13.おかえり

魔族化したマックルに一方的にやられるミル・ファインズ。ランクCへ降格がほぼ決まった上、このままでは団員も潰されてしまう。ミルフォードは自慢の大槍を持ってマックルに言った。


「俺は団長ミルフォード。マックル、お前ごときに俺様が負けるか!!!」


そう言うとミルフォードは大槍を回しながら強烈な突きをマックルに放った。


「はああああ!!!」


ガン!!!


「か、硬い!!! ぐわあああ!!!」


ミルフォードの槍はマックルの胸を捉えたがその硬い皮膚に全く槍が通らず、逆に強烈な反撃を受けた。

倒れたミルフォードが立ち上がり再び槍を持って駆ける。


「ま、まだまだ!! 必ず仕留める!!!」


今度は大槍を高速で何度も突き始める。ミルフォードはランクBファインズの団長ではあったが、実力はその中でも中の下。一向に刺さらぬ槍を嘲笑うかのようにマックルは右手をミルフォードに向ける。


「えっ!? ぎゃあああああ!!!」


突然ミルフォードの顔の前で爆発が起こった。倒れるミルフォード。団員達がその衝撃の光景を見て叫び声をあげる。


「だ、団長おおおお!!!」


ミルフォードは後ろによろよろと後退すると、顔を抑えながら仰向けに倒れた。息はあるようだが激痛に呻き声を上げている。



「ギョグギャギュウアアア……」


マックルは意味の分からない奇声を上げながらミルフォードに近付いて行く。顔に火傷を負ったミルフォードがようやく薄目を開けてその状況を知る。そして叫ぶ。


「よ、寄るな、寄るな、マックル!!!」


近寄って来る魔族のマックルに、上半身だけ起こしたミルフォードが少しづつ後ずさりする。

もはや誰も団長を助けようとする者はいなかった。行けば殺される、怪我を負った者も多かったが、別次元の強さの敵に対する恐怖心の方が遥かに強かった。




「あ、あれは……!?」


団員のひとりが遠くからやって来るひとりの影に気付いて声を出した。そして近くにやって来たその姿に驚く。


「カ、カイン!?」


元ミル・ファインズ団員のカイン。ほとんどの者がその姿を覚えていた。カインが言う。


「何だ、あれ?」


カインは紫色の皮膚に見上げるような巨体の魔族を見てつぶやいた。それを聞いた団員がカイン言いう。


「カイン、あれはマックルだ! 魔族に変身したんだ!!」


カインは魔族化したマックル、そして倒れる団員を見て思った。


(なるほど。まずまずの強さだな、あの魔族。こいつらで敵うはずがない)



ミルフォードは救援に現れた人物がカインだと知って嘆き悲しんだ。


「お、お前、トカゲ野郎!! 何でお前がここに? もっと強い奴はいないのか!!」


カインはミルフォードを興味なさそうにちらりとだけ見た。



「だ、団長!!!」


そのカインの後ろから響く女性の声。その声を聞いたミルフォードの顔が今度は喜びに変わる。


「マ、マリエル!!」


「う、うわ、何これ!?」


遅れてやって来たクララとマリエル。

クララは倒れるミル・ファインズの団員、そして重傷を負ったミルフォードを見て言った。周りの団員が魔物を指差しマックルだと伝える。ミルフォードが大声で言う。


「マ、マリエル。は、早く俺に治療を!!」


マリエルは重傷を負った団長の元へよろよろと駆け寄り、急ぎ回復魔法をかける。次第に痛みが治まるミルフォード。しかしそれに気付いた魔物化したマックルが再びミルフォードの方へと歩き出した。



「う、うわああ!! く、来るな、マックル!!」


ドン!!


