第106話 無理だったんだよ。


 オズオンはレニの感情はまったく気に留めず、満足そうに頷く。


「察しが良くて助かるぜ。つまり国王を殺そうとしている奴は、国王殺しのついでに、その罪を俺とお前になすり付けてめようとしている、ってことだ」


 オズオンは、皮肉と嘲笑を含んだ声で付け加えた。


「誰が黒幕にしろ、国王が死んだらお前の気に入りのあの淫売奴隷、あいつが実行犯だっていう筋書きはくつがえせなくなる」


 リオの名前が出てきた途端、レニの顔は蒼白になり細かい震えを帯びる。そんな姪の姿を、オズオンは嘲るように眺めた。


「学府にいさせるって、アホかよ。万が一、国王が死んだら、次の日には山のように役人が来て、国王殺しの犯人として引っ張っていかれるぜ。あいつにあることないこと吐かせて、後は口封じに吊るしちまえばいい。筋書きを書いている奴が誰であろうと、そう考える」


 オズオンの黒い瞳に抜け目ない光が宿る。


「もしくは逆かもしれねえな。あいつが急にいなくなったから、こういう筋書きを思いついたのかもしれねえ。何せ国王殺しだ。捕まったら黒幕を吐かせるために、ありとあらゆることをされる。まあ黒幕どころか何も知らねえんだから、吐きようがねえんだが。

 あいつが国王殺しとして捕まったら、拷問されて喋り出した時に、俺たちの名前を口走らないように祈るしかなくなる」


 オズオンは面白くなさそうに笑いながら、全身の血が抜かれたように蒼白な顔をしているレニの顔を眺める。


「これで、わかっただろ? 何もわからねえまま国王に死なれたら、俺もお前もあの淫売も、仲良く破滅だ。どうにかして裏で糸を引いている奴、そいつが何のつもりかを突き止めなきゃならねえ。まあ、レグナドルト辺りが一枚噛んでいるんだろうが」


 オズオンは独り言のように呟いてから、半ば忌々しげな半ば嘲笑を含んだ暗い眼差しをレニに向けた。


「国王が死んだ時に、実は王妃と消えた寵姫が一緒に逃げ回っていたなんて分かったら、裏で糸を引いている奴らはよだれを垂らして喜ぶだろうな。

 お前とあいつが元々デキていて、国王に遅効性の毒を盛って逃げた。三文芝居みてえな筋書きだが、政治的な駆け引きよりも色恋のもつれのほうが、宮廷の奴らにも下々の奴らにも受けがいい。お前は王妃の身で卑しい奴隷を寝床に引き入れた色狂い、王も国も裏切った売女として王妃の身分を剥奪されて殺される。『所詮はあのグラーシアの孫だった』そう言われてな」


「叔父さま」


 マルセリスが強い非難を込めて、オズオンを呼ぶ。

 オズオンは構わずに話を続ける。


「そうなったら、お前の後見をしている俺も責任は免れねえ。やってもいねえ国王殺しに連座させられるなんて御免だ。いくさをするしかなくなる。レグナドルトとやるのは気が進まないが、向こうから仕掛けてくるなら仕方がねえな」


 オズオンは、青ざめた顔でジッと押し黙っているレニに視線を向けた。


「国王を殺した大逆の罪人は、世界の果てまで追われる。王都に戻って今の事態をどうにかする以外、お前には道はねえよ。最初から、無理だったんだよ。あの奴隷と王宮から逃げ出すなんてこと自体がな」



3.


 外の気配がやにわに慌ただしくなり、レニは物思いから覚めた。

 窓の外を見ると、いつの間にか船は止まっていた。


 空は今にも雨が降りそうな灰色の雲に覆われている。目の前に広がる河面の遥か先に、王都の街並みが見えた。

 その遥か先に、暗い空気を反射する巨大な青白い建物が見える。

「神々の遺跡」と呼ばれ、約三千年前から存在する大陸の支配者の住まい青月宮せいげつきゅう

 

 戻って来てしまった……。


 レニは虚ろな眼差しで、一年近く前にリオと二人で旅立った故郷を見つめた。

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