第13話 日本史特講5 本当の初代大王は誰か?

「た、大変です。皆さん!」

 教養学科講師共同研究室に、副学科長の御座鳴法治おざなりほうじが慌てて駆け込んで来た。以前にもあったシーンである。御座鳴副学科長はなにか大変なことがないとこの研究室に姿を現さない。普段はいったいどこに潜んでいるのだろう。講師たちはいつもそんな噂をしていたので、

「副学長! ご健在で!」

 と興奮している。単純な輩どもだと有象は思った。

 実のところ、有象だけは彼の居場所を知っていた。それは本学園事務棟の経理部長席だ。


 なぜ有象がその事実を知っているかというと、つい先だって講師料の振込先銀行を地元の横浜銀行から同じ地元の横浜信用金庫に変えるために経理課に行ったからだ。というのも、横浜銀行がやたらと各サービスの手数料の値段を上げて、以前なら同行間の振込は手数料無料だと偉そうに店頭の年配男性係員が言っていたのに、最近、同じところへ振込をしたら220円しっかりと手数料が取られていた。前の時と同じ男性係員がいたので、一瞬とっちめてやろうかと思ったが、どうせ「四月に定款が変わりまして」とか言うに決まっているのでやめた。地代や家賃収入の受け皿として完全に横浜銀行から総合口座や当座預金などを撤収するのは大変だから敢えてしないけれど、せめてもの嫌がらせで講師料の振込先くらいをこちらも地元の横浜信用金庫に変えるのもありかな? と不意に有象は考えたのだ。

 客商売で怖いのはクレーマーではなく、黙って利用しなくなる顧客だという。クレーマーはまだその店を利用する可能性があるがサイレントな人たちは二度と利用しなくなるのだ。横浜銀行の経営者は少し考えた方がいい。気の短い有象はそう決めると、資産管理会社に相談することなしに即時、行動に移した。いずれにしても講師料など有象にとってはどうでもいい端金ではある。


 その手続きの最中に有象は経理課でとんでもないものを見つけてしまったのだ。『部長』という札が置かれた立派な机の上でテキパキとパソコン業務に励んでいる、御座鳴副学科長を!

「あれ、副学科長!」

 思わず叫んでしまった有象に対して、

「やあ、有象先生。こんにちは」

 と共同研究室で見るときとは違って自信に満ちた表情をする、御座鳴。

「こんにちは、じゃないですよ。副学科長が全然お姿を見せないので講師のみなさんがとても不安げですよ」

 有象が文句を言う。

「ああ、すみません。みなさんには伝えていなかったのですが、私って実は新年度から経理部長兼任教養学科副学科長になっていまして、主たる軸足は現在こちらなんですよ。ははは」

 なんなんだ、この人変わりな自信家ぶりは?

「私ってば実はですね、経理士・公認会計士・税理士・医療事務員・弁理士・救急救命士に弁護士の資格を持っているのでね。いわば『事務方オブ事務方』なんですよ。だから、こちらの経理部はもう、私にとっては天職のようです。毎日が充実して楽しいですねえ」

「でも、確かご出身は東京大学大学院文学部史学科考古学専門博士課程修了ですよね? どうやったら簡単に司法試験などに受かるんですか? 司法試験に何浪もしている人が聞いたら恨まれて殺されますよ」

「それは困りますねえ。でも、恩師である名無野先生が『きみは事務方向きだから遺跡の発掘はいいから資格をたくさん発掘して来なさい』と若い頃の私に仰られまして。まあ、勉強は当然ながら苦手ではなかったのでね。いろいろな資格試験を受けたら驚くことに全部受かってしまいましてねえ」

 有象はひっくり返りそうな面持ちだった。

「だったら考古学なんか別に学ばなくても良かったじゃないですか?」

 と思わず言ってしまう。すると、

「そうはいきませんよ。中学生の時に名無野先生の御本『考古学への誘い』に感銘を受けて先生の直弟子になるためだけに勉強に勉強をして、やっとの思いで先生の『腰巾着』と呼ばれる地位までになれたのですからねえ」

 御座鳴は要するに名無野超名誉教授の強心的な信奉者であって、彼に言われたことならばなんでもやってしまうんだと有象は気がついた。里見先生の家の六つ子ちゃんが名無野超名誉教授の出発前だったら、名無野は御座鳴に『日本史特講』の講師を命じて、御座鳴も嬉々として受けたことだろう。超教授のアフガニスチャン出発のタイミングが悪かったのだ!


