グッドメリーエンドの君へ

 「結局、圭も来たのね。うっすら嫌われてたみたいだから気まずいって言ってたのに」

 「元6年2組が全員参加。そんな中、俺が欠席なんてできるわけないだろう」


 おおよそ、20年振りにあった同級生も多くいる中で、連絡を取り合っている数少ない友人の一人である加奈がそう声を掛けてきた。上半身がレースになっている、ブルーグレーカラーのクラシカルなドレスに身を包んだ彼女は、長身のせいか、ひと際目立つ。


 都心から少し外れたところにあるこのホールでは、俺たち東京都立寛文小学校の面々他、新郎・新婦の中学から大学の友人、会社の人、行きつけの飲み屋のマスターなどなどおおよそ、300人の人が集まり、新しい夫婦の門出を祝っていた。新郎は俺の幼稚園からの親友の小林雅樹、新婦は鏡恭子という。二人とも同じ小学校同士で、最終学年の6年生で雅樹、恭子、そして俺こと山城圭を含めたこの披露宴の何人かの参加者は、皆同じクラスだった。虫も殺さないような平和主義で柔和な雅樹と、男勝りで勝気ながらもかわいらしさもある恭子は、どちらも誰からも好かれる性格をしているせいか、参加者の人たちは二人のことを心から祝福しているようだった。


 新郎の雅樹と目が合い、来たぞ、ありがとうという意味を込めて、お互い手を振る。そして、周囲を見回していると、


 「宮城、あいつはお調子者なところは変わってないなあ。テーブルを巡っていろいろな人と話してる」

 「良くも悪くもね。ああいう浮ついたところがあるから、まだ独身なのかも」

 「それは浮ついたところもないのに、独身の俺への当てつけか?」


 違う違う、と振る左手の薬指には結婚指輪。相手は会社の上司で、25の年の誕生日にプロポーズされ、めでたく結婚。仕事でもプライベートでもまさにパートナーになった二人は、今年の10月には子供が生まれるらしい。


 「で、結局なにが原因で恭子とそんなに気まずい関係になったの?」

 「いきなりだな」


 話せば簡単で些細なこと。もったいぶって、話すのも気恥ずかしいのでさっさと答えることにする。


 「そんなに大したことじゃないんだけどな。どうやらあいつが俺の物を勝手に使っ

ているようだって、言ってくる人がいてさ」


 小学生の時だよね、という加奈の確認に、俺はうなずきながら続けた。


 「親しき中にも礼儀ありって言うだろ?なんで、俺に事前に聞いてから借りないんだよって思っちゃって・・・。そこから、ちょっとずつって感じ。」


 主な原因としては、これのみ。またそれくらいの時期から、休み時間、彼女は僕の席を使って友達と話をすることが増えていた。4年生から同じクラスで仲良かったし、席を使うのは構わないのだけれど…。毎回毎回使われると、少し億劫になってくる。雅樹からの話で疑念を抱いていたから、ということもある。物を相手の許可も無く使う、その無神経さがどうにも俺には納得がいかなくて、自然と距離を置いてしまったのだ。


 「ええ~。わからないもんだね・・・。恭子はそんなことする子じゃないと思うんだけどなあ。」

 「ま、余計なこと言って関係がこじれるのも嫌だったから、恭子自身には何にも言わなかった俺も大概良くないんだけどな」


 加奈はその答えを聞いている間、なんだかやるせないという表情をして俺を見つめていた。




 「山ちゃん、やっほー!久しぶり!!元気してたー?」


 それから、しばらく加奈と他愛も無い話をしていると、ドンっという音とともに、背中に衝撃が走った。振り向くと、水色のふわりとしたドレスを着た南秋帆がにやにやしながら右手をおさめ、隣に座ろうとしているところだった。


 「元気、元気。南も相変わらず元気そうだな」

 「あの頃は本当にお世話になりました。いつも文房具を貸してくださり・・・」

 「それはもういいよ。 しかし、お前すごいな、賞は取れなかったけど、直木賞にノミネートされたんだろう?」

 「それもあなた様が、小学校の頃、文房具を貸してくださることで、書く楽しさを教えてくださったからにございます」


 その文房具の真の所有者は、国語全般を苦手にしていたことは、どうやら覚えていないらしい。

 