「きゃあ!!」


怪我が少し回復したミルフォードは、近寄るマックルの方へ治療をしていたマリエルを突き飛ばした。不意を突かれてマックルの足元へ飛ばされるマリエル。


「な、なんで!?」


突き飛ばしたミルフォードが言う。


「だ、団長の為に団員が身を挺して守るのは当たり前だろ!! よ、喜べ! そう、喜べよぉ!!」


そう言ってひとり逃げだそうとする。突き飛ばされたマリエルは目の間にいる魔物化したマックルを見て悲鳴を上げる。

流れ出す涙。震えが止まらない。そして振り上げられる鉄のような拳。



――た、助けて、カイン君!!


その瞬間カインの体が一瞬宙に浮き、マリエルの方へ向かって光速で移動する。そして彼女の体を抱くと瞬時に別の場所へと降り立った。その後マリエルが居なくなったことすら気付かないマックルが地面をドンと殴る。

震えながらも一瞬の出来事に驚くマリエル。カインが言う。


「あいつは確か、の元団長だった奴だな」


そう言ってミルフォードを眺めるカイン。

ミルフォードは一瞬でマリエルを救ったカインを信じられない表情で見つめる。



(あ、あれがカインだと? 何か魔法、いや高価なアイテムでも使ったのか?)


しかし獲物を奪われたマックルが、怒りながら次の獲物を求めミルフォードの方へ再び歩き始める。ミルフォードはそれに気付き弱々しい声を上げる。


「や、やめろ、マックル!! お、俺に近寄るな……」



体を襲う激痛に座り込むミルフォード。痛みで逃げることができない。近づくマックルに言う。


「分かった、マックル。お、お前が望んだ副団長の座、すぐにやろう。だから、な、頼むから、頼むからこっちに来るな……」


「ゴウオオオグウオオオオ!!!!」


マックルの叫び声が辺り一面に響く。ミルフォードが涙を流して懇願する。


「助けて、助けて……、お願いだから、助けてくれ……」


あまりの恐怖にミルフォードは必死に命乞いをし始めた。体は震え、顔は真っ青になる。そしてもはや抵抗することすら諦め失禁した。


ドン!!


「ぐはっ!!」


マックルの強烈な拳がミルフォードの腹に叩きつけられる。一時的にマリエルの魔法で回復していたとは言え、すぐ恐怖と痛みで体が動かなくなる。


「た、助け、て……、い、いやだぁぁ……」


ドン!!


「ぐぎゃああああ!!」


今度は火傷を負ったミルフォードの顔にマックルの丸太のような足が直撃する。そのまま横に人形の様に吹き飛ぶミルフォード。再び顔から出血し、もはや涙か流血か分からなくなる。

魔族化したマックルが再びミルフォードに近寄る。ミルフォードに誰が周りにいるのか分からない状態であったが、微かに見えるその人物に向かって弱々しく声を出した。


「た、助け、て……、お願い、だ……、助けてよ……」




「カイン……」


その様子を見たクララがカインを見て言う。



「団長を助けてあげて……」


マリエルが言った。カインがマリエルを見て聞く。


「あいつはお前を殺そうとしたんだぞ」


「ええ、でも……」


マリエルがカインを見つめる。


「分かった」



ミルフォードに迫ったマックル。その鋼のような拳が再び振り上げられそれが落とされる瞬間、ドンと言う大きな音がマックルの背中から響いた。


「グゴオオ……!?」


何が起こったか分からないマックル。突如背中に感じる圧倒的な衝撃。それが激痛となって感じるのに少しの時間差があった。


「グガガガッ……」


やがて小さな呻き声を上げて前に倒れるマックル。

その背後にはカインが立ち、倒れたマックルを見つめる。マックルは地面に倒れ、口から泡を吹き失神した。



「カ、カイン!!」


クララが駆けつけて来る。一緒に来たマリエルがカインに言う。


「マックルさんは、どうなるの?」


カインが言う。


「先ほど殴った時に邪気を感じた。ちょっと試してみる」


そう言ってカインは倒れているマックルに右手を当ててはっと気合を入れた。


ドン!