 などという事件(?)がほんの数日前にあったので、有象は御座鳴の居場所を知っており、他の講師たちのように騒いだりしないのだ。基本的に御座鳴はこの教養学科のことなどほとんど眼中に無いのだ。

 その御座鳴が研究室に現れたことに有象は驚くとともに、嫌な予感がしてならなかった。御座鳴が来るということは何かしらトラブルが起きるということなのだ。


「ええと、皆さんお聴き下さい。本日、理事長の方から辞令があり、新しい講師の先生がこちらに配属になりました」

 ウォーという歓声が起きる。員数が減少してばかりの教養学科に久々の増員だ。しかし、有象だけは、

「あの理事長のことだ。なにかしら、おかしな嫌がらせをして来るに違いない」

 と様子を慎重に伺っている。

「森先生、森先生。こちらにお越しください」

 御座鳴が呼ぶと、髪を七三に分け、口髭を生やした背の高い男が現れ、

森郊外もりこうがいと申します。国文学を教えております」

 と挨拶した。

(ほらね、私に対する強烈な嫌がらせだよ。ここに国文学者で小説家の有象無蔵がいるのにさ。国語講師を被せて来たよ。教養学科の国語の講義は『文学特講』だけだ。これは私から講義を奪うということだ。しかも森郊外だってさ。偽名もいいところだ!)

 有象は無表情で固く口を結んだ。その表情をチラ見した御座鳴が慌てて説明する。

「有象先生がいらっしゃるのに国文学の森先生がいらっしゃるのはおかしいと思われるでしょうが、これは『日本史特講』というイレギュラーな講義をされてご苦労が絶えない有象先生のために、理事長がわざわざお知り合いから森先生をご紹介いただいた訳です。これで有象先生の負担が軽減され、小説の方でも活躍されて『芥川賞』でも受賞されればこの教養学科も盛り上がるということですよ」

 御座鳴の言葉に烏兎や中山などのバカ講師がニコニコと笑顔で納得している。カチンと来た有象は、

「御座鳴副学科長、『芥川賞』はですね、一生に一回しか獲れないのですがね」

 と含みをたっぷり込めたイヤミを発した。「兼任」の言葉に反応した講師たちが、

「副学科長、『兼任』ってどういう事っすか!」

 と騒ぎながら御座鳴をトッチメている。いい気味だ。


 その間に有象は、

「森先生」

 と森郊外を研究室の外に連れ出した。

「なんでしょうか?」

 下手に出てくる森郊外に対して有象は、

「あなたは『青龍塔の方』の配下の人でしょう?」

 と訳のわからないことを言い出した。すると、

「まあ、有象先生ならすぐに見破ると思いましたよ。ただ、誰も理解できないと思いますが一応他言は無用に願います」

 森郊外はあっさりと有象の発言を肯定した。

「確か『青龍塔の方』のトップの重臣十二人のなかに他人になりきれる変装の名人がいましたよね?」

「ますますご名答。なんなら有象先生になりきって講義をしてもいいですよ。学生たちは気が付かないでしょう」

 森郊外は言う。

「やめてくれ。あなたは確か中華で仏教の修行をして来ていて中国の漢語からハングル、それに日本の古典にまで精通しているのでしょう? 現代小説しかわからない私より遥かに優秀なはずだ。しかし、それにしても森郊外とは人を食った名前じゃあないですかね?」

「本当は夏目葬式でも良かったのですが(笑)、あまりにも縁起が悪いということで。ああ、申し上げておきますがわたしは決して有象先生の敵ではありません。この学園では唯一無二に近い味方だと思っていただいて結構ですよ。あの方と有象さんは『お友だち』であり、一方のわたしはあくまでも、あの方の一家臣にすぎませんからね。扱いが違います」

