10.ク・ラ・ラ

「残念ですが、次回の編成でランクCへの降格が間違いなさそうです」


「う、嘘だろ……」


ギルドに呼び出されたミル・ファインズ団長ミルフォードが真っ青な顔をして言った。年に数度行われるファインズの昇降格会議。直近のファインズの貢献度を見て昇格や降格の決定がされる。降格予定だと告げたギルド職員が言う。


「ここ最近の依頼達成率が3割を切っています。Bランクの依頼はしばらく避けた方がよさそうですね」


「い、いや、あれは不運が重なって……、ファインズに問題はないんだ。その辺りは考慮して……」


「昇降格を決めるのはあくまで実績です。降格する団長さんは皆さんそう仰いますが、こればかりはどうしようもありません」


ギルド職員が事務的に答える。実際カインを追放してからミル・ファインズの依頼達成率は顕著に落ちていた。ミルフォードが尋ねる。


「ど、どうすればランクBをキープできるんだ?」


ギルド職員が答える。


「そうですね、一発逆転でそれこそSランクの依頼をこなせば良いのですが、それは現実的ではありません。今は下手にBランクの依頼に挑戦するより、Cランクの依頼を確実にこなしてこれ以上の降格を避けるのが賢明な選択に思います」


実質的な降格宣言であった。無言で下を向くミルフォードにギルド職員が言う。


「これも難しい話ですが、強い冒険者さんに入って貰ってSランクなどの依頼を受けるって手もあります。まあ、そんな人が未所属ってことはまずありませんがね」


ギルド職員は笑って言った。




「くそっ! くそくそっ!!!」


ファインズのホームに戻ったミルフォードが帰ってくるなり机を蹴って怒りを表した。しんと静まり返る団員達。カインの代わりに入ったキザ冒険者が言う。


「だ、団長。どうしました?」


ミルフォードがキザ冒険者を睨んで言う。


「お前がもっと活躍すればこんな事にならなかったんだよ!!!」


「えっ!?」


突然怒鳴られたキザ冒険者が驚く。ミルフォードは口や態度ばかりでほとんど使い物にならない新入りにその怒りをぶつけた。


「ボ、ボクが何を……」


「うるさい!!!」


そう言ってみるフォードはひとり団長室へと消えて行った。




舞踏会当日。

ヴェルナに指示を受けたローザンヌ・ファインズ団長ローザンヌ。そのファインズの部屋で秘かにドレスを着た女と会話をする。ローザンヌが言う。


「いよいよ今日だ。準備は滞りないな、フェルキア」


胸を大きく強調したドレスを着たフェルキアが答える。


「ええ、ご覧の通りですわ」


そう言って美しい真っ赤な衣装をローザンヌに見せる。フェルキアが動く度に揺れる胸元。ローザンヌも思わず目がいく。


「くくくっ、分かった。首尾よく頼むぞ」


ローザンヌは不敵な笑みを浮かべて笑った。




「ええっと、あ、ほ、ほんとにいる……!!」


舞踏会場前。これから始まる年に一度の踊りのイベントを前に既に多くのペアが訪れていた。皆それぞれ美しいドレスや正装で来ており、これから始まる華やかな時間を前に笑みが溢れる。


カインはフェルキアに言われた通り舞踏会場の前に行き、周りを見回す。すると約束通り既にフェルキアは舞踏会場前でひとりカインが来るのを待っていた。恐る恐る近づき声を掛けるカイン。


「あ、あのお……」


やって来たカインを前にフェルキアが満面の笑みを浮かべて言う。


「来て下さったのですね、嬉しいわ!!」


そう言ってカインの両手を握るフェルキア。カインはその半分ほど見えている胸に視線を合わせまいと下を向き答える。


「い、いえ、誘って頂いてありがとうございます……」


「さあ、行きましょう」


フェルキアはそう言うとカインの腕を組み会場内へと入る。



会場に入ると立食形式で多くの人達が既に笑談をしていた。

会場内は歴史ある建物で古き中にも品があって美しい。全体的に白と黄色でまとめられた内装が、これから行われる舞踏会の会場として皆の心を躍らせた。


しかしカインにとっては戸惑いの連続であった。

急遽借りてきたレンタルの衣装も動き辛いし、立食会でテーブルに置かれている料理も食べたことがないものばかり。周りの人達も自分とは住む世界が違う身分の方々ばかりで自分の場違い感が半端ない。

すべてが初めての連続のカインにとっては、ここは決して居心地の良い場所ではなかった。



「あ、あれはカイン様!?」


カイン達と離れたテーブルにいたシルファール姫がその姿に気付き驚いて言う。


「ああ、カ、カイン様……」


その姿を見るだけですでに顔中が赤くなるシルファール。高鳴る鼓動。そしてカインと一緒にいる女性を見て独り言を言う。


「カイン様は胸の大きな女性がお好みなのかしら?」


そう言いながら色々と妄想する。すると突然顔が赤くなったシルファールに気付いたペアの優男やさおとこが尋ねる。


「シルファール様、体調がすぐれないのでしょうか」


「静かにしてなさい!」


妄想を邪魔されたシルファールが一喝する。下を向きしょげる優男。


一方イケメンのヴェルナはそのモテぶりを発揮し、今貴族間で最も美しいとされる評判の貴族令嬢を連れて参加していた。


「ヴェルナ様……」


「ああ、奇麗だよ」


ヴェルナは令嬢の腰に手をやり、耳元で甘い言葉をささやく。しかし目線はずっと順調にカインを誘い出したフェルキアを見ており、満足そうな笑みを浮かべる。これから見られる哀れな男の姿を想像すると嘲弄が止まらなかった。



