第46話 陽だまり亭の食事


「相変わらず、口だけは達者ねえ」


 クシュナは、自分よりも心持ち背が低い、コウマの姿を上から下まで眺めた。


「大丈夫だったの? 心配していたのよ。どこかで行き倒れているんじゃないかとか、身ぐるみはがされているんじゃないかとか」

「おいおい」


 コウマは呆れたように声を上げた。


「俺はそんなに間抜けじゃねえよ。旅の話はおいおいするからさ。まずは飯を食わせてくれよ。腹が減って、それこそ行き倒れそうだぜ」

「はいはい」


 クシュナは笑いながら答えてから、ふと、入り口に立っているレニとリオに目を向けた。


「コウマ、この子たちは?」

「ああ」


 コウマは気軽な口調で答えた。


「来る途中で知り合った連れだ。こっちの赤毛のちっこい奴がレニ。で……」


 コウマは一呼吸置き、表情を改める。


「こっちがリオ。こいつらも街にいるあいだ、置いてやってくれねえか」

「それはいいけれど」


 クシュナは、フードを取ったリオの顔を穴が開くほど眺めた。

 その口から、「ほうっ」というため息のような讃嘆の声が漏れる。


「信じられない。こんな綺麗な子を見たのは初めてだわ」


 クシュナはしばらく呆然として、リオの美しい容貌に見とれていた。

 やがて我に返り、コウマのほうに目を向ける。


「コウマ、あんた、まさか貴族のお姫さまを騙くらかして連れてきた、とかじゃないわよね」

「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ」


 クシュナに横目で睨まれて、コウマは抗議の声を上げる。


「こいつら二人は、親と揉めたとか色々あって地元を出てきたんだと。リオは箱入り娘だし、レニは田舎者だから、親切な俺が面倒を見てやっているんだぜ。タダで」

「最初は騙そうとしたけどね」


 横から入ったレニの言葉は聞こえないフリをして、コウマは話を続ける。


「リオは、金持ちの商人の娘なんだが、貴族の変態親父に目をつけられちまって、父親に無理やり結婚させられそうになったところを逃げてきたんだよ。危うくドスケベな貴族の野郎の毒牙にかかりそうだったんだぜ、ひでえ話だろ? 

 俺がいりゃあ、リオの親父に『商人なら、てめえの魂は質に入れても、娘には指一本触れさせるじゃねえ』って、ビシッと言ってやったんだけどな。物の道理ってもんがわかってねえよ。

 リオの親父がそこまで石頭野郎じゃなければ、『見上げた男だ。お前こそ真の商人だ。お前のような男こそ、娘の婿にふさわしい』とか何とか言ってリオと俺は、そこでめでたく結ばれるっていう寸法だったのにな。まったくうまくいかねえもんだぜ。

 え? レニ? レニは……お前、何だったっけ? まあいいや、レニはそのおまけだ」


 レニが作った話から多少変形した筋書きを、コウマは得々と話す。


「ひどいわ、女を人形か品物だとでも思っているのかしら。許せない」


 クシュナは憤慨したように言い、同情に満ちた眼差しをリオの美貌に向ける。


「金持ちの家のお嬢さんでも、苦労は私たちと変わらないわね。親の言いなりにならずに外に出るなんて、大人しそうに見えてしっかりしているのね。いいわ、いくらでもいてちょうだい。女だって、自分の人生を生きるために助け合わなきゃ」

「おうおう、女同士が助け合うでいいから、俺の胃袋も助けてくれよ」


 力強いクシュナの言葉に適当に相づちを打ちながら、コウマはさっさと四人がけの木の卓についた。

 クシュナは卓についた三人の前に、次から次へと料理を持ってきた。

 その合間に、レニやリオに話しかけたり、質問をしたりする。


「二人は幼馴染みなんだ。仲がいいのねえ。お姉さんと妹みたい」


 自分が食事をする合間に、何だかんだとレニの世話をするリオの様子を見てクシュナは笑った。

 クシュナの言葉に、肉の塊が連なった長い串と黒パンを片手に持ちながら交互に食べていたコウマが、我が意を得たりとばかりに言った。


「だろ? リオは、ちょいと過保護すぎるんだよ。レニなんて象に踏まれてもケロッとしているくらい頑丈なんだから、そこら辺にほっぽらかしておいたってなんてことねえのにな。リオは優しいから、放っておけねえんだよ、な?」


 リオは自分に向けられた言葉にいつも通り儀礼的な笑みを返すと、再びレニの口についたソースを拭いたり、食べるものが偏らないように、レニのために色々なものを取り分けたりしだした。


「リオ、この肉包み、すごく美味しいよ! 皮が自家製なんだって。他で食べるのよりもちもちしていて、肉汁がたっぷり染み込んでるよ!」

「レニさま、余り急いで召し上がられると体によくありません。先に、お野菜を少し召し上がって下さい」

「これ、なんだろう? すごい! 中に果汁が入っているんだ。この果汁、肉にかけても美味しい! リオも食べてみなよ。はあ~っ、幸せ~」

「レニさま、お手を。脂がついております」


 レニの手を取って、指を一本一本丁寧にふくリオを酒の杯を片手に見ながら、コウマはぼやく。


「はあ~、俺もあんな風にリオに面倒を見られてえ。リオって、いい嫁さんになりそうだよなあ」


 何で俺が、リオの幼馴染みに生まれなかったんだ。レニが幼馴染みだって、宝の持ち腐れじゃねえか。

 酒のせいもあってブツブツとぼやくコウマの言葉を、給仕をしていたクシュナが聞き咎める。


「コウマ、あんた、そんなことをパッセに聞かれたら大変よ」


 ただでさえ、あんたが女の子を二人も連れてきたって聞いたら、大騒ぎしそうなのに。

 そう言って、クシュナは軽くため息をついた。


「何でだよ」


 コウマは、レニの世話を焼きながら、ゆったりとした上品な仕草で香草をあえたものを口に運んでいるリオに、慌てたように視線を走らせる。


「パッセは俺にとっちゃあ妹みたいなもんだ。関係ねえだろ」

「あんたがそう言ったって、あのにとってはそうじゃないんだから。あの娘、家ではあんたのことばっかり話しているわよ。あんたが嫁にするなら、旨い飯が作れる娘がいいなんて言うから、料理ばっかりしているし。健気だと思わない?」

「あんなの酒の席の与太話じゃねえか」


「パッセ?」


 たっぷりとした果汁ソースに着けた魚のフライを幸せそうに頬張りながら、レニが怪訝そうに問いかける。

 クシュナは、レニのほうに笑顔を向けた。


「私の妹よ。レニたちと同い年くらいかしら。仲良くしてあげて」


 もうすぐ、帰ってくると思うんだけど。

 クシュナがそう言った瞬間。

 

「コウマぁぁぁーーっ!!」


 食堂内に大きな声が響き、何かがコウマに勢いよく飛びついた。

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