら、三韓征伐は中止して一定期間喪に服するというのが倭国の常識ですが、神功皇后はそのまま渡海します。しかもその時、神功皇后はのちの応神天皇を身篭っていてまもなく産み月だったのです。神功皇后はなんと朝鮮半島で産み落とすわけにはいかないと、自分の女陰に大きな石を突っ込んだとか石でお腹を冷やして出産を遅らせて朝鮮半島へ向かったとされています。そして見事に三韓征伐をして帰国し、九州で応神天皇を出産、その場所は現在『宇美』と呼ばれています。「産み」から来ているのですね。ところがこの三韓征伐なのですが、実際には新羅・百済・高句麗ではなくて、馬韓・弁韓・辰韓だったようで高句麗までは行っていなかったようです。さらにですね、神功皇后・応神天皇に仕えた忠臣・
学生たちは黙ってしまった。有象の説明からすると応神天皇が朝鮮半島からの渡来人である可能性もあるからだ。
「ええと、応神天皇については以上なんですけれど、応神の次の天皇は息子の仁徳天皇なのです。あの前方後円墳で有名な天皇ですね。でもあの古墳がユネスコ世界遺産に認定された時ってどう言う名前でした? 『百舌鳥・古市古墳群(仁徳天皇陵)』なんですよね。実はここも宮内庁が明治時代に適当に決めつけた可能性があるのです。しかも仁徳天皇の存在自体も怪しい点があります。仁徳天皇の妃はあの武内宿禰の孫娘なのです。つまり、架空の人物の孫娘がお妃なんです。そんなことは普通に考えてありますか? ないですよね。そうすると仁徳天皇の父親である応神天皇の実在性も怪しくなってきます。微妙って感じですかね」
さて、ここで水分補給タイムです。読者さまも一息つくといいでしょう。結構、今回は難しい話でしょ? 学校や職場で話したら、きっと強烈な疎外感を味わえますよ。
「さて、最後は第二十六代・継体天皇の話に移りますが、その前に一代前の武烈天皇のお話をさせてください。一応、武烈天皇は応神・仁徳天皇の系列にあたる天皇だったのですが、天皇史上最悪の天皇であったと伝わっています。とにかく人を残酷に殺すのが大好きな上、妊婦の腹を裂いて中の胎児の様子を見たなど、その非道っぷりには枚挙にいとまがありません。ただですね、妊婦の腹を裂いて見たという非人な君主って世界中にたくさんいるのですよ。日本ならば武田信玄の父である武田信虎とか、殺生関白と呼ばれた豊臣秀次などなどです。私はこの妊婦の腹を裂くと言うのは『悪人の枕詞』であって容易に信じないほうがいいと思うのです。後世の人がその人物を極悪人に仕立て上げるために創作したのではないかとも勘ぐれるのです。例えば、武烈天皇の場合、後継者がいないまま亡くなってしまいます。そのためになにが起こったかというと、大王位を継ぐ人がいなくなってしまったのです。そこで応神天皇の遠い遠いはるかに遠い子孫で越国にいた継体天皇がその跡を継いだと言うのが『記紀』での表記ですが、これはおそらく大ウソでして、実際には越国を治めていた継体天皇が武烈天皇というかヤマト王権にクーデターを起こして武烈天皇を殺害し、新しい大王家を立てて『易姓革命』を起こし、その叛逆を誤魔化すために、武烈天皇を非道な大王だったとしたのではと考えます。さて、現在の天皇家は継体天皇の子孫であると言われています。また、継体天皇の皇后は前大王家から嫁いでいるので、またしても女系的には繋がっているのです。そう考えると、現在の女性天皇忌避論や男系の万世一系とか言っている有識者が馬鹿に見えるでしょう? どう、諸見里くん?」
「はい。馬鹿に見えます」
「ああ、そうなんだ。私には全然馬鹿とは見えないけれど諸見里くんにはお偉いさん方がそう見えるんだね。これは、学界に連絡しなくちゃ!」
「せ、先生。ひ、ひどいです!」
諸見里くんの顔が汗みずくになる。
「ははは、ジョーク、ジョーク。じゃあ、早いけど言いたいことは言ったので今日の講義はおしまいです。さようなら」
有象は十五分も早く講堂を出て行った。このあと別に女性に会う予定もない。今度こそ、薬が効いて来たのであろうか。
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