 森郊外が頭を下げる。

「そんなことを言ったって結局は諸葛理事長に味方するんじゃないだろうな?」

 有象が疑り深く訊ねる。

「有象先生。我々、古参の家臣たちは諸葛純沙大軍師を必ずしも快く思っていませんよ。彼女はクールすぎて、本心を決して我々には見せないのです。それに皆が恐怖感と反抗心を持っています。全ては、あの方がとても彼女を引き立てているから従っているまでです。我々だって将棋の駒でいられるほど低いプライドではありません」

「そうなのか。ふうん、ならいいや。よろしく頼みます」

 有象は大講堂に向かった。しかし、大軍師ってなんだ? 森郊外の本名ってなんだったかな? 忘れてしまったぞ。まあいいや。


「こんにちは。講義を始めます。しかし、第五回にして、いまだに古代の中盤にも至っていませんねえ。一応日本史通史の講義の予定なんですけど、どこまでいけますかねえ? せめて『壬申の乱』までは行きたいですね。あそこが古代史のクライマックスであり、古代史を嘘八百なものにした犯人たちが正体を現すのですがね。どうかなあ。聖徳太子のあたりで終わっちゃうかも……失礼、まもなく聖徳太子編でした。まだ時期的に夏季休暇前でしたよ。私としては鎌倉武家政権の源家将軍滅亡後の北条得宗家のこと摂関・親王将軍や『応仁の乱』周辺の時代が日本史の中で一番面白いと思っているので、そこまではやりたいですね。戦国時代以降は司馬遼太郎氏の小説を読めば十分というか、日本人の中世歴史観は『司馬遼太郎史観』だと言っても過言ではありませんからね。もう亡くなってから何年も経っているのにいまだに書店の新潮文庫と文春文庫の棚には司馬遼太郎氏の作品は差さっていますからね。私の文庫と来たら全て絶版なのに! そうですよ! 重版未定ではなくて絶版ですからね! 古書店にももうないのですよね。希……ではなくて佐竹さん?」


「はいっ、ブックオンさんでも引き取り価格は0円で、廃棄処分するか訊ねられます!」

 元気に発言する希に、他の学生たちが爆笑した。有象は希が余計なことまで言うので、自分で振っておきながら有象は内心(希め!)と少しムッとした。


「ゴホン! では始めますよ。穂高くん、いつまでもどでかい身体で笑ってるんじゃありません。横隔膜が壊れますよ。君の場合はハラミと呼んだ方が似合うかな。ははは。では、本当に始めます。」


 これってアカハラではないのか?


「もうみなさんお気づきだと思いますが、宮内庁が正式に発表している歴代天皇の系図は日本史学から見ればデタラメであり『万世一系』などと言うのは全くのウソです。ああ、この講義に宮内庁職員のご家族とか、極右主義者の方はいませんよね。暴力では世界を変えることはできませんからね。旧日本社会党の浅村稲次郎委員長を殺害した山口二矢少年のようなことをしてはいけませんよ。間違っても『アマゾネス』で鋭利な包丁なんか購入しちゃダメですよ!」


 学生は皆、口をポカンとしている。ネタが古すぎて、誰もわからないのだ。


「歴代の天皇を明記した日本国初めての国史は『古事記』と『日本書紀』と言うことになっていますが現存しないだけで、継体・欽明朝時代の『帝紀』と『旧辞』の存在を津田左右吉博士が言及していますが全く実物が現存していませんのでなんとも言えません。ただ『古事記』『日本書紀』がそれらや中華の『国史』朝鮮半島の『三国史記』などを参考にしているのは間違いありません。また、聖徳太子と蘇我馬子が編纂したといわれる『天皇記』『国記』『臣連伴造国造百八十部并公民等本記』が完成していたともされているのですが、これは中大兄皇子らによる『乙巳の変』で蘇我入鹿が殺されて、蘇我本宗家の未来に絶望した父親の蘇我蝦夷が邸宅である豊浦宮を燃やしてしまったためその書庫に収められていた三書も一緒に焼失したとされています。『古事記』と『日本書紀』については後々に詳細をお話しする予定なのでちょっと内緒にしておきますが、実は両書は天武天皇及び皇后で後継の天皇である持統天皇の王朝を正当化するために編纂された『偽書』の可能性が非常に高いのです。なので『記紀(古事記と日本書紀のこと)』はほとんど信用に値せず、初代・神武天皇から欠史八代と呼ばれる二代・綏靖天皇から九代・開化天皇までは実在しなかった可能性がとても高いのです」


