第42話 求めるものがある。

23.


 馬車は無事に当初の目的地である、公国の都サウラシュにたどり着いた。

 湖のほとりにある、風光明媚な都だ。

 隊商はここから西に進路を取り、大陸の中心にある王都へ行く。

 レニとリオ、コウマはここで隊商から降り、北を目指す。

 ソフィスは隊商にそのまま残り、王都へ向かう。

 三人とは、ここで別れることになる。



「ソフィスさま」


 隊商から降りる日、リオがソフィスに声をかけた。

 振り返ったソフィスに、リオは丁寧に頭を下げた。


「お世話になりました」


 少し考えた末、リオは小さな声で付け加える。


「……色々と失礼なことを申し上げて、申し訳ございませんでした」


 ソフィスは、顔を伏せているリオのことをしばらく見つめてから、ゆっくりと口を開いた。


「リオ、学府に行ったらクレオという人を尋ねるといい」

「クレオ……さま?」


 怪訝そうなリオの言葉に、ソフィスは頷いた。


「私の古い学友だ。私とは違い、非常に優秀な人間だったから、学府の教え手……導師になった。今はもっと偉くなっているかもしれん」


 ソフィスは、何か別のものを見るかのような表情で、リオの顔を見つめた。


「学府は、学生がくしょう同士で強い結びつきがある。私の名前を出せば、彼もある程度、君に便宜を払ってくれるだろう。かなり偏屈な男だから、付き合いづらいとは思うがね」


 リオは戸惑ったように瞳を伏せた。


「ソフィスさまは、なぜ私などのためにそこまでして下さるのですか?」


 ソフィスは自分が男だと気付いた時に、家出をした富裕な商人の娘などではなく、女の姿で主人に性的な奉仕をする存在だろうと気付いたはずだ。

 だがリオの告白を聞くまで気付いた素振りを見せず、変わらない態度で学府のことや学びの知識を教えてくれた。


 ソフィスは、リオの瞳を見つめて微笑んだ。


「リオ、君は同志だ」

「同志?」


 リオは大きく瞳を見開き、ソフィスに言われた言葉を繰り返す。

 ソフィスは頷いた。


「前に言っただろう? 学府で知識を追求する者は、年齢も出身も身分も性別もそれまでの境遇も関係なく、ただ知と真実への探求心のみで結ばれる。

 私と君は、年齢も生まれた場所も境遇も見て来たことも、経験したこともまったく違う。だがそれでも、私たちは志を同じくする仲間だ」


 ソフィスは強い光を宿した瞳を、リオのほうへ真っ直ぐに向けた。


「学府には、君の仲間が大勢いる。皆、新しい仲間が来ることを待っている」

「仲間……」

「学府に行きなさい、リオ。そこにきっと、君が求めるものがある」


 ソフィスの言葉に。

 リオは顔を伏せたまま、深く頷いた。



24.


 三人はコウマが交渉した旅馬車に乗り、北方と南方の境と言われる、暗黒の街ゲインズゲートに向かうこととなった。


「北に向かうなら、ゲインズゲートで冬支度を揃えねえとな。ごちゃごちゃしていて物騒な街だが、面白いところだぜ。お前らは、裏道とか行かないように気をつけろよ。昼間でも強盗やかどわかしが日常茶飯事だからな」


 コウマの講釈を一通り聞き終えると、レニは見送りに来たソフィスのほうを向いた。


「ソフィスは、王都に行くの?」

「ああ。王都かその近くの街で、塾を開いて子供や若者に勉強を教えるつもりだ」

「そっか……」


 寂し気に呟くレニの肩を、ソフィスは優しく叩いた。


「王都のほうへ来たときには、訪ねて来てくれ。リオと二人で」

「おいおい、爺さん。俺は仲間外れかよ」


 コウマの言葉に、ソフィスは笑って答えた。


「コウマ、君もな。大歓迎だ」

「また、会えるかな」


 レニの言葉に、ソフィスは頷く。


「もちろんだ。必ず会える。だから、安心して行きなさい。リオと一緒に」

「うん」


 レニはソフィスの老いた体を抱きしめると、旅馬車の荷台に乗り込んだ。

 

 レニとリオは荷台の上に並んで、見えなくなるまで見送るソフィスの姿を無心で見つめ続けた。


「さようなら! ソフィス! またねーーっ!」


 遠ざかる姿に呼びかけ、レニは大きく手を振る。

 その横で寄り添うように座るリオもまた、ソフィスの姿が小さく消えていくまで、その姿を見つめ続けた。




(第四章「暗黒街の再会」(暗黒街編)に続く)

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