第11話 俺のレニ
13.
その夜、事が済んだ後、起き上がりみづくろいをしようとしたリオの体を、サイファーはもう一度抱き寄せた。
「なあ、リオ。ここに残れよ」
リオの体は、男の手や唇の動きを受け入れ、それに合わせて従順に反応する。
その肉体をいくら貪っても、欲望を向けるたびに熱を帯び、応える。
枯れることのない泉のようだ。
「あのお嬢ちゃんが心配なら、ちゃんと家まで送り届けてやる。何ならお嬢ちゃんの気が済むまで、俺の
時折声を上げるリオの反応を楽しみながら、サイファーは言った。
「お前、あのお嬢ちゃんの前ではずっと女の格好をして、しとやかで従順な女のフリをするのか?」
やめておけ、頭がおかしくなるぞ。
と言おうとして、サイファーは口をつぐんだ。
自分の腕の中にいるリオには、自分の言葉がまったく耳に届いていない、それどころか自分の存在そのものすら心の内にないことが分かったからだ。
快感が高ぶり、忘我の境地を漂い出すと、リオはしっとりと汗ばんだ身体を硬直させ、背中を大きく反らした。天に向かって仰向いたその口からは、こらえきれなくなったように小さな喘ぎ声を漏れる。
快楽から発せられるはずの声が、サイファーの耳にはまるで苦痛の悲鳴のように聞こえることがある。
喘ぎや吐息の隙間から、切れ切れとした声が届く。
何を言っているのかわからない不明瞭な声が、やがて意味のある音に形どられていく。
レ…ニさま……。
最初のうちは誰のことかわからなかった。
恐らく今までにリオを「所有」したことがある誰かの名前だろうと思い、気に留めなかった。
娼妓が呼ぶ名前に嫉妬するほど馬鹿馬鹿しいことはない。
だが、その名前を呼ぶ声の、苦しげでいながらどこか切ない甘さを帯びた響きを聞くたびに、サイファーの中である推測が生まれ、それはやがて確信に変わっていった。
「レニは元気になったか?」
ある晩、いつものように傍らで給仕を務めていたリオに、サイファーは何でもない口調で尋ねた。
瞬間、リオは細い肢体をビクリと震わせた。
光線の加減で緑色の光を帯びる瞳を大きく見開き、サイファーの顔を凝視する。
「やっぱり、あのお嬢ちゃんの名前か」
なおも凍りついたように自分の顔を見つめるリオの身体を、サイファーは抱き寄せて、その表情を探るように至近から覗き込む。
とっさに顔を背けたリオの顎を捕らえ、サイファーは強引に自分のほうを向かせた。
「レニ、っていうんだろ? お前のあの赤毛のちっこいご主人さまは」
「な、なぜ……」
「お前、気付いていないのか? 呼んでいるぞ、毎回。俺との最中に……」
不意に。
驚くほどの激しさで、リオはサイファーの腕を振り払い、火を噴くような眼差しでその顔を睨みつけた。
緑色の彩を持つ蒼い瞳が、手負いの獣のような怒りに満ちた暗い光で燃え上がる。
まるで幾重にも頑丈に戒められた鎖を引きちぎって咆哮する獣が放つような凄まじい怒気を叩きつけられ、サイファーを我知らずたじろぎ、圧倒されたように身を引いた。
「嘘をつくな……!」
きしんだ歯の隙間から洩れる、男しか持ちえない声の強さに、その美貌を歪ませる苦悩の激しさに、サイファーは呆然とした。
一体、あの美しいがひっそりとした従順さのどこに、こんな姿を隠していたのか。
いや。
サイファーは頭の中で記憶を蘇らせる。
そう、この「男」は、いつも一瞬だけサイファーの前に現れる。
「清楚で美しい、男を楽しませるためだけに作られた寵姫」の仮面が剥がれ落ち、その下から素顔が現れるのだ。
レニ……さま。
レニ……さ……ま。
レニ……。
レニ……俺の……レ…ニ……。
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