第47話 パッセ
「コウマー---っ! コウマ、コウマっ! 会いたかったああー--っ!」
入口から駆け込んできた少女は、酒を飲もうとしていたコウマにいきなり飛びつき、その顔や胸に自分の頭をすりつける。
「いつ、来たの?! 私に会いに来てくれたの?! コウマ、私もコウマに会いたかったよおおっ!」
「パ、パッセ、お、お前、落ち着けよっ! やめろ、酒がこぼれる」
「パッセ」と呼ばれた少女は、抱き着いたまま、コウマが持っている杯を奪い取り卓の上に置く。そして、コウマの顔を自分のほうに向けさせた。
「コウマ、私、ずっと待っていたのよ。コウマは絶対、私のところに帰ってくるって信じていたから」
「いやまあ、信じるのは別に構わんけどよ」
とりあえず、飯食っていいか、と言うコウマの問いかけには答えず、パッセは不意に気付いたように、卓を挟んで正面に座っているレニとリオのほうへ視線を向けた。
その顔からコウマを見つめいた時には浮かんでいた、輝くような喜びが消えていき、代わりにひどく懐疑的な敵意すら秘めた表情が浮かぶ。
「ねえ、コウマ」
パッセはレニとリオに……とりわけリオの美しい姿に心を打たれながらもそれを意地でも認めまいとするかのような、険のこもった強情な眼差しを向けた。
「この
「誰って……」
コウマはこめかみの辺りを掻きながら、簡単な口調で言った。
「レニとリオだよ。旅の途中で知り合ったんだ」
「ふうん」
パッセは微かに敵意が揺れる瞳を細めて、レニとリオの顔をジロジロと眺める。
「知り合った、だけ?」
「あ?」
パッセの視線はレニを素通りし、リオのたおやかな容貌にピタリと当てられる。
リオが僅かに視線を逸らしたため、パッセは顔をさらに上気させた。
「彼女、とかじゃないよね?」
「そ、そんなわけないじゃん!」
「そのようなことはございません」
コウマが何か言うよりも早く、レニの慌てたような叫びとリオの氷を張りつめたような冷たい声が重なった。
コウマはそんなレニとリオの反応を微妙な表情で眺めていたが、頭を掻きながら面倒臭げに言った。
「ただの
「そうなんだ」
パッセは口の中で呟きながら、もう一度、リオの姿を上から下まで眺めた。
「ねえ、あなた」
パッセは焦りから来る敵愾心を、精一杯の虚勢で押し隠した声をリオに投げた。
リオが顔を上げ、深く青い瞳でパッセの顔をジッと見つめる。
パッセはわずかに顔を赤らめたが、すぐに負けまいとするかのように眉を吊り上げた。
「名前、何て言うの?」
「
「他に誰がいるのよ」
レニとコウマは、リオを睨むパッセと、その視線を平静な顔つきで受けとめるリオの間に流れる空気に、ハラハラした表情を浮かべながら見守る。
リオは、パッセから発せられる敵意を気に留めた風もなく、静かな声で答えた。
「リオ、と申します。お見知りおきを」
「何が『お見知りおきを』よ。気取っちゃってさ」
パッセはツンと顔を逸らした。
コウマが珍しく困惑したように間に入った。
「おい、パッセ。お前、何、喧嘩売ってんだよ。リオが……困っているじゃねえか」
コウマは、既にパッセから興味を失くしたようにレニの面倒を再び見だしたリオの様子に視線を走らせてから、とりあえず、と言った風に口を動かした。
「コウマが悪いんでしょ!」
パッセは顔を赤らめて言う。
「せっかく会いに来てくれたと思ったのに、女の子なんて連れてきて。何よ、デレデレしちゃってさ! みっともない!」
「デレデレなんてしてねえよ」
「しているもん!」
コウマから離れて悔し涙を目尻に浮かべたパッセを、食堂から食事を運んできたクシュナがこづいた。
「ちょっと、パッセ。あんた、何やっているのよ。お昼で忙しいんだから。手伝ってよ」
「何よ、クシュナ
大きな声で叫ぶと、パッセはわあっ!と泣き出し、奥のほうへ駆けて行った。
食堂内にいた客たちは何事かと顔を上げたが、大半の客は馴染みでパッセの気性もよく知っているのか、すぐに食事や談笑に戻る。
クシュナは食事を卓に置くと、ため息をついた。
「まったく、しょうがない子ねえ。十六の時って、あんな風だったかしら」
「若いからな。情緒不安定なんだろ」
コウマは適当な調子で適当な言葉を口にする。
クシュナは、何事もなかったかのように酒の杯を手に取るコウマを、勝気そうな眼差しで睨んだ。
「あんたが女の子なんて連れて来るからよ。しかもこんなに可愛い子たちを二人も」
「ご、ごめんなさい」
レニが意気消沈したように謝ると、クシュナは慌てて首を振った。
「ごめんね、そういう意味じゃないの。うちはさっきも言った通り、大歓迎よ。パッセも普段は人見知りしないし、同世代の女の子が来たら喜ぶんだけど。頭に血が上っちゃったのね。コウマのことを、ずっと待っていたから」
「パッセは、コウマのことが好きなんだ」
レニは、パッセが姿を消した厨房の奥を見ながら呟く。
「コウマと会った時から、ずっとね。いつかコウマと結婚するって信じているの。またコウマが、『結婚? 大人になったらいくらでもしてやるよ』なんて安請け合いするから」
「アホか、んなもん、マトモに返事したほうがおかしなことになるじゃねえか」
「ったく、こういう時はいつも男が悪者だぜ」と、コウマはぶつぶつ言いながら、串に刺さった肉を喰わえて、勢いよく引き抜く。
クシュナはしばらく妹が消えた厨房のほうを見ていたが、やがてレニとリオに笑顔を向けた。
「パッセも少ししたら頭を冷やすと思うから、気を悪くしないでね」
クシュナの言葉にレニは頷いた。
「遠慮しないで、ゆっくりしてね」と言ってクシュナがいなくなった後も、レニはジッと厨房のほうを見つめていた。
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