第251話 二人だけの秘密

 緑色の瞳でジッと自分を見つめるリオを見て、コウマは照れ隠しのように苦笑を浮かべる。


「俺だってビックリだぜ。ずっと女好きだと思っていたのに……まさか、生まれて初めてこいつのためならどこかに所帯を持って落ち着くのも悪くねえな、って思った奴が男とはな」

「コウマ……」


 声を詰まらせるリオに、コウマは柔らかい声音で言った。


「なあ、リオ。俺じゃ駄目か? レニの側にいたら、お前はこれから先もずっと自分が女でいさせられていた過去のことで苦しむぞ。男は、惚れた女の前じゃあ見栄を張らなきゃいけねえからな、きっと辛くなるぜ? お前はレニに惚れすぎているからな」


 コウマの言葉にリオは唇を噛む。その姿を見ながら、コウマは言葉を続けた。


「俺のそばにいて遠くからレニを思っていたほうが、お前にとって楽なんじゃねえか?」


 何かを考え込むように一点を見ているリオの緑色の瞳の光を、コウマは見つめる。

 ジッとしたまま動かないリオを見て、コウマは言った。


「レニは、お前の捻けきった僻みも我が儘もわかんねえぞ。これから先もずっと、お前のことを何もわからなくて、頓珍漢なことばっかりやらかすぞ」


 静かな空気が流れたあと、コウマは小さく息を吐く。

 リオはいま、真剣に自分が言ったことに向き合っている。だからこそわかる。その答えはすでにリオの心の中にあり、決して揺らぎようがないものであることが……。


「まあ、そうだよな」


 コウマは肩から力を抜いて、リオから目を逸らす。半ば呆れたように半ば寂しげに呟いた。


「わかっている。お前にはレニなんだよな」


 コウマの言葉はリオではなく、自分自身に言うようなものだった。


「レニしかいないんだよな」

「すみません……」

「アホか、謝るようなことじゃねえだろ」


 最初からわかっていた。

 それでも目の前ではっきり答えを出されると、胸が刺すように傷んだ。

 コウマは一瞬目を閉じたが、すぐに笑って夜空を仰いだ。


「あーあ、失恋かよ。信じらんねえな、俺みたいないい男が」


 明るい声で空に向かって言ってから、コウマはリオの細い肩を乱暴に小突く。


「おいおい、何、この世の終わりみてえなしけた面してんだよ。お前が俺を振ったんだぜ。逆じゃねえだろ」

「コウマ……」


 リオは顔を上げて何か言いかけたが、すぐに下を向く。緊張したように体を強張らせているその姿を、コウマはひどく優しい目付きで見る。


「何だよ、まだ間抜けだって罵り足りねえのか?」

「あの」


 リオはありたけの勇気を振り絞ったような声で言った。


「……友達になってくれませんか」

「は?」


 コウマは呆気に取られて、顔を赤くしているリオを見る。


「そ、その……あなたが嫌でなければ」


 リオは独り言のように呟く。


「あなたは俺にとって、初めて友達だと思えた人だから、その……出来れば、ずっと友達でいてくれたら……と」


 口ごもりながらリオがそこまで言った瞬間、コウマはやにわに笑い出した。

 弾かれたように顔を上げたリオに向かって、コウマは笑いながら言う。


「お前、振った直後にそんなとどめを刺すようなこと言うか? すげえな」


 笑いすぎて腹まで抱えているコウマを見て、リオは顔を真っ赤にする。羞恥の余り体をわななかせながら、無愛想な声で言った。


「あなたがイヤなら、俺は別に……」

「アホか」


 不機嫌そうなリオの横顔に向かって、コウマは言った。


「言ったじゃねえか。俺は友達ダチとはやらねえって」


 自分のほうに向けられた緑色の瞳に、コウマは笑いかける。


「俺は、とっくにお前の友達だよ。これから先、ずっとな」

「コウマ……」

「チューはしちまったけどな」


 揶揄するようなコウマの言葉に、リオは焦ったように目を逸らす。


「そ、それは……本当に……その」


 まあ、いいってことよ、と気楽に言いかけて、ふとコウマはリオの顔を見直した。

 少し口を閉ざした後、穏やかな声音で言った。


「あれは、レニには内緒だな」

「は、はい! もちろん……」


 慌てたようなリオの言葉を遮るように、コウマは言った。


「あれだけは、俺とお前だけの秘密だな。墓場まで持っていってやるよ」


 だから、お前もずっと覚えていろよ。

 コウマの言葉に、リオは半ば気まずそうに半ば困惑したように、「はい、すみません……」と口の中でボソボソと呟く。

 そんなリオの姿を眩しげに見つめて、コウマはもう一度笑った。


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