「でも実際あの頃、ほんと助かってたよ。隣が山ちゃんで。」

 「20年近くたった今でもいうほどか?」

 「言うほどです」

 

 と即座に返す。彼女はいわゆる複雑な家庭で生まれていた。自分たちの問題にばかり夢中になっていた両親のため、家庭環境は半ネグレクトとも言うべき状態だったことを知ったのは、ずっと後だ。今なら分かるけれども、その中で彼女がこの快活さ、天真爛漫さを失わなかったことがいかに稀有なことであったか想像も出来ない。そして、現在はあわや直木賞作家という文才の持ち主。すごいという他ない。


 「授業毎に借りるのは恥ずかしいし。鉛筆と消しゴムをほいっと渡して、無いならそれ使えよ・・・ あれで惚れない女の子はいない自信があるね」

 「またからかってるな」


 たまにしつこいところが玉に瑕であるが。


 「あの時、よく消しゴム、二つも持ってたよね。鉛筆は何本も持っている人はよくいるけど。」

 「それは俺にとっても不思議なんだよな。確か、宮城のやつが落とし物にお前のがあったぞ!って渡してきてさ」

 「小さくだけど、名前も書いてあった」

 「あった。ただオレはあの時、自分の物に名前を書く習慣は無かったはず。だから不思議なんだ」

 「え〜、でも書いてあったよね。 カバーに隠れるように、うんと小さく」


 中学年の頃まで書いていたのは覚えている。ただ、5年生からの高学年となると、自我が芽生える時期。もれなく自我が絶賛芽生えていた当時の俺は、記名するのも恥ずかしいと思っていたような気がするのだけど。


 「そういえばさ、今日の新婦の恭子。今だから言うけど、圭のことが好きだったことがあったんだよね」


 そう言って南との会話に入ってきた加奈は、いたずらっぽそうな笑みを浮かべながら、俺の反応を伺ってきた。よっぽど興味があったのだろうか、南が俺を挟んで反対側にいる加奈に接近するように身を乗り出す。


 「初耳! どういうことなの、加奈ちゃん!」

 「俺も知らないよ…。え、ほんとの話?」

 「ほんと、ほんと。私、相談されたことあるもの。どうしたら、話しかけてもらえるかな〜とか。」

 「ずるい!なんで加奈ちゃんばっかり。私、途中から恭子ちゃんと話すようになって仲良かったのに。」

 「昔から恭子は私の恋の応援とかしてくれてて、その流れで話してくれた事だからね。第一、秋帆は口が軽いもの。当時好きな人の隣に座っていて、なおかつあなたとなれば、おいそれと話せないでしょ」


 この手の話が南に向いていないのは、納得できるかもしれない。悲しいかな、加奈のようにしめるところはしめるような恋バナをしやすいタイプと、馬鹿話がしやすい南のようなタイプがいるのは事実である。


 「あんたの情報の横流しもしたし、おまじないを教えてあげたこともあるわよ」

 「「おまじない?」」

 「うん。おまじない。消しゴムに好きな人の名前書いて、誰にも触られたり見られたりすることなく使いきることが出来たら、相手から告白される~っていう、なんの変哲もないやつ。お母さんの時代からあるらしいけど、効果は全然科学的じゃないんだけどね。」


 へー、そうなのかと俺は答えつつ、頭の中には昔、見覚えのない消しゴムが自分にわたってきたことを思い出した。ということは、あの時、落とし物BOXにあった消しゴムは、もしかして今綺麗なウエディングドレスを着て、幸せそうにはにかんでいる彼女の物だったのだろうか。そうすると俺が宮城から受け取った時、もっというと親切にもあの消しゴムを拾った誰かさんが触ったためにおまじないの効力は無くなった考えられるかもしれない。それが無ければ、俺と恭子が彼氏、彼女の関係になっていた可能性もありうる。


 いや落ち着け、俺。所詮、おまじないはおまじない。信じる方がどうかしている。いくら彼女が消しゴムを落とさず、そして使い切ったとして、俺が彼女に告白することにはならなかっただろう。彼女とは、仲が良かったけど、礼儀知らずで人のものを勝手に拝借する、そういうやつなのだから。