 ここで、有象は野球部期待の星、穂高くんよりも一回り大きな身体つきの学生の名を呼んだ。

「ねえ、去年の高校総体相撲優勝の諸見里くんさあ、歴代横綱の四股名って全部言える?」

 指名された純情相撲青年、諸見里くんは顔を真っ赤にして、

「ういっす、すみません。全く言えません」

 と小さい声で答えた。

「なんだよ、相撲ってのは単なる格闘技ではなく古代の野見宿禰対当麻蹴速から始まる『相撲節会』という宮中の神事であったし、日本相撲協会的には自称・国技と言ってるよ。これはさあ、明治時代に板垣退助が常設の相撲会場の名前を『国技館』と付けただけで本来はなんの根拠もないのだけどね。諸見里くん、そう言った歴史もしっかり頭に入れておくようにね。将来、角界入りするんでしょ?」

 と有象が忠告する。

「ごっつあんです」

 諸見里くんったら、相撲業界の用語程度はわかるらしい。

「まあいいや。私は好角家だし、国技館のお茶屋さん、ああ今は国技館サービスと言うのだけれど、そこの『一番・高砂家』さんから枡席のチケット買っているからね。祖父からの古い付き合いで、購入をやめるわけにはいかないんだよ。まあ、それはともかくとしてね、説明に必要な出だしだけ言いますよ。日本相撲協会が公式としている初代横綱は明石志賀之助。この人がとても強かったので『日下開山』と呼ぶのですが、今のスポーツアナウンサーや解説者の中には何を勘違いしてるのか、それとも間違った知識をひけらかしたいのか知らないけれど、横綱イコール『日下開山』と思っている人が多くて私はとても情けないです。ただこの人は神話、伝説の力士で本当にいたかも、横綱を締めたかどうだかもわかりません。二代・綾川五郎次、三代・丸山権太左衛門も一応実在はしましたが強かったというだけで本当に横綱だったという証拠は全くないのです。実質的な本当の横綱は四代・谷風梶乃助と五代・小野川喜三郎の同時横綱昇進からです。これは熊本細川藩の家臣、吉田司家が相撲のオーソリティーということでこの家が横綱免許を出していました。現在は吉田司家と日本相撲協会は絶縁しています。吉田司家に不祥事があったからです。余計な知識でした。さて、同時昇進の場合は先に引退した方が若い代数になります。谷風は現役中に不幸にも流行り風邪で亡くなったので若い四代なのです。ちなみにその流行り風邪を江戸の人々は『谷風邪』と呼びました。というのはまたも余計なことでした。相撲は人気があっていろいろな場所で辻相撲が行われましたが風紀が乱れるため、江戸幕府に一旦は禁止されてしまいました。その後、寺院の境内で寄進のための興行として行う『勧進相撲』が許されて、そのための相撲興行の株をもらうための届け書きを寺社奉行へ提出しなくてはならなかったのですが、その届け書きに『相撲には歴史があるんだぞ』という箔をつけるために、こんな強い横綱が過去にいたのだというために三名の横綱をデッチあげたらしいのです。こんな相撲の話を長々としたのは、それと同様にですね、私は『記紀』に載っている九代・開花天皇までは少なくとも天皇位に対する箔付けのための創作かそれに近い人物が居ただけで正式な大王ではなかったのではないかとと考えています」


 ここで、遅ればせながら有象の水分補給タイム。2リットルのペットボトルが三本に増えた。五月になって気温が上がったせいだろう。これが夏になったらどうなるんだろう。鯨飲とは有象のためにある言葉だ。馬食は好食に置き換えたほうがいいかな?


