第4話 お願い
レニは、リオの透き通るように白い頬を、心配そうに見つめた。
「リオは? どこで寝ているの? あの大部屋に一人でいるの?」
リオはしばらく顔を伏せて黙っていたが、やがて平素と変わらない穏やかな口調で言った。
「船長室の片隅に置いていただいています。
「ふうん」
レニはちょっと懐疑的に顔をしかめた。
「お金を払ったの?」
リオは微笑む。
「少しお支払いしました」
「仕方ないよね。世の中は、何をするのもお金がかかるもんね」
いかにも世慣れている風な勿体ぶった口調でレニは呟いたが、リオが淡い桃色の唇に小さな笑いを浮かべたのを見て顔を赤らめた。
「だっ、だってそうじゃん」
「そうですね」
リオは、小さな子供にでも言うような口調で答えて微笑んだ。
レニの顔は、ますます赤くなる。
リオは時々、こまっしゃくれた妹か背伸びをしている子供でも見るような、「可愛くてたまらない」という表情でレニのことを見る。
リオのほうがひとつ年下なのに、と子供扱いされることが不満で仕方がない。
「リオ、気をつけなよ。世の中、狡い奴らがいっぱいいるんだから」
「はい、気をつけます」
内心の動揺を誤魔化すようなレニの言葉に、リオはクスクスと笑いながら頷いた。
ひとしきり笑った後、リオはベッドの脇の小卓の上に置かれた木の
「レニさま、薬を飲んで少しお休みください」
レニは寝床の中から半身を起こすと、椀を受け取った。
「この薬、苦いんだよね」
訴えるようにそう呟いたが、リオは微笑んだまま、レニが薬を飲むのを黙って待っている。
リオは普段はレニに甘すぎるほど甘いが、こういうときは容赦がない。
決して無理に飲ませようとしたり、言葉で強いたりはしないが、レニが薬を飲むまで、半日でもこうして微笑んだまま待っていることは経験上わかっている。
レニは思い切ったように、椀に入っている薬の飲みほした。
鼻には強烈な臭いを感じ、口の中には何とも言えない苦味が広がる。
何度か飲んでいるが、未だにこの味には慣れない。
リオは空になった椀をレニの手から受け取ると、小卓の上に戻した。
再び横になろうとするレニの体を支える。
背中に手を置かれて、レニは顔を赤くした。
先ほどまで毛布をかぶっていても寒くてたまらずしょっちゅう悪寒が走っていたのに、今はリオの手が触れている部分だけやたら熱く感じる。
薬湯が効いてるのだろうか。
この小部屋に入ってから、満足に体も拭いていない。
リオの側にいると、そういうことが気になって仕方がない。
顔を隠すように毛布を引き上げたレニの顔をしばらく見つめてから、リオは口を開いた。
「レニさま、夕方の食事までまだ間があります。少しお休みください」
リオは少し黙ってから、レニの顔から視線を僅かに逸らして言葉を続けた。
「申し訳ございません、私は夜は船長室におりますので、お側にはいられません。夜明けになったら、すぐに戻ります」
「うん、大丈夫だよ。昨日よりだいぶ調子がいいし。明日か明後日には起きられそう。リオも、ゆっくり休んで」
レニは明るい声で言う。
「この薬、よく効くね。ちょっと苦いけど。船長さんにお礼を言っておいてね」
「はい」
横になると、急速に睡魔が襲ってきた。
半覚醒の意識のまま、レニは自分の顔を見つめるリオに向かって呟く。
リオが側にいてくれると、体も心も緩んでとっても幸せな気持ちになるよ。
こうやって具合が悪いときに、一緒にいてくれると安心して眠れるんだ。
リオ兄さまは優しかったけれど、それ以上に厳しかった。
リオが側にいてくれると、何も考えないで安心して横になっているだけでよくて、それが凄く幸せなんだ。
ごめんね、リオ、ちゃんと守れなくて。
辛い目に合わせてごめんね。
リオを守るのが、私の役目なのに。
今度からはリオが危ない目に遭ったりしないように、絶対に守るから。
だから、お願い。
これから先もずっと一緒にいてくれる?
……ずっと。
自分の声が耳に届かないところを見ると、言葉には出来なかったのかもしれない。
良かった、と思う。
こんなことを聞かれるのは、さすがに恥ずかしい。
前髪に誰かの手が触れた。
赤みがかった髪の毛を、頭を、頬を壊れ物にでも触れるように優しく撫でてくれる。
レニ……。
柔らかい声で名前を呼ぶ声を聞いて、ああこれは夢なんだと思う。
リオはいつもとても恭しく、一歩離れた場所にいるかのように敬称をつけて自分の名前を呼ぶ。
こんな風に顔を覗きこんで、大切なものに触れるように自分のことを撫でたりしないから。
だからこれは、眠りの一番初めに見る幸福な夢なのだと思う。
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