 「恭子ちゃん、今日は一段と綺麗だね。小林君もタキシード、とっても似合ってる!」


 南が隣で、声に出してはしゃぐ。新郎、新婦は全体での挨拶を終えて、各テーブルを順番に回っているところだった。今彼らはA、僕らのテーブルはDだから、直接話すことになるのはもう少し先だろう。幼稚園の頃からの付き合いである彼をどうやって、いじってやろうか。恭子とは誤解があったようだったけど、それは今回わずかに解消されたから、どっちにも話しかけることができるな。そんなことを考えていた、その時。


 ふと、18年前の小学6年生の時の1シーンが頭の中に蘇ってきた。


 「恭子ちゃんがさ、お前の文房具使ってたけど…。なんか、貸してんの?」

 「いや、貸してないけど…。なんで?」

 「それがさ、…」


  そんな会話の後、僕は彼女に嫌気が差し、気持ちは離れていったのだが。もしかして、あの文房具というのは、鉛筆やペンなどの筆記用具ではなく、消しゴムのことを言っていたのではないか。もし、そうなのであれば、恭子のおまじないはそのときに失敗して…。

 いや、そもそも消しゴムのカバーを外して見られることなんてあるのか。このおまじないは他の人に触られたり、見られたりせずに、使い切ることが条件。それに対して、持ち主は他の人に触られたり、見られないように警戒している。余程のことがない場合、想い人への想いが強いなら、おまじないは完遂できるのではないだろうか。


 使われたらしい文房具、それを伝えてくれた雅樹、落し物BOXにあった見覚えの無い消しゴム、そして彼女は俺のことを好きだったという。それが示すのは。




  「うん。恭子のことは、小学生の頃からいいなって思っててさ…。」


 隣のCテーブルから、雅樹の声が聞こえてくる。そう、雅樹は小学生の頃から恭子のことが好きだったのだ。具体的には、無断使用を俺に密告をする前から。消しゴムを文房具と言い換え、勝手に使っているようだと伝える前から。そして、雅樹は恭子が想いを寄せる相手が気になったんじゃないか。それを知ることができ、それと同時に、相手とくっつくことを防ぐ方法。好きな人が使っている消しゴムのカバーを外して、見る。彼は、それをしたんじゃないか。


 落し物BOXにその消しゴムがあったのも、彼の仕業かもしれない。そして、恭子は落し物BOXに誰かが確認したかもしれない山城圭の名前が書いてある消しゴムを、取り出して使うことは出来なかった。そもそも、落し物BOXにある時点で、誰かが触ったということ。おまじないの失敗ということになってしまう。


 これは考えられうる最悪の推測である。雅樹に悪意などは微塵もなく、善意で俺に伝えてくれていたのかもしれない。そもそも、恭子が使っていたという俺の文房具は消しゴムではなくて、ペンだったのかもしれない。あるいは、俺が何か聞き間違いをしていて、勝手に恭子に疑念を抱いていただけなのかもしれない。自分でも存在を忘れていた消しゴムがあって、それを俺は落としていたのかもしれない。


 小林雅樹、彼はいいやつである。温厚で、平穏を愛していて、皆に平等に優しくて。幼稚園から数えて、25年を数える親友だ。四半世紀関わりを続ける俺は、彼が他の人の悪口を言ってたことを一度も聞いたことが無い。旦那にするなら、これほど優良物件はそういない。


 付き合っていたとも限らないし、ここまで続いていたとも限らない。どうあっても、結果は変わらなかったかもしれない。


 消しゴムの存在、恭子の行動、雅樹の行動、あり得た過去。可能性は無数にあるが。


 「あのさ。」

 「なに?」

 「好きな人に話しかけられたいとき、加奈ならどうする?」

 「うーん、目を合わせるようにするでしょ、真顔じゃなくて笑顔を意識するでしょ、あと・・・」


 宮城を指さす。


 「宮城がやっていたように、話しかけざるを得ない状況を作るかな。好きな人の席にわざと座ってみたりして」




 Cテーブルでの談笑を終え、Dテーブルに新郎新婦が近づいてくる。全ては昔の話。推測の域を出ない話。しかし、俺はどんな顔をして話せばいいというのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る