馬車の中で

「うまくやりましたね」


 遠ざかっていくお見送りの人たちを背中越しに車内の窓から見やりながら、エドワードさんが言う。


 思わず、悪役のような笑いがもれ出る。


「嫌な笑い方ですね」


 エドワードさんが顔をしかめるのを見て、こらえていた笑いが噴出した。

 ひとしきり笑い終えた後、エドワードさんに答える。


「ここまでうまく行くとは思わなかったもので」

「案外、悪役令嬢役、向いているのではないですか」

「かもしれませんね」

 

 本物の悪役令嬢ほど、嫌みな性格にはなりたくないけどね。


「とはいえ。これで、物語の筋書きを少し書き換えたわけですね」

「当たり前のことを当たり前に遂行し、周りを味方につけるという作戦は大成功。おかげさまで、こんなに素敵なプレゼントをたくさん頂きました」


 プレゼントの山の中に、かわいいうさぎのぬいぐるみを見つけて、抱え込む。

 なにこれ、かわいい。そして触り心地が神。もふもふの化身。ふわふわ。

 ぎゅーっとうさぎのぬいぐるみを抱きしめていると、エドワードさんがぼーっとこちらを見つめている。


「……ああ、すみません。何の話でしたっけ」


 私の声が聞こえていないのか、独り言のようにエドワードさんがつぶやく。

「ここが天国か。亜麻色のうら若き乙女が、かわいいうさぎのぬいぐるみを抱いている。……ジャスティス」


 ちょっと黙ろうか、黒瀬さん。


「主人である私を、変な目で見ないで頂きたいですね」


 冷たい声でそう告げると、はっとした表情でエドワードさんが私に向きなおる。


「し、失礼しました! ……あまりに絵になる風景だったもので」


 あわてるエドワードさんに向かって鼻を鳴らす私。

 そう、今の私はかわいいからね、仕方ない。


「それでは学園に着くまでにこれからのことについて、おさらいしておきましょう」

「はい、先生」

「まず、あなたが入学するフローニア学園は古い歴史を持つ魔法学園です。多くの偉大な魔法使いを輩出してきた経緯があります」

「はい」

「あなたはそこで、藤岡友理奈と一緒にいるクルト・コーンウィル王子を目撃します。あなたは、婚約者である王子が別の女性と一緒に楽し気に笑っている様子を見て、深く傷つき、嫉妬する」

「先生。一つ、気になっていたことがあるのですが」


 私の言葉に、エドワードさんは首をかしげる。


「何でしょう、言ってみてください」


「私は、クルト様を愛していたのでしょうか」


 これが、私にとっての大きな問いだった。

 エルフレーダは、婚約者であるクルト・コーンウィル王子を愛していたのか、そうではなかったのか。


 クローネリア家の野望。それは、王権に近い人間に娘を嫁がせることにより、王家へのパイプを得ること。

 何事も、コネが大事なこの貴族社会において王家へのパイプを得られることはすなわち、一族の繁栄と存続が約束されたようなもの。

 エルフレーダは、そのパイプ役となるべく、第一王権者であるクルト様との婚約が決まっていた。しかし、彼との結婚イベントは、私が知る限りは存在しない。


「それは、あなた自身で見極めてみるとよいのではないでしょうか」

「私自身で?」

「そうです。ちなみに、藤岡友理奈がどのルートに進んでも、あなたの婚約破棄のイベントは避けられない運命にあります」


 私から視線を外し、エドワードさんは窓から外の景色を眺める。


「設定集にも、エルフレーダ様がクルト様を愛していたかどうかに関して言及している部分はなかったはずです」


 つまり、私たちがエルフレーダの本当の気持ちを知ることは現状、難しいということだ。


「主人公である藤岡友理奈は、様々な人と結ばれるルートが用意されてるんですよね?」

「そうです。乙女ゲームの主人公ですから、当然です」

「だったら、悪役令嬢である私だって、選ぶ権利があると思うんです、相手を」

「そりゃ乙女ゲームの悪役ですから……って、え!?」


 私が大真面目に言った言葉に、納得しかけて止まるエドワードさん。


「ですから、私も一生懸命恋愛しようと思います」

「なんだか、色々と間違っているような気がしますが……、まぁ、あなたの思う通りにやってみてください」


 わたしは、物語を考える才能はありませんので、とエドワードさんがため息をつきつつ言う。


 せっかく、素敵でかわいい女性になったんだ。楽しまないとね!

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