そしていよいよ舞踏タイムが始まった。

周りの男性達がそれぞれのペアの女性に軽く頭を下げて言う。


「私と踊って頂けませんか」


女性達もみな頷いてその手を取り踊り始める。その光景を見てカインは驚き焦る。


(な、ななんだ、みんな、手を差し伸べて……、ええっ、踊り? そう言えば舞踏会って踊りだっけけ……)


カインは青くなってペアのフェルキアの方を見る。


「あれ?」


今まですぐ傍にいたフェルキアが居なくなっていることに気付いた。多くの人が踊りを始める中、ひとりあたふたし、周りをきょろきょろと見回す。

ここでひとりになったら何もできない。カインは顔が青くなった。

それを遠くから見つめていたシルファールがひとりになったカインに気付き思う。


(どうしたのかしら、カイン様? まさか、お、お相手がいない!?)


急に妄想が始まるシルファール。


『俺と踊れ』


「ああ、ああぁんん……」


ひとり顔を真っ赤にして架空の世界に入り込むシルファール。傍にやって来たカインに強引にそう言われ無理やり連れて行かれる場面を想像し、へなへなと床に座り込んでしまう。当然周りはそれに気付き驚き始める。


「ひ、姫!?」


シルファールの周りがちょっとした騒ぎになった。




「相手に逃げられたのかしら?」

「ひとりであたふたして、みっともない」


踊る相手が居なくてひとり立ち尽くすカインに周りからは冷たい言葉や視線が向けられる。生まれて初めて来る舞踏会。右も左も分からないこの世界で、まるで借りてきた猫のように小さく大人しくなるカイン。

恥ずかしくて恥ずかしくてすぐにでもこの場から去りたかった。


「くくくっ……」


その様子をフェルキアは遠く離れた場所から眺めて笑った。同じく美しい貴族令嬢と踊るヴェルナもその姿を見て笑いを堪えることができなかった。



(無理、無理、無理…… も、もう帰ろう!!)


カインがようやく覚悟を決めてひとり出口の方へ歩き出した時、その先でちょっとした騒ぎが起こっていた。


「入れろー!!」


「こ、困ります!! あ、お待ちください!!!」


カインが顔を上げそちらの方を見ると、ひとりの女性が自分に近付いて来た。そしてその女性を見た時カインは心の底から驚いた。



「だ、団長!?」


クララはカインを見つけるとにっこり笑って言った。


「ごめん、ちょっと約束に遅れちゃった。お待たせ、カイン!」


「えっ!?」


カインはその一言で団長がやって来た理由を理解した。

クララはどこで手に入れたのか真っ白な胸元が大きく開いた素敵なドレスを着ており、珍しく髪もふんわり上げたアップスタイル。その姿に思わず見とれるカイン。クララが小声で言う。


「おいおい、いつまでそうしてるつもり? 女の子に恥をかかせないでよ」


はっと気づくカイン。すぐに見よう見まねで片膝を床につき左手を胸、そして右手をクララに差し出して言った。



「ぼ、僕と踊って頂けませんか」


クララがその手にそっと自分の手を乗せ言う。


「喜んで」


カインは手を取りゆっくりと立ち上がる。目は真っ赤になり、気を抜けば今にも涙がこぼれそうになる。クララが言う。


「笑顔で。そんな泣きそうな顔じゃ幸せは逃げて行くよ。それとも私とじゃ不満だったのかな?」


「いえいえいえいえ!! だ、団長がいいです!!!」


カインは首を何度も横に振って答えた。


「ここで『団長』は味気ないなあ。クララと呼んで」


「ク、ク、クララ……、さん」


カインは真っ赤になって小声で言う。


「ク・ラ・ラ!」


クララは少し怒った顔でカインに言った。


「は、はい! ク、クララ……」


「よし、いい子だ」


カインはそう言って目の前でにっこり笑うクララを見た。そして今彼女と一緒にいられることがとても幸せだと思えた。



「ちっ」


踊りを終えたヴェルナ、そして離れた場所から見ていたフェルキアがその様子を見て不満そうな顔で舌打ちをした。





街郊外にあるとある小道具商。

そこにミル・ファインズのマックルがひとり訪れる。


「例の物は準備できたか」


挨拶もなくいきなり店主にそう言う。店の暗いカウンターに座っていた店主が無言で棚の奥からひとつの木箱を取り出して渡す。


「ほう……」


その中にあった品物を見て声を出すマックル。店主が言う。


「これは相当にヤバい品物だ。三流冒険者じゃ逆に食われる」


それを聞いたマックルが店主を睨みつけて言う。


「俺が三流冒険者に見えるのか? 仮にもランクBファインズ所属の冒険者だぜ」


「好きにするがよい」


マックルは代金をカウンターの上に置くとその木箱を持って外に出た。そして曇った空を見上げて言う。



「見てろよ、クソガキ。今度は逃げることも悲鳴も上げられずにられるだろう。くくくっ……」


マックルはその木箱を撫でながら薄気味悪く笑った。

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