一瞬体が飛び上がるマックル。そして暫くするとマックルの体から黒い瘴気のようなものが浮かび上がった。マリエルが言う。


「あ、あれは?」


クララが答える。


「呪いか何かのたぐいでしょう。これが彼を魔族化させた原因」


黒い瘴気は太陽の光に当たるとシュウと音を立てて消えて行った。そして呪いが解けたマックルの体が元のヒト族の体へと戻り始める。


「マ、マックルさんが!!」


それに気付いたマリエルが喜びの声を上げる。クララが言う。


「カイン。さっきのミノタウロス、多分彼が召喚したんだと思うよ。血判召喚。自身を犠牲にして強力な魔族を呼び出す召喚があると聞いたことがある」


「なるほど」


「それでマックルさんは魔族になっちゃったの?」


「恐らく」


カインはマックルの首元に手を当てて言った。


「脈はある。死んではいない。これで良かったんか、嬢ちゃん達」


「うん」


クララとマリエルは揃って返事をした。

一方ミルフォードはおぼろげにそれを見ていたが、魔族化されたマックルが倒されたと分かり顔の血泥をふき取りよろよろと立ち上がってカインに言った。



「よ、よくやった、カイン。ぐほっぐほっ、お、お前の頑張りを認めて、う、うちに戻ることを許そう……」


「はあっ?」


その言葉に耳を疑うクララとマリエル。ミルフォードが言う。


「お、お前も、が、頑張ったみたいだし、どうしてもと言うならばランクBの我がファインズへ戻ることを、ゆ、許そうではないか。俺は、こ、心が広いからな……」


ボロボロで失禁し、顔も血泥で汚れたミルフォード。それを聞いて溜め息をつくクララ達。ミルフォードが更に続ける。


「お、お前が俺に行った無礼の数々、ゆ、許してやろうじゃないか。ま、また戻りたいんだろ、俺のファインズへ……」



カインが言う。


「断る。雷牙オレに決定権はないからよ」


それを聞いたミルフォードがクララを見て笑って言う。


「な、なんだ、そ、その女のことか? くくくっ、そいつは低レベルファインズの人間。誰もいないからお前を入れたんだよ。そんな奴は信用できないぞ。さあ、俺を信じろ、そしてお前が使った高級アイテムを俺に教えろよ!!」


「な、何を言う!!」


それを聞いたクララが顔を赤くして怒る。

カインは無表情でミルフォードの元へ歩き寄って言う。



「さっきも言ったが雷牙オレに決定権はなくてよお、でも今回だけは俺の独断で決めさせてもらうぜ」


「そ、そうか、お前も少しは頭が良くなって……、へっ?」


ミルフォードの薄笑いが振り上げられたカインの右拳を見て青ざめる。


「な、何をする!? ひ、ひえええ!!!」


そしてその拳を勢いよく突き出し、ミルフォードの顔の直前で止める。


バタン!


その迫力と風圧に驚き倒れるミルフォード。白目をむいて失神したミルフォードにカインが言う。


雷牙オレからの別れの餞別だ」



「はあ……」


そんなカインにやれやれと言った顔をするクララ。カインが言う。


「さ、帰るぞ」


そう言って歩き出すカイン。はいはいと言ってそれにクララが続く。




「ま、待って!」


そう言って後を追ってくるマリエル。怪我の為足がおぼつかない。そしてカイン達の前に来て言った。


「あ、あの、私も一緒に行っていいかな……」


「それって……」


カインが言う。クララは倒れそうになるマリエルの肩を抱き笑顔で言った。



「もちろんだよ。おかえり、マリエル!!」


「ふっ」


カインが笑う。マリエルは感謝の言葉を口にすると共に、今日初めて嬉しさの涙を流した。





――ガーデン王国国境付近


真っ赤に燃えるひとりの男が歩く。


「ここか、ここにいるんか!! 強神竜ジジイの力を受け継いだ奴よお!!!!」


男は全身から燃えるような炎を発した。

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