第105話 王都の出来事・2


「あの男妾が疑われているだけなら、あいつを吊るしてそれで終わりに出来るんだかな」


 オズオンはそげた頬を不快げに歪め、唾でも吐きたそうな顔で吐き捨てる。


「国王を殺そうなんてだいそれたことを、あいつが一人で目論むわけがない。こうくる」

「黒幕は誰か、っていう話になっているのね?」


 マルセリスが話を受ける。

 獰猛な苛立ちを露にするオズオンとは対照的に、感情の揺らぎを抑えた声だ。

 

「黒幕?」


 呟くレニの顔を、オズオンは一瞥する。


「そうだよ、妃殿下。誰かが、国王が寵愛する妾を抱き込んで国王を害するように指示した。それは誰か?   

 宮廷の奴らの関心はそこだ。実際に国王に毒を盛ったペットは道具に過ぎねえ、んなことはみんなわかっている」

「誰かが、って……」


 不快げに底光りする眼差しを向けられて、レニは口にしかけた疑問を飲み込む。

 祖父に支配された暗い宮廷で、生き抜くことだけを必死に考えていた日々に、心が戻っていく。

 レニの顔つきは、リオと旅をしていた時の明るく快活な年相応の少女らしいものから、徐々に表情を出さない無機質で冷たいものへと変わっていった。

 探るような用心深い口調で、レニは尋ねる。


「叔父さんが、黒幕だって疑われているの?」


 オズオンは少し黙ってから、ゆっくりと答えた。


「それが今のところ、一番有力だ」


 口を閉ざしているレニを見て、オズオンは忌々しげに舌打ちした。

 手の内を明かさなければ、それ以上話を進めることは出来ないと悟ったようだった。顔を横に向けて、話を続ける。


「王妃ももうとっくに殺されていて、後宮にいるのは俺が用意した影武者だ。国王を殺した後は、そいつを傀儡にして、ゆくゆくは自分に王位を禅譲ぜんじょうさせる。つまり、元々俺が全部、仕組んでいたっていうことで話が出来上がっている。何せ王妃さまは、後宮に引きこもってごく少数の侍女以外寄せ付けねえんだからな。そもそもおかしいと思っていた、なんてほざく奴らが出てくる」


 オズオンは罠にかかった野獣のような、獰猛な怒りを瞳にほとばしらせる。


「冗談じゃねえ。俺は国王っていうぎょくを握っているんだ。自分の手の中の珠を、何だって砕く必要がある? お前らを殺して自分が王になるつもりなら、お前が親父をブチ殺した時にとっくにそうしている。今さらそんなことをしたって、俺には何のうまみもねえ」

「問題はそこじゃない、ってことだよね?」


 レニは、思考の中に沈みながら言った。


「叔父さんが、今更、陛下を殺したところで何の益もない。でもそれは問題じゃない。叔父さんが王位を乗っ取るために陛下を殺した、という筋書きが出来上がることを望む人がいる、っていうことだよね?」

「やっと頭が回り出したみたいじゃねえか」


 オズオンは皮肉っぽい口ぶりで言う。

 レニは瞳を細めてオズオンの顔を眺めた。


「私が帰らないと叔父さんは、だいぶ困った立場になるんだ? そのうち、王妃はどうした、なぜ出て来ない? っていう話になるだろうしね」

「まあな」


 オズオンはあっさりと頷く。

 僅かに怪訝そうな顔つきになった姪の顔を、斜めに見下ろした。


「だがな、困るのは俺だけじゃねえ。国王の坊やが死んで王妃さまも行方不明となりゃあ、生まれたてでも取れてねえあの国の全体が困った羽目になる。実際、国王が倒れたのは本当だ。いま、あいつが死んだら、何が起こるかわからねえ。下手を踏めば、俺も、場合によっちゃあ、お前も濡れ衣を着せられかねねえぞ」

「私……?」


 疑問の形で呟いたが、レニにとってオズオンの指摘は意外なものではなかった。

「自分もオズオンと同じように立場が危うい」という考えは、オズオンが話し始めた時から頭の中に浮かんでいた。

 オズオンはそんな姪の様子を観察しながら、唇を舐める。


「俺が、自分が王位につくためにお前や国王を殺そうとしている。それ以外にもうひとつ、笑える筋書きが出回っているぜ」

「私と叔父さんが手を組んでいて、陛下をしいそうとしている」


 レニは笑いとは程遠い表情で、眉をしかめた。「自分がオズオンと手を組んで陰謀を企む」など、レニにとっては想像だけでも忌まわしいものだ。

 

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