風の承継


 今となっては不思議な事だが、昔は叔父が夏を連れてくるのだと本気で信じていた。6月の終わりごろになると、叔父は決まって私の家に遊びに来るのだが、その日を境に日は長く・高くなり、柔らかい光の中に肌を刺すような痛みを孕み始めるためだった。


 物心つく頃には、


①家の屋根に止まっている風見鶏が南を向く、

②叔父が家に遊びに来る。


 この2つがその1年で初めて重なる日、夏らしい陽気になることに気がついた。私は、それを叔父が夏を連れてくる理論、通称“おじなつ理論”と命名し、入園したばかりのおじの娘で、自分の従姉妹にあたる日和ちゃんが遊びに来るたびにその話をした。姪の話の中で特殊能力をもつことにされてしまったその叔父は、否定することも無く、喜んで話を合わせてくれていたように思う。


 ある年、叔父が亡くなった。偶然にも家に1人でいた時に起こった心臓発作が原因だった。叔父が家族を引き連れて、毎年私の家を訪れるイベントも中止になってしまった。その年は、全国でも類を見ないほどの冷夏だったという。ただ冷えるといえども、夏は夏。今まで叔父の連れとして訪れていた夏が、いつも通りこの家にやってきたこと、それが私には少し悲しかった。


 その翌年の6月。私は2年振りに暑さを理由に目覚めた。背中から首にかけて汗が浮かび、体に張りついた服がどうにも気持ち悪い。この不快感を届けた正体は一体どこのどいつだ。まさか、叔父が幽霊になって夏を運んできたのではあるまいな、そう考えてリビングの扉を開けると、そこには従姉妹の日和ちゃんがいた。そういえば、今年は1人で遊びに来ると言っていた。


 生前、叔父さんが冗談めかして自分には残せる遺産なんてないから、娘の日和には迷惑をかけるとしきりに言っていたことを思い出す。十分な遺産を残していったと私は思うが、恐らく本人は自覚していないらしい。こっちも随分暑いですね、と言いながら姪はまだ小さい手で顔を扇いでいる。


 その時、一陣の風が吹いた。窓から首を伸ばすと雲ひとつない大空が広がっている。屋根の風見鶏は暑さに挑むが如く、南の方向を向いていた。

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