第2話 学問の府の吹き溜まり
天熊総合学園は、創立まもない私立の学校ではあるが、最近、教育界を中心に各方面においてその斬新な運営・指導方針が注目の的となっている。
『学校とは学問の好きなものが通うところである。学問嫌いは来るなかれ』
という一文はこの学園の教育に対する姿勢を如実に表している。創設協力者の言葉だというが、具体的に誰が述べたのかは不詳だという。伝統校でもあるまいに、なぜ? というこの疑問はこの学園の七不思議の一つとされている。ただし、残り六不思議は今のところ存在していない。
「日本の教育は大学に入学するための勉強、つまり入試合格のための受験勉強にばかり力を入れており、本人ばかりでなく保護者も高校教師や予備校の講師の方々も大学合格を勉強のゴールだと勘違いしています。確かに暗記とテクニックだけの詰め込み勉強は大学に入るまででおしまいでしょう。しかし、大学に入った瞬間に本当の学問への道がスタートするのです。なの大学に入った多くの学生が学問へ情熱を傾けずに遊んだりサークルを楽しんだりバイトに励んだりしています。それが戦後、日本の大学の当たり前で常識のような慣習になっています。曰く『大学生は勉強をしない』と。しかし学問をしないのに大学に入るのは人生のムダです。大学は義務教育ではないのです。ですから当学園では成績不振者、出席日数不足者は強制的に除籍・退学していただいております。苦学生、経済困窮の学生には返金義務のない奨学金制度を複数用意しています。手続きは至極簡単です。とにかく、学問のしたい方ならとことんまで知的追求をして貰える環境はできています。そこから近未来の地球を支える人材を輩出し、文明社会に貢献できるような人材育成に努めてまいります」
天熊総合学園理事長・諸葛純沙氏談。(夕日新聞一月十日)
「純沙理事長、相変わらず良いことをおっしゃいますねえ。お若いのに感服いたします。ではわたくしはこれからアフガニスチャンにてシルクロード遺跡の発掘に行ってまいります。帰りは来年の夏頃ですかねえ。ではみなさん、ごきげんよう」
そう言い残して読んでいた『夕日新聞』を丁寧に畳んでテーブルに置いた天熊総合学園大学特別超名誉教授兼教養学科部長(委託)の
あらかた日本の古墳・遺跡を掘り尽くした七十歳の時に政府や文部科学省から文化勲章、重要無形文化財(人間国宝)の打診を受けたが、
「わたくしはまだ学究の中途でまだまだやることがありますので」
と言って受勲を断り、中華大陸に渡って『ユーラシア大陸・シルクロード発掘踏破の旅』という、一昔前の『電波少年』がやったような無謀極まるフィールドワークを敢行し始めた。そして伝説の王朝と言われている『夏』よりももっと伝説にも残っていなかった超古代『冬』王朝の遺跡を発掘。さすがの中華共産党・周三平主席も度肝を抜いて名無野を『満漢全席』でもてなしたと言う。さらに一旦帰国して事務処理と就労ビザを取得して今回はアフガニスチャン入りしたわけだが、ご存知の通り、当国は現在、サリバーンやイチュラム国(IT)が拳銃やマシンガンをぶっ放したり自爆テロを起こしてたいへん危険な場所である。ところが名無野が来ると知った両勢力は突如休戦協定を結び、
「スーパー・プロフェッサー・ナナシノの研究に全面協力をすることを世界に約束する」
と連名で各国プレスに発表した。
名無野超名誉教授はこのように老齢であってもバリバリの現役で、誰もが尊敬している。しかし、名誉と名がついていて持っている肩書きは天熊総合学園大学の特別超名誉教授の肩書だけ。日本をはじめ世界各国の勲章授与は全て断り、名のある賞も全て辞退している。そんなセレモニーに時間を割くくらいならば少しでも長く現場にいたい。彼が唯一引き受けるのは日本帰国時の学生や知識欲旺盛な一般の人々への講演会だけである。
とかく名無野は忙しい。天熊総合学園大学の教授室の椅子に座ることはほとんどない。
そして、残された教養学科共同講師研究室。
ここにいる教授、准教授、講師は実のところ、問題だらけの人物たちばかりなのである。
だいたい『教養学科』と言うのがおかしい。『教養』と名がつくのはこの学園の講義で言えば一年次の『一般教養』つまりプログレスだ。ところが『教養学科』に所属する彼らの講義は一般教養だけなのだ。自らなにかの研究をするのではなく、過去のネームバリューや縁故などと各学部学科で問題を起こした者だけが集められた『やさぐれ者』ばかりの学科なのである。
なぜ『学問大好き学生』を求める天熊総合学園大学にそんなおかしな学科があるのか?
それは諸葛理事長が「ハタラキアリやハタラキバチの中には一定数の『怠け者』つまり『ハタラカナイアリおよびハチ』が存在します。会社や軍隊といった人間の集団にも当然一定数の『サボり』人間が出てくるのです。かつて流行った『80:20』の法則です。でしたら初めからその20を常時置いておけば期待した人材が『サボり』組にならないのではという、ある種の社会実験なのです」
と有力な資金提供者たちに告げ、わざわざダメな奴らを招聘したのだと戦略の全貌を明かした。さすが軍事学の第一人者だ。
その一人、
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