第36話 獣の戦い
14.
戦闘の時は、いつも奇妙な高揚に包まれる。
陰惨な闘争であれ、血なまぐさい斬り合いであれ、始まる前は恐怖と緊張で震えが止まらない。しかし始まってしまえば人としての感情は消えていき、鋭敏に研ぎ澄まされた感覚によって動く、一個の野生の獣と化したかのような錯覚を覚える。
どれだけ血を流し合い傷つけあうことが厭わしいと思っても、ただ命のやり取りだけのために生きる野生の獣になる興奮と快感は、ひどく心地良かった。
まるで普段は、自分の魂に寄り添うようにして眠っている残忍な怪物が目を覚まし咆哮しているかのような、それこそが真の自分で、繋がれた鎖を引きちぎり解き放たれたかのような衝動と興奮に全身が満たされるのだ。
15.
最初にナイフを突き立てた二人は、悲鳴を上げながら茂みから飛び出してきた。
一人は肩口に二本あたったらしく、必死にナイフを抜こうとしている。もう一人はこめかみと頭部に当たったのか、顔に流れ落ちる血のりを必死に拭っていた。
一見、滑らかな曲線を描いているように見えて、ナイフには微細な凹凸が無数についている。抜き方を知らなければ、抜こうとしても傷口に食い込み激痛が走るだけだ。抜くことは出来ない。
あの二人は、もう戦力として数えなくていい。
茂みの動きから見て、残りはあと三人だろう。
思った通り、道に三人の男たちが飛び出してきた。
木の棒の先端にナイフを巻き付けた、即席の槍を持った男が一人、残りの二人はそれぞれナタと斧を持っている。
三人のうち槍を持った男は、武器を見ても様子を見ても、ほとんど戦意がない。
へっぴり腰で、何とかそれらしく見えるように構えているだけだ。
(そんなんじゃ、人は殺せない)
自分の身を支配する獣が、吼えるように嗤ったのが分かった。
レニは棒を持った男の手元へ、何の躊躇いもなく突っ込んでいく。
男はまさか、レニが自分から向かってくるなど思いもよらなかったのだろう。
腰を入れないまま、ただ手先だけで棒を振り回す。
レニは形ばかり振り回された棒を掴むと、男が振り回した方向へさらに体が傾くように右足で強烈な蹴りをくわえた。
男は前かがみになり腹を押さえ、内臓を吐き出すような勢いでくぐもった声を吐瀉物と共に吐き出す。
次いで斧を構えて飛び掛かってきた男の攻撃を軽くかわすと、膝を男の腹に入れ、背中を両方の拳で渾身の力で叩きのめした。
息をつく暇もなく三人めの男によって振り下ろされたナタを、抜いたナイフで受け止める。
力では男には敵わない。
ナタを持った男もそれが分かっているのか、手に力を込めながら、ナイフの向こうで加虐的な笑いを微かに浮かべる。
その瞬間、レニが持つナイフから青白い火花が飛び散り、男の視界を焼いた。
男は思わず腕の力を抜き、閃光を避けようと瞳を固く閉じる。
一瞬だったが、レニにはその一瞬で十分だった。
重みが外れたナイフを素早く動かし、その青白い刃で男の首を切り裂いた。
すさまじい悲鳴が山の中に響き、男は大きく口を開けその場に倒れた。
男に致命傷を与えたことを見てとると、レニは背後の敵に向かうべく素早く振り返る。
だが予想に反し、先ほど叩きのめした二人は腰が抜けたように地面に座り込んだままだった。恐怖で極限まで見開かれた瞳で、血しぶきを浴びたレニの顔を凝視している。その体は、獰猛な怪物に襲われたかのように震えていた。
「た、助け……」
レニは油断なく剣を構えたまま、辺りに視線だけを走らせる。
生き残った四人の男たちに、既に戦意がないことが見てとれる。
戦うこと自体に慣れておらず、反撃された時のことまでは覚悟していなかったのだろう。
レニは男たちを
男は深く裂かれた喉から血を溢れさせ、絶命していた。
レニは眉をひそめる。
自分が想定したよりも深く喉を裂いたことが、気に入らなかった。
血のりのついた刃を、躊躇いなく死んだ男の服で拭った瞬間、レニはその服がひどく薄汚れていることに気が付いた。
武器を捨て、ただ怯えたように震える男たちを眺める。
その姿には見覚えがあった。
(この人たち……)
レニはハシバミ色の大きな瞳を、愕然としたように見開く。
それはレニとコウマが村に来る途中に山道で見かけた、農奴たちだった。
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