「さて。現実の天皇(大王)ですが、学界では三つの説が有力視されています。十代・崇神、十五代・応神、二十六代・継体天皇です。あくまでも私の推論ですが、この三人の天皇、三人ともが初代天皇だったのではないかと思います。ええと、意味わかりますか? わかりませんよね。つまりは、この三人が三人とも前王朝から天皇(大王)の座を奪い取った。つまり新しい王朝を作ったということです。中華帝国でいう『易姓革命』が起きたということです。ねえ、本当にご家族に宮内庁関係者や極右の人がいる学生さんはいませんね? もしいても、その人にはこの講義とか私のことは絶対に言わないでくださいよ。ホントに抹殺されかねないことをお話ししてるんですよ」


 学生たちは有象がジョークを言っているのか真剣に恐れているのか判断できかねて、薄ら笑いを浮かべていた。


「さてまず十代・崇神天皇に関してなのですが二つの考えがあります。一つは前に話した朝鮮半島南部にいた倭人が作ったヤマト王権の初代大王です。崇神天皇と神武天皇の和風諡号が同一であること、大和国の三輪山を中心に古墳群がたくさんあることから言われています。しかし私は異説を持っています。崇神は『大物主命』という神を信仰していますが、この神は『大国主命』と同一視されているのです。『大国主命』は『天照大神』に『国譲り』を平和的にしたとなっていますが、実際には戦争をして『大国主命』は敗れて殺されたのでしょう。ここで、問題になるのは古代から中世までは『怨霊』を日本人は恐れ、実際に、菅原道真や崇徳上皇などが都に大災害をもたらしたので『鎮魂』として彼らを神にしました。北野天満宮や太宰府天満宮は菅原道真鎮魂の神社であり『学問の神』になったのは道真がとても賢かったからという後付けなのです。崇徳上皇も白峯神宮や香川県に崇徳天皇陵があり、明治天皇や昭和天皇が勅使を出して鎮魂をしているのです。もう、ごく最近までですよね。『大国主命』には『出雲大社』。これは『いずもおおやしろ』と呼ぶのが正式です。一番最初の『出雲大社』は信じられないくらい高い本殿を太い木で支えていたようです。CGでは再現されていますが、実物を作らないということは現代技術では不可能なのかもしれません。そんな因縁のある『出雲大社』が江戸時代以降『恋愛・縁結びの神』になったのは出雲に宿屋兼ツアーコンダクターみたいな人がいて、大都市に宣伝に行った時にそういうことにしたのです。ああ、だいぶ話がそれましたが、崇神天皇は出雲国の人間で、最初のヤマト王権を武力で奪ったという推測もできるということです。まあ、学界では無視されるでしょうし、私は史学界の人間でもないですからね。小説的発想と思ってくださって結構ですよ」


「小説だということは、教授の学説はフィクションということですか? それでは『日本史特講』に当たらないと思いますけど!」

 清山ソフィアがクレームをつける。


「うーん、そう取られると困りますね。私は今回『日本史特講』を引き受けるにあたり、多くの史料などを丹念に読み込みました。しかし、完璧にこうだと言える部分は古代史にはありませんでした。多くの先人が多くの私論を発表しています。彼らの学説にも想像の部分がたくさんあります。当然、私にもあります。その時に小説家でもある私の想像内に小説的なものが入ってしまうのはご勘弁いただきたいですね。司馬遼太郎氏を筆頭に松本清張氏、海音寺潮五郎氏、最近では井沢元彦氏ら小説家が各々の史論を唱えていますが、その思考の中では絶対に小説的想像を働かせていると思います。まあね、小説がつまらなかったら読むのを止めればいいように、私の史論に不満があれば講義に出なくてもいいですよ。ちゃんとみなさんにA評価はあげますからね。『有象史観に問題ありと明言! 学習意欲旺盛!』という評価理由でね」


 有象が言うとソフィアが、

「すいません。浅はかでした」

 と何故か引いた。


「いや、いつも常識……私の場合は非常識だけども、講師の喋ることに疑問を持つことはとてもいいことです。学問の徒は批判精神を持たねば世界の知識は発達しません。と言うところで次は応神天皇なのですが、お時間が来ましたのでまた次回としましょう。さようなら」


 有象は今日も講義終了十分前に出て行った。

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