17.お菓子な魔法使い

争奪戦コンフリートが行われている真っ最中、ガーデン王城では国の重役に招集指令が掛けられた。集められた場所は『ガーデン王城占星室』。国の方針や行方を占う国王直属の機関が置かれている場合である。


カインの戦いを見たく渋っていたシルファール姫も半ば強制的に参加させられている。集まった一同を前に国王が言った。


「今日集まって貰ったのは、占星術師長より緊急の知らせがあってのことだ」


そう国王に促された占星術師長が立ち上がり一礼してから皆に言った。



「この国に、まもなくこの国に、国家級の災害が訪れます……」


その言葉を聞き驚く一同。


「こ、国家級の災害?」


近くに座った大臣が尋ねた。


「はい。どのようなものか定かではありませんが、街を破壊して焼き尽くすほどの災害。近くまで迫っております。時間がありません」


「そんな……」


『ガーデン王城占星室』。長きに渡り国の大切な方針決定に影響を与えて来た国王直属の機関。魔法を融合させた占いは的中率も高く、今や国王だけでなく多くの国民からも信頼されている。

その室長が体を震わせて今回の災害について語った。



緊張が走る一同に国王が言う。


「全土に指令を。緊急事態に備えるようすぐに伝えよ」


シルファールは目の前が真っ白になってしばらく動けなかった。




副将戦。闘技場へ上がったクララは目の前の対戦相手を見ながら強く自分に言い聞かす。


(ここで私が勝てばうちの勝利。カインは絶対に渡さない。私は団長、頑張る!!)



そんなクララに対するイメルダ・ファインズの魔法使いザイールは、真っ黒なコートを着込んだ色気溢れる大人のエルフ。闘技場へ上がったクララを見て言う。


「あら、こんな可愛いお嬢ちゃんがお相手? お手柔らかにね」


クララが睨みながら答える。


「負けない! カインは絶対に渡さないんだから!!!」


「だ、団長おおおぉぉ……」


それを聞いたカインが涙を流して喜ぶ。そして試合開始の声が掛かる。



「副将戦、始め!!!」


その号令と当時にクララが持っていた木の箱を開けてお菓子を食べ始める。それを見たザイールが言う。


「ああ、あなた『お菓子な魔法使い』ね」


「もぐもぐ、来た! 百花開花ドクマイバーン!! ……あれ?」


クルルがそう叫ぶとザイールの周囲に突然大きな花が咲き始める。赤や黄色、色とりどりの花が闘技場に溢れる。驚くザイールが言う。


「あ、あら。私にお花のプレゼント?」


ザイールが花をひとつちぎって言う。クララが慌てて言う。



「うわわわっ、宴会用の花魔法じゃん! 変なの出ちゃったよ!!!」


「だ、団長ぉ……?」


それを見ていたカインが隣のマリエルに聞く。


「な、何で花が出ちゃったの?」


マリエルが答える。


「『お菓子な魔法』は何が出るのか分からないのよ!」


「そ、そうなんだ……」



ザイールは花の匂いを嗅いで言う。


「いい香りね。でもお花は女の子じゃなくて……」


そう言いながら魔法の詠唱を始める。ザイールの周りに冷たい冷気が集まる。



「素敵な男性から頂きたかったわ!!! 氷河魔槍コールドスピア!!!」


ザイールの周囲から強烈な冷気が放出される。周りにあった花々は瞬時に凍り付き、そして床からは槍のように尖った円錐状の氷がクララに向けて放たれる。


「げっ、まずい!! もぐもぐもぐ、来た! 身体浮揚ローイトア!!」


クララがそう唱えると体が急に浮かび上がりザイールの攻撃をかわす。



「よし!!」


「ちっ」


ザイールは再び攻撃しようと詠唱を唱え始めたが、すぐにクララの様子がおかしいことに気付いた。


「えっ、ええっ……?」


空中に浮いたクララはそのままどんどんと空に向かって浮かんで行く。


(ええっ、ど、どうしよう、これ、どうやったら降りられるの……??)



同じく異変に気付いたマリエルが叫ぶ


「クララ、クララ!! 何やってるのよ!!」


どんどん小さくなるクララ。やがて風にも乗って遠くへ姿を消してしまった。

静まり返る会場。



「な、何やってるの、あの子?」


対戦相手のザイールも呆然とする。しばらく経ってもクララが戻って来ないので、審判員が棄権とみなしザイールの勝利を告げる。


「だ、団長おおぉぉ……」


カインが弱々しい声を出す。



「意味分からないわ」


騒めき、そして失笑が漏れる会場。ザイールはクララが消えて行った空を少し眺めてから、納得のいかない顔をして闘技場を降りた。

勝者ザイールの名が告げられた後、カインは闘技場の端でひとり震えていた。


(どど、どうしよう。次、僕が負けたらが取られちゃう!! 団長もスミレちゃんもどっか行っちゃったし、ああ、本当にどうしよう!!!)


青い顔をして闘技場を見つめるカイン。その先には大将として戦いの舞台に上がる敵の団長イメルダの姿が見える。


(じょじょじょ、女性だけど、なんか、めちゃくちゃ強そうじゃん……、ああ、死んだ。もう死んだ……)


カインの目が死んだ魚のように白くなる。隣にいるマリエルがカインの背中をドンと叩いて言う。



「頑張って、カイン君!!」


その一撃で背骨が折れたような気がしたカイン。ニコニコ笑顔で自分を見つめるマリエルに「代わって」とは言えず苦笑いして応える。


(ら、雷牙~、何で来てくれないの~)


カインは一向に来てくれそうな気配のない雷牙を思い浮かべる



「大将、上へ!!」


「ひぃっ!!」


突然審判員より闘技場に上がるよう言われるカイン。

重く震える足でゆっくりと闘技場に上がる。沸き起こる歓声。拍手。しかしカインは足元の床を見て思った。


(ああ、闘技場の床って石なのね……、絶対、痛そう……)


カインは自分がその硬い床に叩きつけられる場面を想像し震えた。立っているだけも辛くなるほどの動悸。唇も青く、歯はガタガタと震えが止まらない。



「えっ!? ……ぐわあああっ!!!」


カインが気付くといきなり対戦相手のイメルダが目の前に来ていて、そして躊躇なく顔面を殴りつけた。悲鳴と共に吹き飛ばされるカイン。ぐったりしながらイメルダを見つめる。


「もう始まってるぞ、大将!! ぼうっとするな!!!」


イメルダが鬼の形相で叫ぶ。



(必ず、妹を、ミルカを助け出す!!!!)


カインは恐怖のあまり歓声さえ聞こえなくなっていた。





とある地下牢獄。

そこには壁の鎖に繋がれた女性がひとりいる。その前に立つ仮面をつけた男が言う。


「抵抗しなければ何もこんなことはしないよ、ミルカちゃん」


壁に繋がれたミルカは全身をアザだらけにして明らかに弱っていた。男に叫ぶ。


「くそおおお、放せ!! お前は誰だよ!!!!」


男が笑って言う。



「あなたは大切なお客様。でももう少しここに居て貰いますよ。くくくっ」


仮面をつけたヴェルナの不気味な笑い声が地下牢に響いた。

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