第6話 奇妙な二人組


8.


 その後、リオは主人である少女を小部屋に運びこんだ。

 サイファーは手伝いを申し出たが、リオは言外に申し出を拒否した。自分以外の者に主人を触らせたくないようだった。


 奇妙な二人組だ。

 そうサイファーは考える。


 リオの主人は、リオよりも年下に見えた。

 サイファーの目から見れば、「女」というよりは子どものように見える。

 十三、四歳くらいかと思ったが、後で十八だと聞いて驚いた。

 茶色に近い赤い髪を持ち、ハシバミ色の大きな瞳は一瞬も止まっているときはないくらいよく動く。

 年相応の可愛らしさはあるが、取り立てて目立つ風貌ではない。外見だけを見れば、ごく平凡な顔立ちの普通の少女だ。

 

 だが船乗り、商人として様々な地域の、様々な人種の人間に会うサイファーはすぐに気が付いた。

 この少女が纏っている雰囲気は、どんなに裕福であっても平民が持ちうるものではない。

 一見美しい深窓の姫君のように見えるリオが、少し観察すれば人に仕えることを生業とする者であることが分かるように、彼の主人である少女は、人の上に立つことが当たり前である者だけが持つある種の雰囲気を持っていた。

 恐らく貴族、それも相当いい家柄に生まれついた人間だ。

 

 その推測が当たっているならば、貴族の娘と娘に献上された寵童が、お忍びで旅をしている、というところだろうか?

 しかし付き人も護衛もいないのは、どういうことだろう?

 高い身分の者が、平民に混じって民間船に乗ることも考えられない。


 サイファーは首を振って、思考を止めた。

 今は時代が大きく動いている。

 平時ならば顔見知りの貴族に知らせて恩を売ることも考えるだろうが、今のような状況の時は、貴族や王族たちのごたごたに首を突っ込むべきではない。

 ひと目を忍んで旅をしているようなので、楽しむために手を出しても面倒なことにはならないだろう。



 サイファーは腕の中に捕らえたリオの身体をまさぐりながら、酒を口に含む。

 リオの形のいい白いおとがいに手を当て、腕の中で顔を仰向かせる。

 口移しで酒を飲ませながら、唇を吸い、その奥に舌を差し込み口の中を丹念に愛撫する。

 リオは微かに口を開いて応え、サイファーの舌の動きに合わせて熱を帯び始めた体を、焦らすように微かに身じろぎさせた。

 さらに深くむさぼろうとする男の唇を従順に受け入れ、自分の舌と唇を使い奉仕する。

 口の端から溢れた酒が白いうなじを辿り、その感覚を訴えるようにリオは微かに吐息し声にならない声を上げた。

 男の動きや求めにどこまでも従い、限りなく淫靡な所作で応えることで、さらに欲情を煽り立てる。

 濡れたような眼差しで見つめられると、自分の中の欲望が恐ろしいほど高まってくることがわかる。


 灯りひとつだけで照らされている部屋の中で、サイファーはリオが纏っている長衣の衿に手をかけ、それを無造作に腰まではいだ。

 淡い灯りの中に浮かび上がった白い体を膝に乗せると、背後から手を回し滑らかな肌を堪能しながら、肩やうなじに唇を這わせる。


 普段の物静かな様子から信じがたいほど、リオはベッドの中では敏感に反応し、声を上げて乱れた。

 作りこまれた淫蕩な身体、そこから生まれる鳴き声が、嗜虐的な快感を高まらせる。

 荒々しく嬲れば嬲るほど、細く白い体は喜びに紅潮し、快感に震えた。

 この身体を長い間所持し楽しんだ人間は、そうとう加虐的な嗜好の持ち主だったのだろう。

 そういう趣味はないサイファーでさえ、リオを見ていると暗い支配的な欲望が心に湧いてくる。



9.


 サイファーは半ば自らの心を醒ますため、半ばリオのことを気遣う気持ちが湧いてきて、時には労わるように関係を持つことがあった。

 こんなやり方では体が持たないだろう。

 そう言うと、リオは闇の中で囁くように言った。


「良いのです。私はこういう風に扱われるためにいるのですから」

「まさか」

 

 サイファーは心の中ににわかに湧いた、リオの過去を知りたいという気持ちを押さえつけようと、わざとからかうような軽い口調で聞いた。


「あのお嬢ちゃんに仕込まれたわけじゃないよな?」


 リオの主人が、性的な事柄にはとんと縁がなさそうなことはひと目見ただけで分かる。

 恋愛めいた事柄どころか、男とろくに接触したことすらないのではないか。

 だから返事など特に求めていない、冗談のつもりだった。


 だがその言葉を聞いた瞬間、突然、リオが腕の中で激しくもがいた。

 いつも通り従順に受け流すと思っていたサイファーは、驚いて手を離す。

 リオはサイファーの腕を振り払うと、青い瞳に怒りに似た強い光をたたえてサイファーのことを睨みつけた。

 その光の余りに強さに、サイファーはまるで初めてその光を見たかのようにしばしば見とれた。


 だが、それは一瞬で消えた。

 リオは、サイファーが横になっている寝床の前に力なく膝まづく。


「私は、人に奉仕するために存在する卑しい奴隷です」


 リオはサイファーではない、誰か別の人物に向かって話しているかのような虚ろな口調で囁いた。


「自分が何者であるか。この身体が何のためにあるのか。身の程をわきまえるよう、この体に仕込んでください、旦那さま」


 自分の顔を訴えるような眼差しで覗きこむリオを見て、サイファーは我知らず唾液を飲み込んだ。

 気圧されたようにしばらく黙っていたが、やがて囁いた。


「こっちに来い」


 サイファーは逞しい腕でリオの白い肢体をとらえると、寝床の中に組み敷いた。

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