第39話 花

18.


 大多数の人間にとっては、レニは年相応の愛らしさがあるだけのごく平凡な顔立ちの少女に見えるらしい。

 だが、リオにとってはこの世界で最も美しい存在だった。

 一体なぜ、周りの人間がこれほどの美しさに気付かないのか不思議だった。


 レニは、自分の腕の中でだけ咲く花だ。

 愛情をこめて世話をし、その様子と成長を見守る。

 自分の「世話」によって、小さく閉じられていた蕾が緩やかに開いていき、恥ずかしげに、だが女性としての艶やかさをたたえて咲き誇る姿は、リオの心を今まで味わったことがないような温かい幸福感で満たした。


 レニの髪を撫で、小柄な体を愛で、口づけするたびに甘やかな陶酔で身の内が震える。

 おずおずと恥ずかしげに口づけを受ける表情も、何かを恐れながら、それでもその先を望むような緊張と期待を込めた眼差しも、自分の与えるものに敏感に反応するしなやかな体も、自分のためだけに存在するのだ。


 この花が、咲き乱れるのは自分の腕の中だけなのだ。

 自分のためだけに、これほど美しく咲いているのだ。


 その思いが体を締めつけ、狂おしいほど求める気持ちになる。

 誰もいないところで、ずっと丹念に心を込めて世話をしてきたこの花を手折りたい、誰にも見られないように身の内に持ち帰り、自分だけのものにしたい。


 唐突に自分の内部に生まれた、恐ろしいまでに強烈な欲望に、リオは恐れ戦いた。



19.


 リオは、「欲望されるもの」としてせいを受けた。

 人に鑑賞されるもの、愛でられるもの、求められるもの、人の欲望をただ入れるだけの「モノ」として育てられた。

 自分が何事かを望むこと、求めることは、リオのような人間にとっては禁忌だった。


 自分はただの「モノ」なのだ。

 何度も自身に言い聞かせる。

 感情や欲求などの心の揺らぎは、主人がそれを求めた時にだけ、主人を喜ばせる反応としてあるものに過ぎない。

 主人の求めがないのに、自分が何かを嗜好し、何かを求めることはあり得ない、あってはならないことだ。


 レニの瞳の奥に宿る自分への思慕に応えながら、成熟と共に熱を帯びるその体を毎晩慰め、その身の内の花を咲かせながら、リオはそう思い続けてきた。

 これは主人であるレニの欲望であり、自分はいつも通りその欲望に応え、仕えているだけだ。


 本当にそうか?


 時が経つにつれて、レニの瞳に戸惑いと怯えが浮かぶようになると、疑問が心に浮かんだ。


 これは本当に、レニの欲望なのだろうか?


 だがリオは、その疑問から目を逸らし続けた。


 これは主人の欲望だ。

 だから、応えなければならない。


 そう自分に言い聞かせる。

 何故なら、自分が欲望を持つことはないのだから。

 自分はただ、主人であるレニの求めに応じているだけのはずだ。


 いつしかレニは、リオの腕の中で咲くことを拒むように、そうすることでしか己を守れないというように身を固く縮こまらせるようになった。

 それは自身の中の欲求に慣れていないがゆえの、羞恥や恐れに過ぎない。

 レニの緊張を解くために、リオは優しく囁いた。


 何も気にすることはない。

 自分は男ではない。

 人ですらない。

 ただの「モノ」なのだから。

 「モノ」を利用して、思う存分、欲求を発散し体を満足させればいい。


 レニがはっきりと拒まないため、そう言いながらその後もその体に触れ、その内奥にあるものを弄び続けた。


 もっと見たい。

 もっと聞きたい。


 その思いは治まるどころか、ますます激しくなっていく。

 月の精霊のようにたおやかで美しいと讃えられる「女」の外見を、内部から食い破るのではないか。

 そう思うほどだった。


 もっと見たい。

 レニが小柄な体をしならせ、乱れるところが。

 自分の腕の中で、熱くなった体を震わせるところが。

 もっと聞きたい。

 我知らず出そうになる声を、噛み殺すときに漏れる吐息を。

 恐れと戸惑いから形ばかり拒む、小さな声を。


(リオ……)


 そう囁かれて、涙でうるんだハシバミ色の瞳で見つめられると、体の芯が燃え上がり、強大な力で捩じられ、おかしくなっていくような心地になる。

 レニの小さな体の存在を確かめるために、息が詰まるほど抱きしめたいような、その奥にあるはずの花に手を伸ばすために、その体を無理矢理開きたいようなそんな気持ちが炎となって燃え上がる。

 その熱を今すぐに放出しなければ、自分という存在が爆発し霧散しそうな感覚にさえなる。


(レニさま……)

(レニ……)


 その熱に突き動かされるままに、今までレニの体を抱きしめ、その素肌に触れてきた。


(俺の……俺だけの花)




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